4 究極!エステバンロボ

 数日後



 俺達はロバが曳く荷車(ロバ車?)に乗って街道を移動していた……と、言っても並んで座っているわけでは無く、俺は御者台ぎょしゃだいでロバを操り、シェイラとレーレは小振りな荷台の中で空箱の陰に隠れている。


 これはおとりだ。

 不用心な輸送車を装い、盗賊が出てきたところをやっつける。実に単純な作戦だ。


 盗賊の数が少なければ――まあ、俺の予想では5人6人程度だが、その程度ならばそのままやっつける。

 俺が防ぎ、荷台のシェイラが不意討ちで矢を射かければまず3人は倒せるだろう。盗賊が全滅するまで戦うはずも無し、2~3人も倒せば間違いなく逃げ出すはずだ。

 また、予想外に盗賊の数が多ければロバ車を置いて一目散に逃げる。その場合はロバの弁償をする必要があるが、死ぬよりはましだ。


 ちなみにロバ車は冒険者ギルドからのレンタルである。冒険者は大きなモンスターを仕留めた場合や、輸送依頼などで必要な時は荷車などを借りることができるのだ。

 今回のロバ車は支配人ギルドマスターの厚意で借用している。


 本当はシェイラに御者をさせようとしたのだが、シェイラはロバを扱えず、俺が御者をしていた。

 俺のようなゴツい男よりもシェイラのような娘のほうが狙われやすいと考えてのことだったが……よくよく考えてみると 森人エルフの娘が一人で荷車を使っていたらそれはそれで不自然だ。こちらが正解かもしれない。


 ……まあ、敵が出てこなきゃ何が正解とも言えんか。


 もう何度も複数の襲撃ポイントを往復している。あと数回試して駄目なら違う作戦を考える必要があるだろう。


 そろそろ次の襲撃ポイントだ。

 この場所は森を切り拓いたように道が作られており、左右は薄暗い木立になっている。身を隠すのに最適だ。


 道なりに緩い曲がり道を進むと、何やら壊れた荷車が道を塞いでおり、立ち往生している男が2人確認できた。


 ……来た、ビンゴだ!


 俺は「来たぞ、準備をしろ」と荷台に声を掛けた。

 街道で車が壊れた場合、端に寄せて通行の邪魔をしないのがマナーだ。

 よほどの事情が無ければ堂々と真ん中を塞ぐような馬鹿はいない。

 間違いなく俺を足止めして木立の中から襲撃する腹だ。


「エステバン、お願い!」


 荷台から這い出たレーレが声を掛けてきたので摘まみ上げ、俺の頭にちょんと乗せた。


 俺のヘルメットには車輪の無いバイクと言うか、足の無い木馬と言うか、そんな感じのモノが設置されており、レーレはそこに乗り込むのだ。

 これはレーレの仇討ち、俺は彼女の操る正義のお助けメカ、エステバンロボのつもりである。


 ちなみにレーレも自作の革鎧や革兜で武装しており、長剣のように革縫い針を背中に背負っていた。なかなか勇ましい出で立ちだ。


「レーレ、落っこちるなよ」

「うん、わかった。エステバンお願い」


 レーレのパイルダーオンも完了し、俺は魔法で感覚を研ぎ澄まして周囲の気配を慎重に探る。


 間違いなく木立に潜む者はいる。問題は数だ。


 ……左右に3人づつか……? いや、右手に2、左に3か、多いか?


 前の男たちを合わせて恐らくは7人、俺は少し迷ったが「いける」と踏んだ。

 やるならば迷いは禁物、剣をそっと抜き、隠すように御者台に置く。


「シェイラ、敵は木立の中だ。左右に潜んでいるぞ、左を頼む。左は恐らく3人だが油断するな」


 俺が声を掛けると、荷台から「わかった」と返事が来た。


 彼女には今回、俺の短弓を貸してある。短弓は威力は弱いが、取り回しが良く、速射をし易い。

 当たり前だが、短弓の矢でも刺されば痛い。威力が弱くとも矢が刺さって戦い続けるような豪傑が追い剥ぎをしているとも思えないし、短弓の方が良いとの判断だ。


 この短弓もレーレの調整を受け、シェイラに合わせている。この弓は彼女に譲るつもりだ。


「おおい、そこの冒険者! 手伝ってくれ」

「荷車が壊れちまったんだよ!!」


 風体ふうていの悪い痩せた男たちがこちらに声を掛けてきた。

 粗末な衣服だが、2人ともベルトに手斧を差し込んでいるようだ。片方の男は背丈くらいの棒を肩に担いでいる。


 ……ふん、殺るときに声を掛ける奴は素人だ。


 俺は内心で男たちの不覚を笑う。


 こちらはベテラン3等冒険者だ。商隊の護衛は数えきれないほどにこなしてきた――当然、盗賊山賊の手口は知り尽くしている。慣れたヤツなら姿を現すと同時に、いきなり襲ってくるはずだ。


 ……こんなふうにな!


 俺は無言のまま、棒を担いだ男に飛び掛かった。

 顔を切りつけた剣は思わぬ鋭さを発揮し、男の頭蓋はカウッと不思議な音を立て上顎うわあごの辺りまで真っ二つに割れた。


 バシャリと勢い良く脳漿のうしょうを撒き散らし、男は倒れ込む。


 俺は自らの肉体が秘める力に改めて瞠目どうもくした。

 これならまともに戦っても、この盗賊2人くらい容易く倒してしまいそうだ。


「な、な、何をしや――」


 もう1人が慌てて斧を抜きかけたが、遅い。

 男が構える前には俺はそいつの胸に剣を突き立てていた。


 敵を前にしてベラベラ喋る奴は阿呆だ。これは喧嘩ではなく、殺し合いなのだから。


 久しぶりに人を殺したが、動揺はない。

 むしろ、戦いに気が昂り、意識は冴え渡っている。


「野郎! 殺りやがった!!」

「手強いぞ! 囲んで殺せ!!」


 左右の木立から敵が現れた。俺は迷わず右の2人に向かって行く。


「うわっ!?」

「何だ!! 待ち伏せか!?」


 ロバ車の反対側から男たちの悲鳴が聞こえた。シェイラが仕掛けたのだろう。

 物陰から矢を射られて慌てふためいている様だ。

 そちらは彼女に任せ、俺は2人の盗賊に向かい合った。


 前に立つ盗賊が「この野郎!」と俺に短槍を繰り出してくる。

 しかし、焦っているのか繰り出された切っ先に鋭さが無い。訓練されていない動きだ。


 俺は半身になり苦も無く槍を躱(か)わすと、その流れのまま踏み込み、横蹴りで男の左膝を砕いた。

 男は「があっ」と悲鳴を上げて身をかがめる――絶好機だ。


「レーレ! 今だ!!」

「はいっ!!」


 俺が指示をすると、革縫い針を手にしたレーレが男の顔面に飛び掛かり、右のまぶたの上から眼球に針を突き刺した。


「ディアナのかたきいっ!! 思い知ったか!!」


 レーレはそのまま針にぶら下がり、男の眼球を抉った。

 見事に彼女は仇に一太刀浴びせたのだ。


 男は思わぬ痛みに「ぎゃああっ!!」と悲鳴を上げ頭を振り乱し、顔をしきりに振り払う。

 何が起きたのか理解できず完全に錯乱状態だ。


 そのままレーレは重力に逆らわず縫い針と共に地面に落下した。

 彼女からすれば結構な高さからの落下ではあるが、そのまま走って避難したところを見るに無事らしい。


 膝を砕かれ、目を潰された男は完全に戦意を喪失したようで、うずくまったまま悲鳴を上げて震えている。

 俺は反撃を許さぬために男の短槍を遠くへ蹴り飛ばした。


 これを見ていたもう1人は恐れをなし、すでに背を見せて逃げ出している……あえて追う必要はない。


「レーレ、やったな!」


 俺は地面に落下した彼女を拾い上げた。

 周りを見渡すと、シェイラに任せた敵も既に逃げ散っている。

 こちらに被害はない。不意討ちではあったが完全勝利だ。


 残っているのはレーレに目を潰された男と、シェイラの矢が2本も腰に当たり動けなくなった男だけ、他は逃げたようだ。


「エステバン、こっちは2人逃げたよ! 逃がしていいの!?」


 シェイラが俺に追撃を確認するが、敵の縄張りで深追いすると思わぬ反撃を食らうかも知れない。ここまでだ。


「いや、止めとこう。残ってる2人も武器を取り上げて捨てておけ、モンスターが始末してくれるさ」


 俺の言葉に動けなくなった盗賊たちは「助けてくれ」と命乞いを始めたが、助けるわけがない。

 魔法での反撃も無きにしも非ず――俺は警戒しながら矢が刺さったままの盗賊を蹴り飛ばし、道の端に追いやった。


 後は肉食モンスターが始末してくれる。恐怖におびえ、苦しみながら死ねばいい。


 この世界では犯罪者の人権を擁護する者はいない。盗賊山賊の類いは切り捨てが常識だ。


 そして、人目につかない場所での闘争は死に損である。

 目撃者が無ければ罪には問われない――だからこそ、盗賊の類いが減らない訳だ。


「カラトラバに戻ろう」


 俺は2人に声をかけ、ロバ車の御者台に乗り込んだ。

 シェイラはちゃっかり盗賊たちが手にしていた短槍や手斧を回収し、荷車に乗り込む。案外抜け目がない。


「やったね! 仇を討ったよ!」


 シェイラが声を弾ませレーレに話し掛けるが、レーレは俺の側で青い顔をして震えていた。


 人と戦うのは初めてでも、狩猟という命のやり取りに慣れたシェイラと、初めて闘争に身を置き、人を傷つけたであろうレーレは違う。


 けろっとしているシェイラとは対照的に、レーレは憔悴しょうすいしている。

 無理もないだろう。この小人は自分の何倍もある悪漢の目を抉ったのだ。


 俺も、初めて人を刺したときは震えが止まらなかった。

 人は生き物を、特に人型のそれを傷つけるとき、生理的な嫌悪感を感じるのだ。

 闘争に身を置くうちに、いつの間にか忘れてしまう感覚ではあるが――それが普通なのだ。


 シェイラも何かを察し、黙って荷台の中で丸まって座った。


 レーレはしくしくと泣き続ける。

 友の仇を討った喜びか、それとも人を傷つけた嫌悪感か――友を偲ぶ涙かもしれない。

 それは色々な意味の込められた、複雑な涙であったろう。


「ごめんね、縫い針さんは、こんなことに使う道具じゃないのにね」



 レーレがポツリと呟いた一言が、印象的だった。

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