2 悲しみの小人

 その後、散々に騒いだリリパットであったが、シェイラが何とか説得し、落ち着きを取り戻したようだ。


「だからね、裸にしたのは悪気があったんじゃないの。その、血がついてたから怪我してるのかと思って」


 シェイラの言葉をリリパットは口を尖らせながら聞いていた。当然、すでに服は着ている。


 このリリパット、顔の汚れを拭うと、なかなか可愛らしい顔つきをしていた。

 肩の辺りまで伸ばした金髪、くりっとした緑の瞳、美人と言うよりは可愛らしい顔つきで、サイズ感もあり本当に人形にんぎょうみたいだ。


「どうしてリリパットが亀と戦ってたんだ? この辺でリリパットがいるなんて初耳だぞ」


 俺が尋ねると、リリパットは「別に、戦ってたんじゃなくて」とモゴモゴと口ごもる。

 どうやら単純に襲われていたようだ。


「そうか、お前を助けたのはこの森人エルフ――シェイラと言うが、彼女だ。彼女がお前さんを見つけて保護したんだ。多少の失礼はあったかも知れないが、礼くらい言ってもバチは当たらんと思うぞ」


 俺が事情を告げるとリリパットはポロポロと涙をこぼし始めた。


「わ、ちょっと、エステバン! こんな小さい子を苛めないでよ! 気にしなくて良いよ、たまたま通りすがりで」

「違う! 違うよ! ホッとしたら泣けてきちゃって、ゴメンなさい」


 リリパットは「ボクはレーレ。シェイラ、助けてくれてありがとう」と素直に頭を下げた。

 なんと魅惑のボクっ娘だ。


 サイズが違うためか、レーレと名乗るリリパットの声は小さいが聞こえないほどでもない。


 2人は二言三言と言葉を交わした後、シェイラの人差し指をレーレが両手で掴み、握手のような動きをしていた。

 どうやら和解が成立したようだ。


 裸に剥いたのは俺だが、黙っておこう。


「俺はエステバンだ。レーレ、リリパットがなぜこんなところに1人でいたんだ? 仲間はどうした?」


 俺が質問すると、レーレは顔を曇らせ「ボクは人間と旅をしていたの」と悲しげに答えた。


「元々はもっと北の方に仲間のリリパットといたんだけど、そこで仲良くなった人間の女の子がいて……ディアナって言うんだけど、ディアナは家族で行商してたからくっついて来たんだ。ボクもディアナと一緒に居たかったから」

「へえ、リリパットを飼うなんて始めて聞いたぞ。凄いな」


 俺の一言にレーレが「ペットじゃない! 友達だよ!」と抗議の声を上げた。


「エステバン、そんな言い方は可哀想だよ。それで、そのディアナはどうしたの?」


 シェイラが優しく話しかけると、レーレはうつむいたまま「死んじゃった」と呟いた。


 この答えにはシェイラも驚き、言葉を飲み込んだ。


「4日前に、たくさんの男の人がディアナたちを襲ったんだ。みんな殺されて、ディアナも酷いことされて――ボクは怖くて何も出来なかった……隠れてるのがやっとで――」


 それからは、言葉にならない様子だ。

 レーレは「うっ、うっ」と嗚咽おえつを洩らし続けた。

 シェイラも衝撃のあまり口許を両手で隠し、固まってしまったようだ。


 ……襲われた、か。盗賊ならば話は簡単だが、何かしらの事情があったのか?


 アイマール王国の街道は治安が悪く、追い剥ぎ強盗などは珍しくもない。

 俺とシェイラが襲われないのは冒険者だからだ。

 冒険者は大した金品も持っていないし、そこそこ武装しており戦力がある。犯罪者からしたら旨みの少ない相手なのだ。


 レーレの場合も山賊や盗賊が金品や女を目当てに襲ったのならば単純な話である。

 ややこしいのは『何かしらの理由』で襲撃され、余録として略奪された場合――その場合は盗賊に偽装しているのかも知れない。


 俺はディアナとやらの家族が襲撃された状況を聞きたかったが、それも今のレーレの様子では難しそうだ。


「レーレ、亀が焼けてるが食うか? 悲しい話はきっ腹でするもんじゃない。飯を食おう、堅焼きだがパンもあるぞ」


 俺は沸かした湯に干し肉を入れ、肉がふやけたところでパンと塩を入れてパン粥にした。

 この世界のパンは白くてソフトなモノはあまり無い。

 庶民が食べるパンは大抵は固く、さらに冒険者は何日も持ち歩くので石みたいにカチカチになる。

 そうした固いパンはこうしてパン粥にすると食べやすい。


 こんな食事でもシェイラは美味しいと言ってくれる。

 リリパットの食事はよく分からないが、適当に器に移し、亀肉と共にレーレに与えてみた。

 彼女が使えるスプーンが無いので、適当な枝で耳掻きみたいなモノを削って与えてみたら、ピッタリだった。


「美味しい?」

「うん、4日もちゃんとしたもの食べてなかったから凄く美味しいよ」


 シェイラとレーレは、それなりに打ち解けたようだ。


「ディアナのお母さんの作るご飯も、とっても美味しくてさ。大好きだったんだ」

「そうなんだ、どんなのだったか教えてよ! エステバンに作って貰おうよ」


 そこで「作ってあげる」と言わないところがシェイラだ。ちなみに彼女が食事の支度をすると塩すら振っていない「丸焼き肉」とか「生肉」ばかりなのでかなり辛い感じだ。

 基本的に食事の支度は俺がしている。


「それでエステバンがさ――」

「川を舟で下ったときにね――」

「私も兄弟多いんだ――」


 さっきからシェイラが喋りっぱなしだ。

 彼女なりに気を使っているのが痛いほど分かる。


 俺は――黙っていた。

 なんとなくシェイラに任せた方が良い気もしたし、女の子同士の会話に割り込むのも中々ハードルが高い。


 それに、彼女の話はなかなか興味深い所もあった。


 ……そうか、シェイラにはお姉さんがいるのか。


 想像ではグラマーで何故か和服のシェイラだ。

 どうにかして紹介してくれないかなあ、とか考えながら俺は火の番をしていた。



 温かい食事に人心地ついたのか、レーレがウトウトとし始めたので、手拭いを敷いて寝床を作ってやった。

 よほど疲れていたのだろう。すでにレーレはすうすうと寝息を立てている。


 それを見ていたシェイラは大いに義侠心と庇護欲を刺激されたようだ。


「エステバン、レーレを助けてあげよう」


 シェイラが「ふんす」と鼻息も荒くレーレを助けると息巻いている。

 その様子を見て、俺はつい苦笑が洩れた。


「助けるのは良いさ、どうやって、どこまで助けるつもりだ?」


 レーレを助けるとして、これは無償の人助けだ。

 どこまで、と言う線引きは必要だろう。当たり前だがリリパットのような存在を一生面倒を見ることはできない。


 シェイラみたいな情の濃い娘は初めに「どこまで」と決めておかないと、いつまでも「可哀想だから」「放っとけないから」と後ろ髪を引かれ、レーレと離れられなくなるだろう。

 優しい娘なのだ。


「むっ、そんなの分かるだろ! 仇をやっつけるんだよ!」


 俺は「ふむ」とあごを撫でながら返事をする。


「それで、まあ犯人が盗賊だと仮定して、退治したとしよう。次は?」

「次? 仇をやっつけたら私たちと旅をすれば良いじゃないか。今までもディアナって子と旅をしてたって――」


 やはり、と思った。

 シェイラは野良猫を拾うような感覚でモノを言っている。

 リリパットのような『珍しい生き物』に他者の欲望が刺激されかねないと理解していないのだ。


 ただでさえ、彼女は珍しい森人(エルフ)だ。それが、さらに珍しいリリパットを連れ歩く――ややこしいトラブルの臭いしかしない。

 しかも、ある程度は自衛できるシェイラと違い、小さなレーレでは悪意を向けられた時に抵抗すらできないだろう。


「シェイラ、なぜリリパットが人里にいないか分かるか?」


 俺の質問に、シェイラはきょとんとした顔で首をひねる。可愛らしい姿だが、それに誤魔化されてはいけない。


「リリパットはな、犬人コボルト蜥蜴人リザードマンみたいに人里に溶け込んで生活できないんだ。だから人里にはいない。彼らには人の側よりも彼らの生きやすい場所があるんだ。連れ歩くよりもリリパットの棲家に返してやるべきだ」

「じゃあ、仇はどうするんだ? 放っておくのか?」


 俺は少し考えて「レーレに任せよう」と答えた。


「レーレが望むなら助太刀するが、彼女の気持ちが大切だろう?」

「そうか、そうだね」


 シェイラもあっさり納得し「でも、絶対に復讐するはずさ」と物騒なことを呟いた。


「私も、エステバンが殺されたら復讐するよ。絶対に」


 嬉しいような、何とも言えない気持ちで俺はその言葉を聞いた。

 この世界の倫理観は日本とは違う。大切なものを奪われたら復讐するのは当たり前の考え方だ。


「――でも、俺はシェイラが死ぬことなんて考えたくもないかな」


 ぽつり、と本音が洩れた。

 俺は『復讐は何も生み出さない』とか言えるような人格者ではないし、復讐とか報復を否定はしないけど……正直、俺はあまり性に合わない。そんな事態は想像もしたくなかった。


 シェイラが「そ、そんなに私のことが」とか感激しているがスルーで。

 さっきから、そこの小人起きてるぞ。ちいさく「ひええ」とか言ってるがこっちもスルーだな。寝よう。

 シェイラさん見張り頼むわ。




――――――




 翌日、眠そうな2人を引き連れ俺はディアナの家族が襲撃された現場に向かった。


 レーレは4日も移動していたらしいが、俺たちの足なら半日くらいの場所である。


 シェイラは「眠いなー」とか言ってるが、朝までレーレとキャアキャア騒いでいたのを知っているためにあまり同情の余地はない。

 緊張感無さすぎだろ。


 そしてレーレはさすがに神妙な顔をして現場を案内してくれた。


 事件現場には生々しく壊れた幌馬車の残骸が残っていたが、死体の類いはない……恐らく4日の間にモンスターに持ち去られたのだろう。


 犯人たちの足跡も分からない。これでは追跡の魔法も難しいだろう。


 ……正直、大した手がかりはないな。


 事件当時のことは、レーレも恐怖のあまり記憶が曖昧だ。

 今も青い顔をしてあえいでいる。


 これでは犯人を追跡するのは不可能だ。諦めるしかない。


「レーレ、大丈夫か? もう大体は分かった。移動しよう」


 少しずつ現場から離れ、俺が声を掛けると、レーレは小さく頷いた。

 彼女にとっては長居したい場所ではないだろう。


「レーレ、ディアナは連れ去られたのではなく、殺された。間違いないな?」

「うん、男の人がディアナに酷いことして、ディアナがあんまり泣くから……酷いよっ! ディアナはまだ子供だったんだ!!」


 レーレが大声で泣き始めた。現場を見て、我慢していたものがあふれ出たのだろうか。


 ……子供をなぶり殺すか。許せんな。


 俺の中でも、何かに火がついたようだ。

 友人が辱しめられ、殺される……レーレはそんな現場を見てしまったのだ。

 何とかして助けてやりたいと思わずにはいられなかった。


「レーレ、復讐したいか? 犯人を殺してやりたいか?」


 俺が尋ねると、レイレは確かに頷いた。


「友達のディアナと、お父さんのカルメロ、お母さんのイザベラ、お兄さんのセレドニオとアントニオ……みんな、いい人だった。ボクに優しくしてくれた、だから許せないんだっ!! 犯人を殺してやりたい!!」


 レーレは泣きながら、血を吐くように恨みの言葉を叫んだ。

 憎しみで人が殺せるならば、犯人は生きてはいられないだろう。


「なら、近くの町へ向かおう。犯行について何か解るかもしれない」


 俺が調査の続行を告げると、レーレが「良いの?」と言いたげな顔をした。


 俺は彼女を肩に乗せ、頭を撫でてやった。

 見た目はシェイラより上っぽいが、どうもサイズ感のせいか子供扱いしてしまう。


「シェイラが言った通りだ。エステバンは優しいね」


 レーレは嬉しげに、俺の側頭部にしがみついた。

 軽く嗚咽の声が聞こえる……泣いているのだろう。


 この娘には犯行の現場を見るのは辛いことだっただろう。俺は少し後悔し、そのまま泣かせておくことにした。


 俺達は無言で町に向かう。



 俺に乗り物酔いしたレーレが俺にゲロをぶっかけてきたのは数十分後のことだ。


 こいつもゲロ女だったらしい。

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