4 森人の集落

 闇の中、俺は森人エルフの娘を背負って歩き続ける。


 途中、シェイラとかいう森人の娘を助けた地点にも立ち寄ったが、彼女の姿は消えていた。


 放置していた豚人オークの死骸は腹回りや顔の辺りが不自然に破損していたが、これは他のモンスターに柔らかい眼球や内蔵を食い荒らされたのだろう。

 森には屍肉を専門に食らうモンスターもいるから不思議ではない。


 ……あの娘は無事に帰れただろうか?


 俺は心配になったが、それを口に出しては背中の娘が不安になる。


「ここでシェイラさんを助けたんだ。先に集落へ戻っているはずさ」


 俺は努めて明るく背中の娘に話し掛けた。

 この娘は俺を警戒しているのか、それとも傷が痛むのか、口が重い。

 しかし、ポツリポツリと話すところによるとノエリアと言う名前らしい。


「ここからは道を教えてくれないか? シェイラさんの足跡を魔法で辿ることも出来るが、あまり驚かせたくはないんだ」


 俺の言葉にノエリアは軽く頷き「その木を右」とか「あの石に触れて」などと指示を出してくれた。


 どうやら集落はある種の結界に守られており、幾つかの行動が鍵になるようだ。

 知らないと何らかの罠か幻覚効果でも発動するのかも知れない。



 さらに森の奥まで進むと数名の森人が待ち受けていた。

 その数は6~7人と言ったところか。


 彼らに敵意は感じられないが、全員が革の鎧を身に付け短槍や長弓で武装している。

 恐らくは集落の見張りなのだろう。


 彼らの警戒心がこちらにも伝わる……雰囲気にけんがある。


「問おう、貴殿が背負うのはノエリア様か?」


 少し離れた位置からかしららしき森人の男が声を掛けてきた。

 どうやらシェイラが事情を伝えてくれたらしい。


 ……そうか、彼女は無事に辿り着けたのか。


 俺は内心で安堵しながら「そうだ」と応え、背からノエリアを下ろした。


 ……ノエリア『様』か。


 彼女は意外とお嬢様だったらしい。村長むらおさの娘なのかもしれない。


「彼女は怪我をしている」

「わかった、すぐに手当てをする……おいっ」


 頭の言葉に森人の1人が走り去った。

 恐らくは回復魔法が使える者を探しに行ったのだろう。


 俺はノエリアに向かい「ここで別れよう」と別れを告げた。


 森人は人間と対立しているわけではないが、こうして隠れているのは理由があるのだろう。

 下手に関わってはややこしくなりそうな予感がした。


「あの、お礼を……」

「いいさ、大物の豚人が狩れた。十分だ」


 ノエリアは俺を引き留めようとしたが、長居は無用。

 俺はきびすを返そうとした――が、同時に森人の頭が「待たれよ!」と声を上げた。


「我らの長がお会いになる、森人は助けられた恩は無下にせぬ」


 森人の頭が告げると、左右の者が俺を半包囲するように散開した。敵意は感じられないが、武装した者に囲まれるのは面白くない。


 ……ここまで警戒されるのか、深入りしすぎたか……


 俺は左右の様子を窺うが森人は華奢だ。一人一人の戦力は大したこと無さそうではある。

 しかし、ここは森人の結界の中、相手は多数……無理は禁物だ。


 豚人との戦いは逃げようと思えば幾らでも逃げられた。

 その点で森人の結界と包囲は『逃げられない』と言う恐怖感がある。


 ここで弓を斉射されれば一溜ひとたまりもないだろう。

 自分が狩りの獲物になったような恐怖だ。恐ろしくて堪らない。


 だが、ここで怯む様子を見せるわけにはいかない。


「俺は3等冒険者エステバンだ。貴殿の名を聞こう」


 俺は内心を悟られぬよう表情を消し、精一杯の虚勢を張り名乗りを上げた。

 正直、見ず知らずの武装した連中に囲まれて小便チビりそうだ。


 だが、こうした時に弱気を見せてはナメられる。

 相手を不快にさせない程度のハッタリが必要なのだ。


「私はボスケの氏族、シャビィ。遍歴の戦士よ、歓迎するぞ」


 森人の頭は無表情のまま不敵に名乗った。

 周囲の森人たちは対照的に嬉しそうに顔を綻ばす。


 ……どうやら、試されたかな。


 あまり愉快な気持ちでもなかったが、俺は森人の招待に応じることにした。




――――――




 時刻は真夜中。

 月明かりがあるとは言え、森の中は真っ暗だ。



 シャビィに先導され向かった森人の集落は、正に『隠れ里』と言った風情の小さな村であった。


 どことなく、日本の合掌造りを思わせるような急勾配の屋根をもつ木造住宅が僅かに10を超える程度の小ぢんまりとした寒村だ。


 案内されたのは、村の中で一際大きな屋敷だった。


「こちらです」


 シャビィが俺を屋敷に誘いざない、ノエリアは手の治療のためにその場から離れた。



 屋敷の中は思いの外、狭く感じた。

 中央は広間、左右に壁を設け小部屋を作っているらしい。

 土間に敷物が置いてあり、そこに座るようだ。


 中央には大きな囲炉裏のようなものがあり、向こう側に美しい森人の女性が座っていた。


「シャビィ、恩人をこちらに」


 美しい女性はシャビィに命じ、すぐ隣に俺を招いた。

 わざわざ聞こえるように「恩人」と言う辺り、好意がにじみ出ている気がした。


「まずは我が娘を救っていただいた礼を申す。わらわは森の族長ファビオラ、ノエリアの母じゃ」


 この名乗りには驚いた。

 どう見てもファビオラと名乗る女性はノエリアの姉ほどにしか見えぬのである。


 森人の年齢は良く分からないが、色素の薄い白絹のような髪を後ろに長く伸ばし、大きく胸元の開いた服を着た妖艶な美女だ。

 そして森人にしてはグラマーな体型をしている。


「いかがした?」

「いえ、ノエリアさんのお母様にしてはお若すぎるので驚きました。お招きありがとうございます、私は冒険者をしておりますエステバンと申します」


 俺は戸惑いを正直に口にした。

 この世界は『嘘を見破る魔法』がある。下手な嘘はつかぬのが身のためだ。


「ほほ、嬉しいことを言ってくれる。この集落には妾を口説く男衆はおらぬゆえ」


 ファビオラは心底嬉しそうにころころと笑う。

 その姿は妙齢の女性に見えるのだが、やはり森人としては年嵩としかさなのだろう。


「しかしのう、油断したわ。今年は豚人のさかりが早うに来てな」


 ファビオラは不意に顔を曇らせ「ノエリアとシェイラには怖い目に遭わせてしもうたわ」と美しい口をへの字に歪めた。

 やはり村の娘のことで心を痛めていたようだ。


「人間の町でも被害が拡大しています。豚人の都合は我らには分かりません、不測の事態に被害が出るのは仕方の無いことでしょう……悔しいことではありますが」


 俺が気休めを口にすると、ファビオラは「フッ」と自嘲するような笑みを見せた。


「弱気の妾を慰めてくれるかや。おことはまことに好いたらしいお人じゃ」


 この言葉に俺は何と答えたら良いのか分からず「恐縮です」と頭を下げた。


「エステバン殿、ノエリアとシェイラを救ってくれた礼をしたい。望みはあるかえ? 叶うことならば全て叶えよう」

「……さて、私の望みですか」


 ちょっと考えて、困ってしまった。

 そもそも、ノエリアとシェイラを助けたのは『冒険者の仁義』だ。

 何か打算があったわけではない。


 冒険者の事故や怪我は自己責任ではあるが、ある意味で冒険者は助け合いでもある。

 怪我やトラブルで死にそうなやつがいれば『できる範囲』で助けてやるものなのだ。

 無論、この『できる範囲』は人それぞれではある。

 だが、これは自分が『困ったとき』への保険でもあるのだ。

 もし『あいつは誰それを見捨てた』などと噂が広まっては助けてくれる者は居なくなり、パーティーは組みづらくなるし、いざというときに救いの手も減るだろう。


 結果として他者を見捨てることは自らの首を絞めることになるのだ。

 冒険者の世界は広いようで狭い。悪い噂はすぐに広まってしまう。


 こうした助け合いを俺たちは『冒険者の仁義』と呼ぶ。

 勿論もちろん、助けてもらえば『お礼』は必要だ。

 だが、これも法外な要求をするのはマナー違反だとされている。

 意外と冒険者の仁義はうるさいのだ。


 俺がシェイラとノエリアを助けたのは、この『冒険者の仁義』の延長上みたいなものであるが……この集落への『望み』とは難しい。


 見るからに貧しそうな森人の隠れ里で金品を要求しても高が知れているし、下手な事を言って森人の機嫌を損ねたくもない。

 かといって『何もいらない』では彼らのプライドを悪い意味で刺激する可能性もある。


 ここは森人の巣なのだ。

 機嫌を損ねて襲われては一溜まりもないだろう。


「うーん、特に考えてはおりませんでした。しかし私も冒険者ですので報酬は頂きますが……そうだ、豚人との戦いで山刀が欠けてしまいました。何か代わりを頂けますか?」


 俺は腰の剣帯から鞘ごと山刀を外し、手前に置いた。


「うむ、つるぎか。何か見繕うとしよう」


 ファビオラはニコリと微笑み「話はまとまった、軽い食事ととこを支度せい」とシャビィに命じる。


「エステバン殿、既に夜も遅い。今夜はこの家に泊まられると良いだろう。明日は大物の豚人を3匹も殺した武勇譚を聞かせておくれ」

「はい、お世話になります」


 俺が素直に頭を下げると「ほほ、嬉しいこと」とファビオラは妖しく笑った。





■■■■■■



森人エルフ


森や渓谷に氏族単位で小集落を作る亜人。彼らは独特の文化を持っており人と交流は持ちたがらないが、稀に人里に出る者もいる。

外見的な特徴としては非常に人間に近いが、色素が薄く、白い髪や肌、スミレ色の瞳を持つ。そして、耳の先が人間と比べてかなり長い。

また、人間の基準では美形揃いで知られている。

彼らの寿命は長く、300年近くまで生きた記録があるそうだが、普通に病気や怪我で死ぬのでそこまで生きる者は稀である。寿命が長い反面、繁殖力は非常に低いとされている。

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