6 ゴブリン氾濫、その始末
数日後、フラーガ郊外
俺たちはゴブリンの巣穴を退治するため、衛兵隊と共に行動していた。
エミリオ率いる衛兵隊が32人、冒険者が俺たちを含めて16人。合計48人である。
人口が2千~3千人のフラーガが動員した兵力としては、なかなかの規模と言っても良いだろう。
対するゴブリンはこんもりとした小さな丘の洞穴を巣穴として利用しているようだ。周囲には疎らに木が生えている。
「全員、この見取り図を見てほしい」
衛兵隊長のエミリオが夜営地で簡素な見取り図を広げ見せた。
この場には俺とエミリオの他にも衛兵隊の小隊長と冒険者パーティーのリーダー数名が集まっている。
作戦会議と言うやつだ。
本来ならば冒険者は依頼主である衛兵隊の指示に従って動くだけだが、今回はエミリオが俺をアドバイザーみたいな扱いをしてくれる。
だが、もちろん俺は求められた時に意見を言うだけであり、指揮権や決定権があるわけではない。あくまでも意見を求められた時だけ発言するだけだ。
「ゴブリンは洞穴を棲家にしており、判明している出入り口は2つ。敵の数は不明だが、ゴブリン150体程度を想定している」
エミリオの説明に皆が頷く。
「そこで、だ。作戦は片側の出入り口を制圧し、火を焚いて洞穴を煙で
エミリオの作戦は実にシンプルで利にかなっている。
今回の作戦は『ゴブリンの巣穴を駆除』することだ。わざわざ危険な
「エステバン、何か補足はあるか? モンスター退治の専門家としての意見を教えてくれ」
エミリオが俺に水を向けた。
今までとは違い、今回の俺たちは明確に彼の指揮下にあるために言葉使いも改まっている。
そのメリハリのある態度に俺は感心した。
しかも、それでいてわざわざ俺を『専門家』と紹介してくれる辺り、気を使ってくれているのもわかる。
この場には前回いなかった者もいるからだろう。このさりげなさが嬉しい。
俺はエミリオに軽く頭を下げ、感謝を示した。
「特に異論はありませんが、他にも出入り口がある可能性もあります。注意する必要はあるでしょう。後は待ち伏せする部隊は適度にゴブリンを逃がすことです」
俺の意見に皆が少し驚きを見せた。
エミリオが「ゴブリンを逃がす理由は?」と尋ねてくる。
「ゴブリンの巣穴は彼らの国です。全滅するまで追い込んでは死に物狂いで立ち向かってくるでしょう。適度に逃がして追い散らせば、知恵のあるゴブリンたちは離れた場所に棲家を移します。次の巣穴が今よりも小さければ……まず、小さいはずですが、そこでさらに小集団に別れるでしょう。それで脅威度は下がり、フラーガは守れます」
ゴブリンの次なる棲家は今よりも小さいはずだ。
なぜなら、大きい巣穴があればそちらを使うはずで、わざわざここに住む理由がない。
近場ではここが最大の拠点のはずだ。
「後は、火を焚く部隊には魔法使いを配置すると良いでしょう。魔法で風を送り続けることで火勢が増しますし、煙が奥まで届きやすくなりますから」
エミリオは頷き「なるほどな」と納得顔だ。
「だが、待ち伏せは予定通りに行う。ゴブリンを逃がすのは最小に
どうやらエミリオも他の出入り口があることは想定しているようだ。
何せゴブリンが推定で200体以上も住んでいた巣穴である。通気孔をかねて他に出入り口があるのは当然だとも思える。
続いては細かな配置の話となり、俺の出る幕はない。
「良し、すぐに攻撃に移るぞ」
エミリオの号令のもと、小隊長が散っていく。
いよいよ戦闘が始まるのだ。
――――――
この後、小さな出入り口がさらに1つ発見され、俺たちは3手に別れることになった。
新たに見つかった出入り口からも火を焚く事が決まる。
配置は出入り口を確保して火を焚く部隊がそれぞれ10人づつ、待ち伏せは残りの28人だ。
ゴブリンは群れなければ弱いので出入り口から出る数だけを狙えば問題は無いだろう。
俺たち松ぼっくりは副官オイエルに率いられ、火を焚く部隊だ。
金持ち犬も火傷をしたブルドッグ顔以外は同じ部隊として参加している。
「出入口の見張りはどうですか?」
オイエルが心配気に尋ねてきた。
やはり前回の大群のイメージがあるのだろう、少し怯みの色が見える。
「ゴブリンが2体ですね、片方はシェイラに狙撃させます。もう片方は俺たちが突っ込めば引っ込むでしょう」
偵察を済ませた俺がオイエルに報告した。
ゴブリンは基本的に単体で活動しないモンスターだ。
俺たちが一斉に飛び出せば慌てて逃げるだろう。
「それでいきましょう。シェイラさん、入り口に近い見張りをお願いします。シェイラさんの矢を合図に飛び出す。荷車も続け」
オイエルも腹を
荷車には薪や生木が満載され、俺たちも邪魔にならない範囲で薪を背負った。こいつを洞穴で燃やすのだ。
皆が頷き、シェイラも「任せろ」と矢をつがえた。
「良し、今だっ!!」
オイエルの合図に合わせて俺たちは飛び出す。
シェイラの放った矢が、
もう1体は俺たちの襲撃に驚き、転んだところを魔法使いの衛兵が放った石つぶてに顔面を砕かれた――投げた石を魔法で加速させ、ぶつけたのだ。
……うまい! さすがだな!
俺は衛兵の魔法に舌を巻いた。
彼は前回は不参加だった部隊の小隊長だ。
衛兵は戦闘のプロであり、職業軍人である。弱いはずがない。
洞穴の出入り口は大人が2人並んでやっと歩ける程度、ゴブリンは背が低いので高さはあまりない。
俺たちは背に担いでいた薪やら生木をぶちまけ、火を放った。
すでに衛兵の1人が魔法で火を起こしていたので実にスムーズだ。衛兵すごい。
俺たちの襲撃に気づいた巣穴の中のゴブリンが騒ぎだしたが、先ほどの小隊長が石つぶてでゴブリンたちの膝を砕き、狭い通路を塞ぐ。得意技なのだろう、素晴らしい技の冴えだ。
……すげえな、俺の出る幕がないじゃないか。
この石つぶての小隊長はかなりの手練れだ。
しかもモンスター戦に慣れている。
俺は驚きで目を見張るが、遊んでいるわけにはいかない。
ここは同じ動きをしては意味がないと判断し、俺は扇風機の強をイメージして洞穴の中に魔法で新鮮な空気を送り込むことに専念した。
風に煽られた炎は燃え広がり、生木が勢いよく煙を吹き出し始める。
「洞穴から出てください! 荷車を入れます!!」
オイエルが叫び、俺たちはすぐに外へ飛び出す。
すると荷車がガラガラと車輪を鳴らして洞穴に突入した。
荷車は洞穴にピッタリのサイズで、ゴブリンが飛び出してくる様子はない。
「良し、押せえ!!」
オイエルの指示で荷車を洞穴の中、可能な所まで突っ込んだ。
先にバラ蒔いた薪が荷車の邪魔をし、反対側ではゴブリンが荷車を押し止めようと頑張る。
だが、ゴブリン程度では束になろうと俺のムキムキパワーには敵わない。
俺が全力で荷車を押し込むと、数体のゴブリンをひき潰した拍子に荷車は壊れ、通路を完全に封鎖した。
「凄い力だな!」
「なんの、そちらの石つぶてには敵わんよ」
小隊長と俺は互いの健闘を称え、ニヤリと笑った。
何と言うか、この小隊長と俺は戦いにおける呼吸が合う。そんな仲間と共に戦えるのは幸運なことだ。
「良し、あとは警戒だ! 魔法使いは順に風を送るようにしてくれ」
オイエルが指示で皆が外に出た。衛兵たちがきびきびと動く。
金持ち犬も周辺に落ちていた枯れ枝を洞穴に放り込み、警戒に移った。
ほどなくして、荷車の薪にも火が回ったようだ。
煙が洞穴に充満し、ちょっと凄いことになっている。
「他からも音が聞こえるよ。始まったみたいだ」
「そうか、ここが先だったんだな」
耳の良いシェイラは闘争の音を聞きとったようだ。もう片方の火攻めも始まったらしい。
間も無く、ゴブリンの巣穴は煙で充満することだろう。
「煙が他からも出ているようなら警戒しろよ。出入り口はまだあると考えるべきだ」
俺が注意を促すと、皆が頷いた。油断は無いようだ。
その後は封鎖した巣穴を警戒しながら待機。
風で煙を送り続けたお陰だろうか、こちらからは1匹のゴブリンも出てくることは無かった。
――――――
数時間後
決着は着いた。
驚いたことにゴブリンは巣穴に新たに穴を空け、そこから多数のゴブリンが逃げ出したようだ。
彼らも必死、恐るべきは生への執念である。
だが、目標である巣穴の駆除には成功したと言えるだろう。
エミリオ率いる待ち伏せ部隊も多数のゴブリンを討ち取り、死体が山積みになっていた。
「作戦は成功だが……まさか新たな穴を空けるとは予想外だったな」
「いえ、彼らも必死ですからね。ネズミでも追い詰められれば猫を噛みます。大きな被害が無かったのですから、これで良しとしましょう」
エミリオはぼやくが、あまり追い詰め過ぎると思わぬ反撃があるかもしれないし、これで良しだろう。
作戦終了後、俺たちもエミリオに同行し巣穴の中を確認したが……巣穴はゴブリンたちの地獄絵図だ。
窒息したのか、それとも慌てた味方に踏まれたか、ゴブリンたちの死骸があちこちに重なり転がっている。
俺たちは念のために死体を一つ一つを剣で刺して回り、巣穴の中を調べた。
まだ幼体と思わしき死体もあり、シェイラが顔をしかめたが、放置しておけば数年後には人を襲うのだ。幼いからとて見逃す道理はない。
「後はゴブリンたちの死体を放り込んで、魔法で洞穴を崩すことにするか。よくぞここまで掘り進めたモノだな」
エミリオが呆れたような声を出し「ふう」とため息をついた。どうやら巣穴のサイズにウンザリしたようだ。
ゴブリンは洞穴を掘り進め拡張するが、ここまで大きいのは珍しい。
「我らはギルドで報酬を受け取り、そのまま町を出ます」
俺はエミリオに告げた。
唐突かもしれないが、これは前もってシェイラと相談し決めていたことだ。
モタモタしてフラーガの領主に再度「お呼ばれ」すれば、ややこしくなることは目に見えている。
俺たちに仕官の望みはないのだ。
エミリオも先日のやりとりを知っているだけに「そうだな」と頷くのみだ。
フラーガの領主に仕える身としては何とも言いようが無いのだろう。
「もう行っちまうんですか?」
「うん、残念だけど、私たちはフラーガで仕官するつもりはないんだ」
金持ち犬と仲良くなったシェイラが寂しげに笑った。
彼女は世間知らずではあるが、このままフラーガにいる危険は理解している。
金持ち犬がどうするかは分からないが、恐らくは彼らも仲間の回復を待ち、町から離れるのではないだろうか。
「依頼達成の報告に1人、ギルドまで同行させよう。我らは後始末をしてから帰還する」
「ありがとうございます」
俺たちはエミリオに頭を下げ、好意に甘えることにした。
同行してくれたのは石つぶての小隊長だ。
「それじゃ、また!」
シェイラが衛兵隊や金持ち犬に明るく手を降った。
皆もシェイラに応えて賑やかに見送ってくれた。
冒険者の別れはこうでなくてはならないと思う。
共に依頼をこなし、笑顔の別れだ。
同行している石つぶての小隊長が「少し羨ましいよ」と寂しげに笑った。
「昔はお前のような3等の冒険者だったのだが、膝に矢を受けてしまってな……」
どうやら彼は冒険者だったらしい。俺たちを見て昔を思い出したのだろうか。
ちなみに『膝に矢を受ける』とは、実際に負傷したわけではなく『思わぬアクシデントにより、道半ばで諦める』と言う意味のアイマール王国の慣用句だ。
きっと小隊長も、思わぬ出来事で若くして引退したのだろう。
「後悔してますか?」
俺が尋ねると、小隊長は「いや」と明るく笑った。
「子供ができたのさ。今では3人の子持ちでな、後悔なんてしてる暇はないな」
「そりゃ大変だ」
俺たちは賑やかに笑う。
いずれ、俺たちの旅も終わる日がくるだろう。
その日が来て、こうして笑うことができるだろうか。
俺には小隊長の笑みが、どこか羨ましかった。
風に、強くなった緑の気配を感じる。
春がそろそろ終わるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます