4話 仇討ち小人

1 小人、拾ったよ

 フラーガの町を出た俺たちは、特に当てもないのでメディオ川から離れて西に向かって進む。


 なぜ川から離れたかと言うと、シェイラが怪魚ホワイトヘッド(2話3参照)を警戒して舟旅を嫌がったからだ。

 別に目的がある旅では無いから構わないが、全く目的地が無いのも困りものではある。


 今は一応、北西に向かおうとは思っていた。

 理由は特に無いが、北西の丘陵地帯には塩鉱山がある。それを塩好きのシェイラに見せてみようかと思っただけだ。


 ちなみにアイマール王国では塩はほとんど塩鉱山で採れたものだ。海の塩もあるが、あまり流通していない。


「なあ、エステバンは何で冒険者になったんだ?」


 歩きながらしきりにシェイラが話しかけてくる。

 徒歩の旅とは退屈なもので、会話くらいしか娯楽がなく、自然と口数も増えるものだ。


「うーん、成り上がり……若い頃は出世して貴族になりたかったんだ」


 今考えると、少し恥ずかしい過去だ。

 これじゃ「将来の夢は?」と聞かれて「フェイマス」とか「ビッグになる」って答えるバカと大差ない。

 きっと、剣と魔法の世界に来てテンションが上がってたんだろうな。


「ふーん、それなら今は出世したくないのか?」

「まあな、いまさらって気もするし……実際に挑戦して無理だってのも分かったしな」


 シェイラは「ふうん」と気のない返事をし「エステバンは偉くならなくても良いよ」とニッコリ笑った。


「なんでだ?」

「だって、フラーガの領主は嫌なやつだった。エステバンの方が、す、素敵だし、今の方が良いよ!」


 真っ赤な顔になりながらシェイラは俺を励ましてくれる。

 恥ずかしいなら言わなきゃいいと思うのだが、彼女は大照れだ。


「そうだな、俺も今のままで良かったと思うよ」


 冒険者として大成できなかったことも、貴族になれなかったことも、別に今さら何とも思わない。

 振り替えれば「あの時は悔しかったな」と思う程度、若かりし日の挫折なんてそんなモノだ。


 だが、シェイラの裏表がない素直な好意は嬉しかった。

 この年になると、人の言動は素直に受け取れなくなってくるが、彼女との会話は何も警戒する必要がない。

 そんな相手と旅をすることができるのは幸せなことだと思う。


 ほどなくすると、日が傾き始めたようだ。

 折よく風を凌げそうな木立を見つけたこともあり、俺たちは夜営の支度に入る。

 少し早いようにも思えるが、日が暮れてから支度をするのでは間に合わない。


「シェイラ、そろそろ夜営の支度をするぞ。火起こしと食料調達とどっちが良い?」


 俺は半ば答えを予想しながら彼女に尋ねる。


「狩り! 狩りが良い! 私はボスケ狩人かりうどだからな!」

「そうか、わかった。あまり遠くに行くなよ、声が届く範囲から出ちゃ駄目だぞ。危なくなったら呼ぶんだぞ」


 まるで幼児に対する小言だが、彼女は「わかってるよ!」と気にした様子もなく走り去った。

 その姿は年頃の娘と言うよりも元気な子供である。


 ……あれでスカトロ趣味ってんだから、世の中は間違ってるぜ。


 俺は「もったいねえ、もったいねえ」とため息をつきながら枯れ枝を集めた。

 彼女は夜のお相手にゲロをかけるのだ。可愛い顔してエグい性癖である。


 木立の中でもあり、すぐに枯れ枝は集まった。


 十分に枯れ枝を集めれば火起こしは簡単だ。便利な魔法がある。

 火口ほくちとして集めた枯れ草に魔法で火花を散らし、何度か息を吹き掛けると枯れ草は勢いよく燃え上がった。

 地味だが火花の魔法は便利だ。これが使えるのと使えないのでは火起こしにかかる時間はまるで違う。

 魔法でぶわっと燃やすこともできるが、そんな疲れることはしたくない。魔法は万能だが、魔力は有限なのだ。


 俺は荷物から鍋を取り出し、水を入れて火にかける。

 この鍋は取り付け可能な足があり、焚き火の上でも簡単に使えるアイデア商品だ。足の分だけ重いが、便利なので気に入っている。


 ……俺もすっかりアウトドア派だな。


 考えてみれば、アウトドアどころか家もないホームレスだ。

 もうじき30才、これで良いのかと自問し、ため息が出た。

 シェイラは今のままで良いと言ってくれるが、旅暮らしの冒険者では老後が心配だ。


「大変だ! 大変だよエステバン!!」


 俺はシェイラの声で我に返った。どうやら長いこと呆けていたらしい。


 見れば彼女は両手に何かをぶら下げていた。

 片方は亀、もう片方は人形にんぎょうであろうか?


「エステバン、この子が死にそうなんだ!」


 シェイラが人形を差し出してきた。

 25センチくらいのサイズだろうか? 薄汚れてはいるが緑色のベレー帽を被り、派手な黄色の貫頭衣かんとういの上から緑の帯を身につけた人形……


 ……いや、人形じゃない、ノーム? 違う、リリパットか!


 俺は驚きで目を見張った。

 リリパットとは地の精とか呼ばれる小人こびとで、滅多に人前には姿を現さないとされている。

 派手な帽子と服が特徴だとされているが、まさにそれだ。

 ノームと似ているが、あちらは赤い三角帽だと言われている。


 若い個体のようだが、薄汚れていて顔はよく分からない。金色の髪は肩くらいまで伸びている。


 リリパットは気を失っているようでグッタリとしていた。


「リリパットだ、珍しいな。俺も初めて見たぞ」

「うん、この亀に食べられそうだったんだ!」


 シェイラが差し出す亀はオカスッポンだ。

 こいつは文字通りおかに住んでいるスッポンで、何にでも噛みつく気性の荒さがある。

 体長約40センチ、なかなかのサイズだ。食用に向いている。


「確かにリリパットがこいつに襲われたら一溜まりも無いだろうな。火に突っ込んでやれ、焼けたら食おう」

「うん、わかった」


 シェイラは無造作に甲羅の隙間にナイフを突き刺してトドメを刺すと、ポイっと焚き火に投げ入れた。

 亀を投げ入れた衝撃でぶわりと火の粉が舞う。


 実にワイルドである。


 亀の調理は簡単で、火に突っ込んで焼くだけだ。

 甲羅が熱で割れてきたら食べ頃、中身に塩を振って食べれば良い。

 鍋にできたら最高なのかも知れないが、さすがに俺はスッポンを捌けない。


「うん、亀もおいしそう――だけど、この子を助けてあげてよ!」

「とは言ってもな、どうすりゃ良いんだ?」


 シェイラがぐいぐいとリリパットを押し付けてくるが、俺は回復魔法が使えないし、小人の世話なんかしたこともない。


 ……どうしたもんかね。


 俺が困惑していると、リリパットが小さく身じろぎした。息はあるようだ。


「とりあえず、怪我してないか調べるか?」

「そうだね、手当てしてあげないと」


 俺はリリパットの衣服をちまちまと脱がせる。

 帽子と帯の色が同じでなかなかオシャレだ。


「むっ、めすだな」


 貫頭衣を脱がせると、簡素な下着姿が現れた。

 そこには豊かな双丘がしっかりと自己主張している。


「す、スタイルいいね」


 シェイラが興味津々と言った風情で覗き込んでいる。


 確かに、このリリパットは素晴らしいプロポーションだ。特に尻が良い。丸くて実に柔らかそうだ。

 トランジスターグラマーと呼ぶには小さすぎるかもしれないが、隣の森人エルフの貧相な体型とは比べ物にならない。


「ええっ? そんなとこまで脱がしちゃうの!?」

「よく見ろ、腰巻きに血がついてるだろ」


 リリパットの腰巻きをスルスルと脱がすと、何だか変な気分になってきた。

 お人形で遊ぶ大きなお友達の気持ちが理解できた気がする。


「怪我じゃないな」


 俺がリリパットの股を開いて確認すると、女の子の日であったようだ。


 シェイラが「わっ、わっ、こんな風になってるんだ」と両手の握りこぶしで口許を隠しながら、じっくりと観察している。

 たしかに他人のそれを見る機会はなかなか無いだろう。

 これはリリパットの貴重な観察記録になるかもしれない。


 その時「誰……? 」とリリパットが小さくうめき声を上げ、俺たちと目があった。

 緑のくりくりっとした目が可愛らしい。


 シェイラが「あ、起きた」と気の抜けた声を出す。

 すると雌のリリパットは自らが裸であることを理解し「あ、あ、あ」と怯えた表情を見せた。


「いやぁあぁ! 犯される!! 犯されるう!!」

「こらっ、逃げるな」


 叫びながらじたばたと暴れる雌リリパットを俺は手の平で抑え込んだ。

 潰さないようにする力加減が難しいが、すべすべして柔らかい。股間がムズムズしてきた。


「いや、いやあ!! けだものっ! 触らないでっ!!」


 雌リリパットの悲痛な叫びは木立の中に轟いた。


 そりゃそうだ。

 起きたら裸に剥かれていて、知らないやつらに股ぐらを覗かれてたら誰でもこうなるわな。


 俺が苦笑すると、シェイラが「何か嬉しそうだな」とジト目で睨んできた。

 お前もさっきまでノリノリだったくせに。





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リリパット


体長25センチ強の小人。

派手な衣服を好み、地中に住むとも言われている。

人前に現れることは稀で、その生態は不明な部分が多い。

細工物が得意で、気に入った人間にプレゼントをくれたり、仕事を手伝ってくれたりする伝承が各地に残る。ノームと誤認されることも多いようだ。

彼らを地の精霊と呼ぶ地域もあるが、そもそも精霊とは魔法の力を神格化したものとされており、存在は確認されていない。

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