5 蜥蜴人の夜

 エミリオの誘いを受けた俺たちは冒険者ギルドの酒場に向かった。

 冒険者は大規模なパーティーを編成することもあり、それに対応するためギルドの酒場は広く、騒いでも怒られないので会場に選ばれたのだろう。


 すでに酒場には先日の戦いに参加した衛兵と思わしき者たちが集まっていた。

 ギルドの酒場は冒険者でなくとも当然、客になることは問題ない(冒険者のガラが悪いので普段は一般人が来ないだけ)。


 エミリオに連れられた俺たちが酒場に顔を出すや『うおおお!』と怒号じみた歓声が上がった。


「待ってましたっ! エミリオ隊長!」

「助かったぜ! 松ぼっくり!」

「金持ち犬も良くやったぞ! 火傷はもう良いのか!?」


 口々に衛兵が俺たちを称え、なし崩し的に宴会は始まった。

 先程の領主邸での扱いに憤慨していたシェイラはこの歓迎に涙を浮かべて感激している。純な娘なのだ……56才だけど。


「エステバン殿、先程は……」

「いや、もうよしましょうエミリオさん。共に戦い、酒を飲むんだ。エステバンと呼び捨ててください」


 豪傑じみた外見のエミリオが申し訳なさそうにする様子は、いかにも憐れっぽく、俺はあっさりと許した。


 過去に囚われても無駄であるし、今回のことはエミリオが無礼を働いたわけでもない。

 それに、シェイラはすでに女性衛兵に連れられ宴席のど真ん中だ。今さら許す許さないの話でもないだろう。


 人生には切り替えが必要だ。


 宴席を見渡すと、戦闘中は気付かなかったが、意外と女性や亜人もいることに気がついた。

 魔法がある世界では女性も戦えるし、水運の町であるフラーガでは泳ぎの巧みな蜥蜴人リザードマンの衛兵が多いのも道理だ。

 金持ち犬たちも違和感なく宴席に溶け込んでいる。


「それにしても! あの戦いは凄かった!」

「おう、あれが無ければヤバかったな!!」


 皆が口々に俺たち『松ぼっくり』の戦いを褒めてくれるが、実は俺たちは大したことはしていない。


 バトルクライと呼ばれる「大声を出す」だけの魔法で注目を集め「弱いゴブリン」を狙って斬り倒しただけ。

 後はゴブリンの群れを牽制しつつ村に向かい、囲まれる前に衛兵隊と合流したのだ。

 つまり、俺は2体しかゴブリンを倒していない。初めに投げた槍も外れたしな。


 シェイラも数体のゴブリン――こちらは上位種だが、これを狙撃して村に向かっただけだ。


 ただ、これが絶妙のタイミングでまった。

 熟しきった戦局で、派手な動きが目立っただけのことではある。しかし、ただ『目立っただけ』でゴブリンは怯み、衛兵隊は勇気付けられた。

 戦場心理ってヤツだろう。


 勝敗を決めたのは、勢いに乗るゴブリンの大群を受け止め、好機を逃さず反撃に出たエミリオ率いる衛兵隊の奮戦が大きい。

 衛兵はプロの軍人なのだ、弱いはずがない。


 ……ま、俺たちはオイシイとこ取りしたわけだな。


 ただ、このムキムキの体と森人エルフの剣のお陰で必要以上に目立ったことは否めない……まさか切りつけたゴブリンが肩からほぼ真っ二つになるとは思わなかった。

 森人の族長ファビオラからもらった剣――月の光を鍛えたとか言っていたが、鋼(はがね)より鋭く、バネのようにしなやかだ。


 ……ま、ズルっちゃズルだな。体と剣、両方とも貰いもんだ。


 俺は苦笑いしながら賛辞を受け流す。

 何度も酒を注がれたが、タイミングを見て空いてるジョッキのヤツとすり替えたり(皆の酔いが回ると意外とバレない)、間違えたフリして取り替えたりしながらやり過ごした。


 俺は酒を飲むのは好きだが、バカ飲みすると腹具合が極端に悪くなるから嫌なんだよな。体質かな?


 この世界のアルコールはビールやハチミツ酒、ワインなどの果実酒が一般的だ。

 ウイスキーや焼酎みたいな蒸留酒はあまり出回っていない。

 蒸留酒は錬金術などに使うことも多いみたいで高価なモノだ。庶民が口にする機会はあまりない。

 今日もビールとハチミツ酒で大盛り上がりだ。


 ツマミは川のさちが多い。

 煮魚や焼き魚なども悪くないが、驚いたのはカマボコだ。

 魚型水棲モンスターの身をすり潰し、塩を加えて成形し、蒸し上げる。まさにカマボコ以外の何物でもない。

 以前、フラーガに来たことがある俺もこれは知らなかった。何度もおかわりするほど旨かった……何と言うか、染みる味だ。

 日本のことを思い出す味と言えば良いのか、上手く表現できないが旨い。


 あとは取れたて新鮮なゴブリンの頭部――俺たちがやっつけたヤツだな。

 これはゴブリンの首を上顎のあたりから丸焼きにし、くりぬいた頭蓋骨から脳ミソを食べるのだが……ちょっとグロ過ぎて俺は手が出ない。

 だが、かなりの高級食材なので皆は嬉しそうにゴブリンの脳ミソをほじくって舌鼓したつづみを打っていた。

 この辺は食文化の違いであり、とやかく言うことではないだろう。


 シェイラは「シェイラちゃんシェイラちゃん」とチヤホヤされつつ滅茶苦茶に飲まされ、速攻で潰されていた。この世界にはアルハラと言う言葉はない。


 俺は武勇伝をせがまれたので森人の集落で過ごした夜の話をしたら大ウケだった。

 シェイラが『お相手』だと勘違いしたヤツも多かったみたいだが、まあ、宴席とはそうしたもんだ。

 俺も酔ってるし、訂正するのも面倒くさい。「シェイラは俺のモンだ手を出すなよ」くらい言ったかも知れないが忘れた。


「いやはや、凄い盛り上がりだね」


 いつの間にか現れた支配人ギルドマスターのアロンソが俺に一声かけ、向かいの席に着いた。どうやら話があるようだ。


氾濫イヌンダシオンだが、君たちの活躍もありあふれ出たゴブリンの間引きは成功した。だが、まだ根っこが片付いていない。次の依頼だ」


 アロンソの話は単刀直入。

 冒険者の話はこうでなくてはいけない。


 俺は「たしかに」と頷く。元の巣穴を片付けねば、いずれ数が増え再び氾濫が起こるだろう。これは間違いない。

 今回、追い払ったゴブリンたちも巣穴に帰るであろうし、タイミング次第ではすぐに起こる可能性もある。


「巣穴の掃除か? 間引きか? いずれにしても――」

「松ぼっくりへの指名依頼なんだ。依頼者は衛兵隊だね」


 アロンソがニヤリと笑う。

 指名依頼とは依頼者が「誰それにお願いしたい」という希望を添えた依頼のことだ。

 別に強制力はなく、その冒険者が依頼を受けれない状態であることも多いが、指名依頼をなされることは名誉なことであり『極力引き受けるもの』だとされている。


「……そうか、それは引き受けざるを得んな。旅に出ようかとも思っていたのだが」

「はは、そう急がないで欲しいね。あと、シェイラは9等に引き上げとくよ」


 アロンソはそう言い残し、ギルドのカウンターに戻っていった。手に串焼きを持ってる辺りちゃっかりしている。


 ちなみに冒険者の等級は7、4、2に上がるときには実技や見識、実績などの審査があるが、それ以外は各地の支配人の判断で昇級する。

 もちろん、適当なことをすればギルドの信用問題となるので昇級審査は厳しい。シェイラの昇級は異例のことだ。

 2等審査は王都でしか行われておらず、俺は3回落ちて心が折れたが……まぁ、過去の話だ。


「やった、エステバンさんが来てくれるなら100人力ですよ!」


 俺の参戦を聞き、俺たちに救援を求めた伝令――たしかオイエルだったか。彼が嬉しそうに笑った。

 若くて陽気な人間の男だ。小麦色の肌に白い歯が爽やかな印象を作っている。


 すでにエミリオは酔い潰れ――と言うよりも、衛兵隊の皆がここぞとばかりに酒を勧めて酔い潰したらしい。

 実に楽しそうな酒だ。部下に慕われているのだろう。


 宴席に目を向ければ、ポツリポツリとダウンした者も目立ち始めたようだ。

 この世界の住民は男女共に酒好きが多い。


「もうお開きですね。二次会行きましょうよ! 二次会!」


 オイエルは明るく陽気な酒癖らしい。今も「二次会いくぞー!」と皆を煽っている。

 彼が嬉しそうに「エステバンさん、行きたい店あります?」とか尋ねてくるので、俺は少し考えた。


 ……行きたい店はあるが、少し怖い……と言うか、この機会に大勢で行けば良いのか。


 俺は「よし」と覚悟を決めた。


 『赤信号みんなで渡れば怖くない』とは日本の国民的なコメディアンの言葉だっただろうか。

 1人で行くのがおっかない店は道連れを作るに限る。


「そうだな、船着き場の蜥蜴人とか」

「え、ま、マジっすか」


 俺の言葉にオイエルもドン引きである。

 確かに蜥蜴人は未知の世界だ。恐れるのは良く分かるし、ぶっちゃけ俺も怖い。


「ほう、蜥蜴人に行くのか」


 俺たちの会話に蜥蜴人の衛兵が反応した(まぎらわしいな)。

 これが口火となり「いやー、ないわー」「皆で行くなら……」などと皆が盛り上がり始めた。意外な反応だ。


 そして、最終的に「無理ならお酌してもらって帰れば良い、度胸試しだ」と誰かが言い出し、場の空気が決まった。

 金持ち犬からも1人参加だ。


 酔いつぶれた者をギルドに預け(迷惑な話だが)、俺たちは船着き場に向かう。

 と、言うか……女性衛兵も混ざっているのだが、どういうことだ?


 この世界には俺のまだ見ぬワンダーランドが広がっているらしい。




――――――




 蜥蜴人個室



 今、俺は蜥蜴人にお酌をされて酒を飲んでいる。

 たぶん女性だが……正直、俺に蜥蜴人の区別は年齢はおろか、性別も含めてほとんどつかない。


 固く、独特の光沢のある鱗に長く2つに別れた舌、人間とは違う瞳の形、太い尻尾……間近で見ると生理的な嫌悪感、恐怖感すら感じる。


「坊や、こういう店は初めてなの?」


 蜥蜴人の女性が俺に優しく語りかけてきた。

 ヤスリをかけたようなザラついた声だ。


「あ、その……僕、友達に誘われて」

「ふふ、緊張してるのね。もう少し飲む?」


 蜥蜴人のお姉さん(?)のお酌で杯が満たされていく。


「鱗のある女ってどうかしら?」

「あの、その……考えたことなくて」


 俺の緊張した様子にお姉さんが「うふふ」とノコギリのような歯を剥き出しにして凄みのある表情を見せた。笑ったのだろうか?


「いいのよ。時間はたっぷりあるからね、ゆっくりリラックスしましょ?」



…………


……



 こうして、フラーガの夜は更ける。


 次の依頼はゴブリンの巣穴駆除――これはゴブリンの集落を襲撃することだ。

 当然、激しい抵抗が予想される。


 油断できる相手ではない。



 俺は新たな戦いを前に気を引き締め直した。





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蜥蜴人リザードマン(店舗)


蜥蜴人のみを集めた珍しい娼館。

その筋ではかなりの有名店であり、街の外からも客が訪れるほどの人気がある。

亜人の専門店としてはメディオ水系諸都市の中でも最大級! 厳選した蜥蜴人美女との忘れ得ぬひと時をお楽しみいただけます。

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