3 小人ライブ

 俺たち3人は事件現場からやや南西、最寄りの町であるカラトラバに辿り着いた。


 カラトラバの町は人口にして2000人弱、小ぢんまりとして特に見所の無い町だ。

 外壁も土を盛っただけの土塀に木製の柵が有るのみで、いささか頼りない。

 平野の真ん中にポツンとある寂しげな町……見る者にそのような印象を与える町だ。


 俺たちは宿屋を求めて探したが、何せ小さな町の事だ。思うような個室がある宿が見つからない。

 選択肢は男女の別れていない相部屋かツインの部屋だ。


「ツインしかないだろ?」

「うーん、でも、エステバンと一緒なんて、その」


 シェイラはもじもじしているが、レーレのことを考えたら相部屋はありえない。

 人前に滅多に現れないリリパットが手癖の悪い冒険者の相部屋なんかにいたら、自分のための誕生日プレゼントだと勘違いするやつが続出するだろう。


 リリパットの珍しさは酒場で「見た」と言えばホラ吹き扱いされるレベルだ。

 日本でのツチノコやヒバゴンよりは目撃例が多く「実在するらしい」程度の話である。扱いはUMAや都市伝説に近い。


 俺は小声で「……レーレがいるのに相部屋は無理だろ」とシェイラに耳打ちする。


「でも、でも、絶対にエステバンがエッチなことするし……」


 それでもなお、シェイラはうじうじと歯切れが悪い。

 この手の態度は男を苛つかせる最たるものの一つだ。

 ホテルの部屋を決める段になってグズるなよと叱りつけたい。


 俺は彼女にハッキリと「するに決まってるだろ」と告げた。


「するんだ!?」

「するよ。されたいくせに」


 俺の堂々たる態度にシェイラが「うぐっ」と詰まる。


「え、森人エルフは、逞しい体に弱いんだ……知ってるくせにズルいぞ」


 知らんわ。


 宿のお女将さんに「汚したら掃除料は別だよ」とハッキリ言われて少し興奮したのは秘密だ。

 ちなみにお女将さんは40半ばくらいの「昔は可愛かったんだろうなー」って雰囲気のオバチャン――ストライクゾーンではあるが、俺の苦手なとこギリギリ一杯にかすめていく憎いコース。

 ストライクではあるが手が出ない。見逃し三振、バッターアウトだ。


 部屋に入り、かばんの中に隠れていたレーレが「ぶはー」と勢いよく飛び出してきた。


「暑かったよー、なかなか部屋に入らないから」

「シェイラが悪い。アイツのせいだ」


 いきなり悪人扱いされ、シェイラが「何でだよ」と膨れっ面を見せた。

 何でもナニも、渋っていたのは彼女だけである。


「シェイラとエステバンは恋人でしょ? 恥ずかしがらなくていいのに」

「恋人じゃないよ!! 仲間だってば!」


 シェイラとレーレは早速キャッキャウフフと盛り上がっている。

 『女三人寄ればかしましい』とはよく言ったもんだが、2人でも十分に姦しい。


「レーレ、恋人じゃなくてもエロいことはするさ」


 話題を変えるために俺が一言添えると、レーレは「ひええ」と真っ赤になりながら喜んでいた。


「とりあえず、だ。先ずは俺とシェイラの防具を揃えよう」


 シェイラは「防具?」と不思議そうな顔をするが、俺も彼女もロクな装備ではない。

 俺はサイズがイマイチ合わない革のジャケット、シェイラは革の胸当てのみだ。

 さすがに追い剥ぎ相手に戦うには心許なさ過ぎる。


「それならさ、ボクに任せてよ。ボクたちリリパットは仕立ても得意なんだよ」

「そう言えば、小人は細工が得意だったか」


 俺はくつ屋の仕事を手伝う小人の童話をイメージした。

 朝起きたら靴が出来てるアレだ。


 レーレは俺の荷物から針や糸を出して「うーん」と考えている。

 ちなみに旅の途中で装備の簡単なメンテナンスをするため、冒険者は針や糸くらいは持ち歩いているものだ。


「工具がちょっと足りないなあ。革切りハサミと金づちは欲しいかも。革縫い針ももう少し……」


 レイレは必要な工具や材料を確認しているようだ。


「あんまり高くつくなら店で頼むぞ?」

「大丈夫、大丈夫、革細工だけだから。あ、紙をもらうね」


 俺の心配をよそに、レーレは嬉しそうに「これをこうしてー」などと完成図を紙にスケッチし始めた。

 そこには世紀末風のトゲトゲ衣装が書かれているが大丈夫だろうか?


 兎も角も、襲撃犯の情報収集と工具や材料を求めて俺たちは町に出ることにした。


 俺は襲撃犯の情報収集、シェイラとレーレは市場でお使いである。

 少し不安だが、まあ、ここは信用したい。




――――――




 カラトラバ、冒険者ギルド



「追い剥ぎ盗賊か? うーん、確かに行商人が襲われた情報は入ってきてるが……」


 カラトラバの支配人ギルドマスターは腕組みをし、難しい顔をした。

 顔に傷のある、いかにも『凄腕冒険者でした』って面構えの40代の逞しい男だ。

 ゴツいのでシェイラ好みかも知れない。


「僅かな手掛かりで良いんだ。この前やられたのは知り合いでな、できれば仇を討ちたいと思ってる」


 俺は食い下がったが、冒険者ギルドで支配人の話を聞いても大したことは分からない。

 そもそも犯罪者の取り締まりは衛兵の仕事であり、行儀の悪い冒険者は取り締まられる者が多いくらいなのだ。


 ただ、俺が「仇を討ちたい」と口にしたら支配人は少し驚きを見せ、頷いた。

 そして近辺の地図を広げる。


 冒険者は仲間内の仁義を大切にする。そこには親しい仲間の仇討ちも含まれる場合もあるのだ。


「そう言う事情か、少し待て、報告書がある。ええと最近――ここ2ヶ月で3件の被害情報があるぞ、整理しよう。事件が有ったのは――ここと、ここ――」


 支配人が記録を見ながら示していく地点は全て街道沿いだ。

 木立の側や岩場があったりといかにも盗賊が出そうなポイントではある。記憶するのは難しくない。


「ただ、同一犯かは分からねえ」

「いや、助かった。ありがとう」


 支配人が申し訳なさそうに頭をかいた。

 だが、彼の好意と協力は見ず知らずの者に向けるには破格のものだ。ここは素直に感謝をしたい。


 俺は50ダカットほどカウンターに置いた。こうした時に少しばかりお礼をするのはマナーみたいなモノだ。

 無くても構わないが、有れば次も親切にしてもらえるだろう。

 ちなみに50ダカットは、ちょっと良い店でディナーが食べれる程度の金額だ。情報料の相場である。


「無理すんなよ、ねぐらを見つけたら衛兵隊に通報するのも手だ」

「ありがとう。手に余れば助太刀の依頼をするかもしれない」


 俺は支配人に礼を述べてギルドを出た。


 正直、街道に現れる盗賊がレーレの追うディアナの仇かどうか、これ以上は調べる術もない。

 だが、俺はコイツらを『仇にしてやろう』と思い始めていた。

 幸いと言ってはなんだが、レーレは事件の記憶が曖昧だ。

 ならば、見つかるかどうか分からない仇を追い続けるのではなく、ここでキリをつけてやりたい。


 ……欺瞞ぎまんだな。


 レーレを騙す。

 そこに良心の呵責かしゃくはあるが、彼女を助けてやりたい気持ちは本当だ。


 物語ならこの辺で『俺たちを付け狙っているのはお前か』とか『アイツを追っているのかい?』などと謎の人物が現れてストーリーに進展がありそうなものだが、実際はそう上手くも行かない。

 行きずりの犯行ならば犯人は先ずもって見つからない世界なのだ。


 何とも言えない気分になりながら俺は市場に向かった。

 シェイラがレーレと共に材料や工具を探しに市場に向かったはずだ。そちらと合流したい。


 ……良く考えたら、シェイラにお使いができるだろうか?


 市場で迷子になって泣いてるシェイラを想像し、凄く不安になってきた。

 迷子にならなくても絶対に揉めてるはずだ。あいつはポンコツだからな。


 俺は急いで市場に向かった。




――――――




 カラトラバ、宿屋



 今は宿の部屋に帰り、互いの成果を報告しあっている最中だ。


 意外なことに、シェイラは無難に買い物を済ませていた。

 目の前にはレーレが欲しがっていた物が揃っている。

 やや割高ながらも無難に買い物をしてきたようだ。


「もーっ、私だって買い物くらいできるぞ。エステバンは心配しすぎなんだ」

「シェイラは大事にされてるんだねー。愛だねー」


 シェイラとレーレが姦しく騒いでいるが……まあ、これはシェイラが買い物ができないと決めつけていた俺が悪い。

 俺は素直に「すまん」と頭を下げた。

 思い返してみれば彼女も森人の通貨っぽいものは持っていたし、人の町にも慣れてきただろう。買い物くらいはできなきゃおかしい。ちょっと過保護気味だったと反省した。


 そして俺も『ディアナの仇』と断定して近辺の盗賊の報告をする。

 2人とも、特に疑問を持たずに仇だと信じてくれたようだ……これで良いと思う。


 レーレは緊張した表情を見せ、シェイラは「任せとけ」と薄い胸を叩く。なんとも不安になる仲間たちである。


「それで、工具は揃ったがどうするんだ?」


 俺は空気を変えるため、わざと明るい口調で話題を変えた。今から緊張していては先が思いやられる。


 レーレは少し表情を緩め「まあ、見ててよ」と明るく口にした。


 彼女は「うんしょ、うんしょ」と床に色々と並べ、ステップを踏み始める。

 ト、トトンと軽やかな足音と共に「みんな、働く時間だよ」と工具たちに話し掛け、リズミカルに歌い、踊る。

 すると、ハサミや縫い針もカタリと立ち上がり、レーレと共に踊り出した。

 何らかの魔法を行使したのだ。


 なんともメルヘンチックな光景である。

 シェイラも「うわあ」と気の抜けた感動の声を洩らした。


「チョッキン、チョッキン、ハサミさん♪」


 レーレの歌と共にハサミがひとりでに作業を始める。

 どことなく90年代くらいの魔法少女を彷彿とさせる動きだ。そのうち変身メタモルフォーゼとかしそうな気がする。


「のんびり屋の金づちさん、出番だよっ!」


 レーレの指揮でみるみる間に作業は進む。

 なにしろ、すべての道具が同時進行で作業を進めるのだ。

 職人が見たら卒倒するような速度だろう。


 ……なるほど、小人の作業はこうして行うのか。感動だな。


 俺はリリパットの魔法に感心した。やはり、種族ごとに得意な魔法は存在し、レーレたちリリパットには彼女らにしか使えない魔法もあるのだ。


 恐らくは貴重なシーンであろう。記録媒体がないのが残念だ。


「完成だよっ!」


 ほどなくして、レーレが革を縫うゴツい縫い針をスタンドマイクのように構え、びしっとこちらを指差した。

 ハサミや金づちも共に並んで決めポーズ(?)風だ。


 俺とシェイラは思わず「おーっ」と拍手をした。

 何か良いもの見た気がする。


「エステバン、着てみて。サイズも調整したよ」


 そこに有るのは革のジャケットだったモノ――要所や急所が硬革ハードレザーで固められ、所々に鉄のびょうが付けられている。

 外付けのポケットも大きく便利そうだ。


 鉄の鋲が実に世紀末感を醸し出しているが、これは防御を高めると共に敵の刃が鎧の上を滑らないようにする工夫だ。

 レーレは対人戦闘を想定して取り付けたのだろう。


 ジャケットをはおり、所々を新しく付けられたベルトで固定する。

 このベルトも防御を高める一助となるのだろう。


 ベルトを絞めると良く体に沿い、負担が分散され重さを感じなくなった。仕立てが良いのだ。


 レーレが「どう?」と尋ねてくるが、表情からも自信が見てとれる。

 確かに名人が仕立てたような出来栄できばえだ。


「素晴らしい出来だ。もう革のジャケットではないな、戦闘服って感じだ」

「小人の仕立ては一流だからね。シェイラにも軽いの作ってあげる」


 俺が褒めるとレーレは嬉しそうにニッコリとほほ笑んだ。


 次はシェイラの胸当てだが――完成したものは実にボンデージな雰囲気のモノだった。

 簡単に説明するなら、胸から腹にかけて守る革のコルセットだ。肩で固定するらしい。


 シェイラは服の上から身に付けているが、ファンタジーならそこは素肌に着けろよと思わなくもない。


「すまんが、素肌に着てみてくれ」


 つい口から本音がでた。


「や、やだよっ! そんなの変態じゃないかっ!! なんで防具なのに裸で着るんだよっ!」


 断られた。実にもっともな理由で。残念だ。


「はあ、ビキニアーマーが良かったなー」

「嫌だよ、良く分かんないけど不吉な感じがする」


 俺がビキニアーマーを絵で描いて説明すると、シェイラが「鎧でも何でもないじゃないか!」と真っ赤になりながら怒ってきた。何でだよ、ビキニアーマーいいじゃいか、解せぬ。



 レーレが「ひええ、参考になるよお」と何かを必死にメモしていた。





■■■■■■



ビキニアーマー


胸部と股間だけ鉄で守る女性専用の軽装鎧。

残念ながらアイマール王国には存在しないようだ。

だが、エステバンからリリパットに伝えられたその存在が、いずれ女戦士のオッパイを守る日も来るのだろう。

別名メタルビキニ。

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