4 不愉快な貴族

 戦闘後、フラーガ郊外の村



「10等だって!? 何てこった!」


 フラーガの衛兵隊長、エミリオ・フラーガは素っ頓狂とんきょうな声を上げた。

 武人らしい大振りな目がこぼれ落ちそうなほどに開き、彼はシェイラをまじまじと眺める。


 その視線が嫌だったのか、シェイラはささっと俺の後ろに隠れてしまった。


「あ、いや不躾ぶしつけな真似をしました。奥方に失礼を――」

「いえいえ、驚かれるのも無理はありません。彼女はつい先日、亜人の森から出たばかりで冒険者になって間もないのです」


 シェイラの様子を見たエミリオは、すぐに謝罪を口にする。

 するとシェイラが俺の背中から「奥方じゃないです!」と抗議の声を上げた。


 シェイラの態度はあまりに残念な感じではあるが、敬語が使えたので良しとしよう。


 エミリオは気にした様子もなく「それは失礼をしました」と謝罪をした。

 彼がフラーガと名乗るからには領主の近親者――つまり貴族のはずだが、なかなかに腰が低い。

 アイマール王国では、基本的に姓があるのは大地主や貴族だけである。俺も当然、姓はない。


「いや、それにしても助かりました。失礼ですが、お2人はオイエル――フラーガまで向かわせた私の部下ですが、彼から救援要請を受けられたのですか?」

「名前は伺いませんでした。しかし、我々が救援要請を受けた若い伝令はフラーガに向かいました。先ず間違いなくオイエルさんかと」


 恐らく、オイエルとは俺達に声をかけた伝令だろう。

 お互いに名前の確認は失念していたが、状況を考えればまず間違いない。


「そうですか、ならば事後になりますが、今回の救援も我らからの依頼としてギルドに申請しておきます。本来ならばフラーガ家からも村を守っていただいた謝礼をすべきですが――」


 エミリオは一旦言葉を切り、衛兵隊の様子を確認した。


 ゴブリンとの戦闘は終わったとは言え、戦は終わった後も忙しい。

 バタバタと負傷者が村の教会に担ぎ込まれ、手当てを受けていた。


「今はこのような有り様ですが、このお礼は近日中に必ずや」


 エミリオは再度、俺たちに頭を下げた。


「ありがたくお受けします、エミリオ・フラーガ様」

「お受け下さいますか。これは嬉しい。フラーガ様では領主家と紛らわしいのでエミリオとお呼び下さい」


 エミリオは嬉しそうにニカッと笑う。

 礼儀正しいし、偉ぶった所がない。気の良い男らしい。


 正直、元日本人の俺にとって貴族のお招きなんて有り難くもないし、面倒くさい。

 謝礼が貰えるなら現金とかの方が後腐れ無くていいとも思う。

 しかし、ここで断ってはエミリオの顔を潰すことにもなりかねない。貴族の誘いとは断りづらいものだ。


 ちなみにアイマール王国では特別な爵位などは無く、各地の領主は地方の独立国のように存在している。

 各領主は王が君臨しているのを認めているが、それは『最大の領主』としての立場、盟主のようなモノだ。

 地主と領主も規模以外には区別がほとんど無い。

 政治もいい加減で、王国内で仲の悪い種族の領主同士で勝手に戦争を始めたりとかもざらにある。

 王権も王威もほとんど無く、その手の概念ですら発達していないようだが――まあ、異なる種族、亜人が町を作っていたりする世界ではこんなモノなのかもしれない。


 森人エルフの族長ファビオラなども領主と言えるだろうが、王国と交流しているかどうかは疑問だ……と言うか絶対してない。



 話が逸れた、元に戻そう。



「あと、負傷した冒険者パーティーは我らがフラーガに連れ帰りましょう」

「そうしてくれると助かる。重ね重ね申し訳ない」


 俺はエミリオに申し出て、3人組の冒険者パーティーの面倒を見ることにした。

 単純に衛兵隊も負傷者が多く手が回りそうもないのと、シェイラにも他の冒険者と接する機会を与えてみたかったからだ。


 シェイラとて、今は俺と組んでいるがいずれは一本立ちする時が来る。その時までに色々と覚えて欲しいものだ。


 俺がシェイラの立派になった姿を想像し「うんうん」と頷いていると、シェイラが「何か気持ち悪いぞ」と気味悪がり、変な顔をした。

 心外である。

 俺の親心を無視するとはけしからん。

 もっと蔑んだ目で罵って欲しい。


 俺が1人で悦んでいると、負傷した冒険者パーティーの面々が現れた。

 彼らは『金持ち犬』と言う変わったチーム名の犬人コボルト3人組であった。

 優れた嗅覚を持ち勇敢な犬人は偵察に向いた能力を有しているが、彼らは7等級パーティーだった。今回の不覚は単純に力不足だろう。


 犬人は人間の骨格をした犬だ。手の形も、ちゃんと五本指で肉球も無い。

 体格はやや小さく、ゴブリン以上、人間未満だ。


 彼らは勇ましく戦い、全員が負傷している。

 特にゴブリンシャーマンの魔法を食らったヤツは重症で、仲間に担がれるようにしている。火傷した彼は俺が担いで帰ることになりそうだ。

 あとの2人は何とか歩けるだろう。


 火傷をした者はブルドッグに似ており、他は柴犬とブチだ。


「すみません、ご迷惑を掛けます」

「いや、仁義さ。どこかでそこの森人が困っていたら助けてやってくれよ」


 俺に背負われた犬人は恐縮しきりであるが、これは助け合いの範疇だ。


 その本人シェイラは「尻尾に触って良いか?」「撫でて良いか?」などと言いながら犬人たちを困らせていた。

 言っとくけど、そいつら結構な年のオスだからな。




――――――




 数日後



 俺とシェイラ、そして「金持ち犬」たちはフラーガの領主邸に招かれた。


 広く、豪華な石造りの邸宅である。

 この世界では領主の屋敷は砦のような武骨なモノも多いのだが、こちらは屋根瓦も鮮やかな赤色、漆喰塗りの白壁と相まって実に印象的だ。


 しかし、この美しい屋敷で俺達が受けた仕打ちは思いもよらないモノであった。


 俺たちは正面玄関を通されず、勝手口から招かれ、さらに庭先で座らされたのだ。


「全く、馬鹿にしている」

「そうだ、我らのみならともかく、松ぼっくりは領主の叔父を救ったのだぞ」


 金持ち犬の面々が憤慨し、シェイラもうんざりした顔をしている。

 だが、不満を口にしないだけシェイラには慎みがあると思う。ご褒美に塩を舐めさせてやろう。


 俺は――特に何も思わなかった。

 世の中には、自分を大きく見せるために下の立場の者に無駄に威張るヤツがいることは知っている。ここの領主もその手合いなのだろうと思うだけだ。

 それに、考えてみれば多少活躍したところで、氏素性の知れない冒険者が領主邸で大歓迎されるはずもない。


 ただ、強いて言えば『あのエミリオらしくないな』とは思う。

 あの時の様子ならば、もっと歓迎されそうな印象が確かにあった。


 ……まあ、俺の見る目が無かっただけかもな。

 

俺はエミリオの姿を思いだし「俺もまだまだ」と苦笑した。


 そのまま15分ほども経っただろうか、俺達が待機していると家来を4人も引き連れた若者が現れた。

 年のころは20才前後だろうか、体が大きいが鍛えていない印象で、どこかだらしなく見える。

 茶色い髪色だけはエミリオに似ているかもしれない。


「控えよ、フラーガ様であるぞ」


 家来の1人がふんぞり返り、俺達に頭を下げろと命令した。別に逆らう必要もないが気分は悪い。


「冒険者よ、衛兵隊と共に良く働いたと聞いたぞ。村を守ったこと、殊勝である」


 フラーガの話し方は鷹揚おうようとしているが、声が高く、どこかチグハグな印象を受ける。

 だが、この一言で俺は事情を察した。


 フラーガは「衛兵隊」と言った。

 エミリオが叔父としてフラーガ家で重んじられていない証拠だろう。

 思い返せば彼は「先々代の庶子」と言っていた。家来のように、しかも軽んじて扱われているに違いない。

 当事者であるエミリオが、この場に同席すらしていないのが彼の立場を物語っているようだ。


「望みは仕官か? 衛兵隊に取り立てよう。そこの森人ならば侍女にしても良い」


 フラーガは悪びれもせず「侍女にしてやる」と口にするが、彼に悪気があるわけでも無いだろう。

 冒険者の大半が食うや食わずの半端者で、良い就職口があれば喜んで飛び付くと考えるのは間違いではない。


 だが、間違いではない一言が人を怒らせることもある。


 余程にフラーガの物言いが不快だったのだろう。シェイラが何か抗議を始めようとした気配を感じ、俺は慌てて手で彼女を制した。


「恐れながら、宜しいでしょうか?」


 俺がフラーガに発言の許可を求めると彼は「許す」と頷いた。


「まだ、ゴブリンの氾濫イヌンダシオンは半分です。あふれ出た元の巣穴を閉じねば解決したとは申せません。我らが衛兵隊として足り得るかどうか、働きを見せたく存じます」

「ほう、自信があるようだ。ならば働きに応じた役を用意しよう、励め」


 フラーガが嬉しげに頷き、その場は解散となった。


 俺たちは屋敷からさっさと追い出され、帰路につく。



「エステバン! どういうことだ! 私はあの人間に仕えるつもりはない!!」

「そうです! あいつは我らを端(はな)から見下しています!」


 先程からシェイラと金持ち犬の俺に対するブーイングが凄い。

 俺は仕官の話を無難に躱わしたつもりだったのだが、彼らに意図が伝わっていなかったのは残念だ。

 あのまま感情的に反発しては、下手したら罪人として牢に繋がれたかも知れないと言うのに。


 だが、俺は説明するのも面倒だし、言われるままにしていた。


「このまま旅に出るのも手だな」


 誰に聞かせるでもなく、俺はポツリと呟いた。

 ややこしいことになる前にフラーガの町から離れるのが無難ではある。


「待て! 待ってくれ! 松ぼっくり、金持ち犬!!」


 ほどなくすると、慌てて走り寄ってきた男に呼び止められた。

 エミリオだ。息が弾んでいるところを見るに、屋敷から走って来たようだ。


「すまん、不快な思いをさせた。侘びと言ってはなんだが、衛兵隊からの招待を受けてくれんか? 皆が礼をしたいと言っているのだ。もちろん私もだ」


 エミリオは俺達に頭を下げた。彼にとっても先程のアレは不本意だったのだろう。


 その言葉に真摯なものを感じたか、シェイラと金持ち犬らは機嫌を治し、招待を受けることにしたようだ。



 その態度の豹変ぶりに、すこしイラついたのは秘密だ。





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犬人コボルト


人に近い骨格をした犬の亜人。争いを好まず、穏やかな性格の者が多い。

人間との相性がよく、多産な彼らは数も多いため、わりとどこの町でも見かける。

また、人間との交配も可能で、ハーフでは稀に『犬耳の人間』『尻尾のある人間』が産まれることもある。ハーフ犬人には一部で強烈な愛好者が存在するようだ。

人間と比して体格はやや小さめだが、仲間を裏切らず、規律や集団内の序列を守るために集団戦闘で力を発揮する。

あまり食用には向いていない。

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