2 森人との出会い
森はチャパーロの町の程近く『亜人の森』と呼ばれる大森林だ。
その名の通り、どこまで続くのかも分からない森には多くの亜人が住んでおり、幾つもの隠れ里が存在すると言われている。
深部になるとグリフォンや翼の生えた虎などの怪物もいるそうだが、さすがに
俺は
闇雲に進むのではなく、人が容易に踏み込めない位置を探し、探索するのだ。
豚人は野蛮だが馬鹿じゃない。
自らが狙われていると知れば危険を避け、人が近づかない場所に身を隠す。
人が歩く街道付近よりも森の中を狙う方が効率的なはずだ。
俺が使う武器は、戦闘で使えるように
特に森では取り回しが良く工具としても使える山刀や手斧が便利だし、短弓は狩りをして食料を得ることもできる。
火や水は魔法で何とかなるが、食料が現地調達できると冒険者としての活動の幅が大きく変わってくる。
小さな武器は殺傷力は低いかもしれないが、戦う相手さえ間違えなければ何とかなるものだ。
無論、その『戦っても良い相手』を見極めるのが難しいわけだが。
ちなみに防具は袖無しの革鎧と
あんまり重装備だと探索できないので、このくらいがちょうど良い。
しばらく歩いていると、藪の中で複数の豚人の足跡を見つけた。狙いは外してなかったようだ。
慎重に豚人の痕跡を辿ると、藪の中に戦闘の跡を発見した。
……鼻の無い豚人の死骸が2つ、それに折れた剣と血溜まりか。
俺は念入りに周囲を確認する。豚人の死骸はまだ新しいが、倒したはずの冒険者の姿はすでに無い。
ここで数人の冒険者と豚人が殺り合ったようだ。
そして、双方に被害が出たらしい。
冒険者たちは討伐証明の鼻だけ切り取り豚人を放置したようだ……豚人の犬歯は丈夫で矢尻などに使われるし、脂肪は燃料として売れるのだが、それすら取っていない。
豚人に勝利を収めたものの冒険者たちは負傷者を抱え、慌てて引き返したようだ。
……豚人の足跡はこちらに続いているな。
俺は豚人の死骸は放置し、豚人たちの足跡を辿るように進む。
犬歯や脂肪を剥ぎ取っても討伐したことにはならない。
少し勿体ない気もするが、今は余計な荷物は増やしたくなかった。
――――――
その後
俺は森の奥へと進んだが、豚人と巡り会うことは無かった。
春の豚人は女連れならば嫌になるほど現れるが、今日の俺の前には全く姿を現さない。
……もたもたすると日が沈むな。
森は日暮れと共に一気に暗くなる。
俺は適当に枯れ枝を集め、岩影でキャンプをすることにした。
魔法で火を起こし、途中で捕まえたウデナシトカゲの内臓を捨て、皮を剥ぎ、火に掛ける。
ウデナシトカゲは60センチ程度の直立したトカゲだ。
その姿はどことなくティラノサウルスに似ている。
前足が完全に退化しており後うしろ足しか無いように見えるところからこの名がついたらしい。
こいつは肉食で素早く、群れで家畜や旅人を襲う厄介なモンスターだが、わりと数がいるので捕まえやすい。
煮ても焼いても生臭く、大して旨くはないが腹は膨れる。
味に難はあるが夜営で温かい食事はそれだけで御馳走だ。
携帯食の乾パンや干し肉ばかりではうんざりしてしまう。
俺のトカゲ料理は適当な枝にトカゲを刺して焼くだけ。
この世界に来たばかりの時はこうした食事に忌避感もあったが、もう慣れた。
見た目はグロいが毒の心配もなく食えるのだから『ありがたい』と思うべきだ。
「いただきます」
現地の言葉でトカゲに礼を述べて肉を
しかし、自分で仕留めた動物を食べると「命をいただく」って意味が分かる気がするな。
俺は俺の血肉となるトカゲに感謝をした。
しばし、トカゲを齧っていると、遠くで何かが聞こえた気がした。
俺は意識を集中し、魔法で聴力を一時的に研ぎ澄ます。
魔法とは不思議なモノで、魔力と呼ばれる『何か』を使いイメージを具現化するチカラだ。
魔力があれば理論上は何でも出来る……まぁ、その魔力を備えるのが難しいんだけどな。
使い手によってはイメージを固めるために呪文を唱えたり、図形を書いたり、歌を歌ったり、踊ることもあるが、しっかりとイメージ出来ればそれで十分らしい。
日本でマンガやアニメを見てきた俺は魔法を使う『想像力』はあるのだが、いかんせん魔法の才能とでも言うべき魔力が少ない。攻撃魔法や回復魔法なんてのを使おうとしたら、すぐに魔法切れで動けなくなってしまう。
魔力は体力と同じで使いすぎると息切れや目眩を起こし、枯渇すると死ぬ。無理は禁物だ。
だが、こうして自らに掛ける一時的な補助魔法は消費も少なく俺も得意だ。
ちなみに俺の『魔法使い』としての能力は五等冒険者の魔法使い程度の実力だ。
四等冒険者くらいの戦闘力と偵察能力、そして五等冒険者くらいの魔法……こうした『総合力』が俺の武器だ。
だが、上の等級では仲間パーティーのメンバーにはスペシャリストが求められる。
俺みたいな半端者は下の等級では重宝されるがそれだけだ。
器用貧乏ってやつだな。
前衛兼、後衛兼、斥候兼、魔法使い……ここまで来れば変に仲間と組むより
……まあ、単独じゃロクな依頼はこなせないけどな。
俺の冒険者としての限界がここにあるわけだ。
「……イヤーッ……誰かッ……助けて……!」
「……ノエリア様、早く……!」
また、聞こえた。
悲鳴だ。女が数名、何かに追われている。
……恐らくは豚人だ。こちらに向かってきている……近いぞ。
モンスターに襲われた者の『助けを求める声』があれば『できる範囲で』助けるのが冒険者の仁義だ。
俺は手早く焚き火を踏み消し、暗くなり始めた森を駆け出した。
――――――
すぐにそれは見つかった。
豚人の嬉しそうな声と女の呻うめき声が俺をここまで導いてくれたのだ。
女だ。女が豚人に襲われている。
豚人は2匹、女は1人だ。
……こんな森の奥に女?
俺は怪訝に感じたが、事態は一刻を争う。
女は醜悪な豚人に組伏せられていた。
豚人は豚のような顔をした亜人だ。
動きは遅いが巨体で、大きい個体は200キロを超える。人間よりも力が強く油断のできない相手だ。
……先ずは、女を助ける!
俺は後ろに回り込み、魔法で奇襲を掛けた。
バァンとかんしゃく玉の弾けたような破裂音が響き、そのまま俺は山刀を抜き、豚人に飛び掛かかる。
これは音を出すだけの魔法、魔力の少ない俺が目眩ましのために多用する魔法だ。
豚人たちは驚きで硬直し、奇襲への対応が遅れた。
俺は女にのし掛かっていた豚人の首に山刀を突き立てる。
抉りながら山刀を引き抜くと、豚人は「プギイ」と悲しそうな声を出した……自業自得だ。
こいつらは人に仇為す害獣、駆除をするのに躊躇ためらいはない。
「ガアアアアァッ! 殺ジデやる!!」
残りの豚人が怒りの雄叫びを上げた。
口の形のせいか豚人は上手く発音できないが知能はそれなりにあり、言葉も理解している。
怒れる豚人は俺に棍棒を振り下ろしたが、怒りのためか動きが雑だ。
俺は半身になり棍棒を躱わすと、そのまま豚人の右脇の辺りに山刀を突き上げた。
ガツンと固い骨に当たった感触があったが、構わずに力を込め抉る。
豚人は「キエエ」と不思議な声を漏らしながら血を吐き、絶命した。
人に近い生き物を殺すのにも、すっかり慣れた。
俺は2匹の豚人の息が無いことを確認し、鼻を削ぐ。豚人は死んだふりをするくらいの知能はある。油断は禁物だ。
俺は山刀を納め「無事か?」と女に声を掛けた。
若い女だ。冒険者だろうか、革の胸当てを着けているが服を裂かれ下半身は丸出しである。
服は裂かれているが、不幸中の幸いとして犯されてはいないようだ。
精神的なことを別にすれば大した傷も無さそうである。
この世界は回復魔法があり体の怪我は何とかなるが……モンスターに子種を残されては悲惨だ。
その場合は『専用の治療』があるが精神的に壊れてしまう女も多い。
俺も冒険者として色々なケースを見てきたが、今は間に合ったことに「ほっ」と息を吐いた。
女が「ううっ」と呻うめく。
気を失いかけていたのだろう。
俺は抱き起こし、再び「大丈夫か」と尋ねた。
目を開けた女の姿に俺は驚いた。
異様なほどに色素の薄い肌と髪、特徴的な形に尖った耳の先とスミレ色の瞳。
人間ではない。
……驚いたな、
森人は数が少なく、人里を好まないためにあまり見かけることはない。
たまに変わり者の森人が冒険者や狩人をしているが、俺も見たことは数えるほどしかなかった。
「う、あなたは……?」
「通りすがりの冒険者だ。大丈夫か? 歩けるか?」
俺の問い掛けに森人の女は我に返り「助けてください!」と俺にすがり付いた。
「大丈夫。豚人は倒した、落ち着いて」
「違う! もう1人、拐われたんだ!」
森人は必死で俺に訴える。
豚人は女を拐う。彼女の連れも拉致されたようだ。
「分かった、見てこよう。1人で歩けるか? 安全に集落に戻れるか?」
俺が声を掛けると森人は力強く頷いた。酷い目に遭ったばかりと言うのに気丈なことだ。
彼女を1人で帰すのは気が引けるが、連れていっては豚人が女の気配に気づいてしまう。
ここで待たせるわけにもいかないし、危険だが1人で帰ってもらうより他はない。
「豚人はどちらに向かった?」
「……あっちだ! かなり大きな個体だった!」
女が示す方には豚人の足跡が残っていた。
十分に追跡が出来る。
俺は魔法で豚人の足跡をマーキングした。
これは追跡のために足跡を魔力で光らせるものだが、やれば確実に相手にバレる。
……だが、そうも言ってられないしな!
俺は真っ暗になった森で追跡を開始した。
■■■■■■
ウデナシトカゲ
体長50~70センチくらいの直立したトカゲ。肉食恐竜のようなシルエットをしている。
前足が退化しているが動きは素早く、非常に攻撃的な性格をしている。
数が揃えば隊商も襲う危険度の高いモンスター。
一応食べれるが、独特の臭いや雑味があり不味い。
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