第五章 暗と転  … 参

 そのころティエラは本部にいるイミュー、そしてヒヴァナと連絡を取っていた。

「私や彼女たちがいない時を狙って事件を起こしてるみたいなタイミングね」

「まだ孵化はしてないみたいだけど、それがいつ起こるかわからない。先行して、第二と第五、それから第六の隊が出動する、それでいいかい?」

「待って。ヒヴァナっちとヴァイスも一緒に先行して。ルナたそと私は、第七小団隊と共に後で合流するわ」

「月島えり殿はどうするんですか?」

 イミューが二人の会話へ割り込むかたちで、ごく当然のように質問をする。その時、一瞬ヒヴァナとティエラの目が合った。

 ティエラが口を開くよりも先に、ヒヴァナがイミューの質問に答える。

「彼女は本部に置いていこう。まだ実戦経験が乏しい。今回のような、未知な部分の多い敵の前に出すわけにはいかない」

 彼女の言葉の裏につっけんどんな感じや毒味を感じたティエラだったが、今回の作戦には月島えりを参加させることはしない、という、大枠のところでは同意見だったのもあり、口をついて飛び出しそうになった言葉をそっと飲み込んだ。

「分かった。それでいこう」

 ティエラはそっと通信を閉じた。


「ねぇ、ルーンちゃん。その、例の『気配』とかで相手の場所がわかったり、読めたりしないの?」

「わかるさ、普段ならね。だが、多少の濃淡はあるものの、今はあちらこちらに気配が漂ってて、詳しい位置も素性もどれほどの強さの相手なのかもわからない」

「そっか……」

 ルーンの言葉を聞き、一層言い知れぬ不安を感じた月島は、抱きしめていた刀の柄をより強く握りしめた。

 建物の角まで来るとルーンは立ち止まり、そっと陰から様子をうかがう。この先は広い中庭があり、地面は天然の芝生になっている。

「よし、大丈夫。誰もいないようだ」

 一度月島の方を振り向いてアイコンタクトをとると、二人は一緒に頷いた。

 素早く飛び出して、そのまま縁側から芝生の上に躍り出ると、前方からオフホワイトのスーツに身を包んだ男が、陰からふらっと現れた。

 突如として現れた謎の男に、ルーンたち二人は驚き、一瞬たじろいだ。

「っ!……貴様、何者だ!」

「可愛い顔したお嬢ちゃんが、そんな怖い顔しちゃあ、駄目だと思うなぁ」

 飄々とした態度ではぐらかす男。不敵な笑みを浮かべながら彼女たちの方へゆっくりと歩み寄っていく。

「寄るな! それ以上近付けば斬る」

 抜いていた刀の切っ先を相手に向け意思表示をすると、男のにやけ顔はスッと消え、ピタリと足を止めた。

「俺の名前はオーランドって言うんだ。そのカタナを下ろしな、俺はお知らせをしに来ただけだ」

 男はそう言いながら、スーツの胸ポケットから櫛を取り出し、髪の毛を整え始めた。

「ジャポニーズは穏やかだと聞いたんだけどな。どうやら間違った噂だったようだ。血気盛んなマンキーだな」

 他人を蔑むような冷たい目で彼女たちを見る男の態度に、ルーンは気持ちが表情に出るのを抑えきれず、聞こえるように舌打ちをした。

「チッ。勝手に評すればいい。気が済んだらさっさと言え、貴様の言う『お知らせ』とは何だ」

「余談もなしに本題に移行するのは、ジャポニーズ特有のセールストーク術なのか? ……まぁいいが。そう、お知らせだな。それは一つだ」

 男は人差し指を立てると、それを今度は、徐にルーンの方へと向け、指さした。だが、男はルーンを指し示しているようではなかった。

「後ろのお嬢ちゃん。そう、月島えり、君だ。君の町で今大変なことが起きようとしている。大規模な被害が待ってるだろうなぁ」

 急に名指しされた月島は目を丸くした。男が何を言わんとしているのか、内容を掴むのに一瞬の間が生まれたが、すぐに理解して顔色を変えた。

「それを、わざわざ伝えに来たの? 何が狙い?」

 月島の質問に、今度は男が目を丸くした。そんなことを聞かれるとは想定していなかったようだ。

 ややオーバーに肩をすくめてみせると、いかにも悩んでいる、考えているという風なジェスチャーを見せた。

「狙い? んー、そうだな。端的に言えば、『面白くしたい』とでも言っておこうかな。世の中面白い方がいいし、楽しくなければつまらないだろ?」

「何を言ってるんだ、あんた」

「ん? 俺の言ってることが間違ってるか? この世の真理を言っただけさ。そしてこれは俺の信条でもある。流れが強い方へつき、面白くなりそうな方へ味方する。利用価値が無くなればオサラバ。それが俺、それが、この世さ」

「ふざけるな」

 ルーンが眉間にしわを寄せ、さらに強く、男を睨みつける。だが、男の表情は一切変わらない。それよりも、ルーンを試すかのように見返してさえもいるようだ。

「人が死ぬのが面白いのか。争いや混乱のある世が、お前の言う『楽しい』なのか。ならば、そんな世は貴様の妄想の中だけの世だ。我々には関係がない、一緒にしてくれるな」

「そこまでだ!」

 男の背後から芝生を踏む音と声がした。見ると刀を構えたグオジオラスと脇差に手をかけた一文字が、男を挟むように接近していた。

「貴様の望む面白いになったんじゃないか?」

 挑発のつもりでルーンがオーランドに尋ねる。しかし、当人はツンとした態度で呟くように答える。

「まだまだ甘いな……」

「?」

 ルーンたちが聞き返そうとした次の瞬間、男の姿が突然消え、その直後、一文字の表情が固まった。

「どこに消えた!?」

「一文字さん? 一文字さん!」

 直後、見る見るうちに一文字の額から玉のような汗が噴き出した。そして、ゆっくりとその躯体が崩れ、膝からゆっくりと力が抜けていく。

 その背後から、オーランドの姿が現れる。

「お前!」

「よせ! グオジオラス!」

 ルーンが叫ぶが、彼は止まることなく、オーランドに向かって刀を振り上げる。その直後、またしても男の姿は消え、間もなく代わりにグオジオラスが血を吹いた。

 胸元にはオールステンレス製のダイビングナイフが突き刺さっていた。

「いやぁーっ!」

 ルーンの背後で月島が泣き崩れる。それを感じ取ったルーンの頬を、汗が伝った。

 再びルーンたちの目の前に姿を現したオーランドは、平然とまた髪を整え始めた。スーツの前開きは開いていて、そこからナイフをしまう、ベスト型のホルダーが顔を覗かせていた。そこには六本のナイフが仕舞えるようになっているが、うち一本が無くなっていた。

 櫛をしまうと男がルーンを見据えて口を開いた。

「さっき、一緒にするなと言ったな。ならば止めてみるんだ。あいつらを、この混沌の流れを」

 ルーンは男の言葉や真意が読めず戸惑っていると、オーランドの視線がピクリと動いた。

 オーランドは小さくため息をつくと徐に両手を上げる。するとそれを確認したのか、オーランドが降参した正体がルーンたちの背後から気配とともに姿を見せた。

「久しぶりね☆ お尋ね者のオーランドきゅん?☆」

 現れたのは、下で待っていたはずのティエラだった。

「お、お前も来てたとは……」

「えぇー、気付かなかったの? こんなにオーラ出してたのにぃ」

 今までの高圧的な雰囲気とは打って変わって、げんなりと、気持ち悪そうな表情を浮かべるオーランドと、一方、わざとにも程があるくらい大袈裟に、男に向かってウィンクしたり投げキッスしたりするティエラ。

「私ィ、結構あなたの大ファンなんだよ?」

「嘘つけ、どの口が言うっ……ぐぅっ!」

 オーランドがティエラを睨みつけながら文句を言ったと思ったら、すぐに呻き声をあげ、ガクッと、まるで頭を直接押さえつけられたかのように頭を垂れた。

 見ると、男の後頭部に拳銃の銃口が突き付けられていて、それがひとりでに動いて男の頭を押さえつけていた。それはティエラの能力がなせる業だった。

「ティエラさん、この男と面識があるんですか?」

 目線を時々ティエラの方へ向けながらルーンが尋ねると、月島の背中をさすっていたティエラが答えるよりも先にオーランドが口を開いた。

「あの女は、捕まえるには惜しいだの、大ファンだのと抜かしてヘラヘラしてやがるが、そんな言葉とは裏腹に、俺を相手に自分の腕を確かめる、練習をするんだ! この前なんか、俺はクレー射撃のクレーになりかけた!」

 必死に訴えるオーランドに対し、意に介してない様子のティエラ。月島に寄り添って背中に手を置きながらゆっくりと立ち上がると、小さく息を吐いてオーランドに目線を向ける。

「そもそも、逃げなければ撃たないし、隠れなければ今みたいに銃は一丁で済むの。それから、『クレーになりかけた』じゃなくて、あなたは元からクレー」

「あんたサイテーだな!」

 苦手意識があるのか、オーランドは両手を上げて跪いたまま一向に逃げようとしない。いや、むしろ逃げられないのか。オーランドは額から汗を垂らしている。

 ルーンがそれでも警戒を続けつつ、ティエラに話しかける。

「それよりティエラさん。一文字さんとグオジオラスが……」

「分かってる……後で掃除屋を呼ぼう。その前に、我々はやるべきことがある」

「私の元いた世界での件ですね?」

 月島の言葉にティエラは気まずそうな表情を浮かべた。ルーンと月島は、自分が元いた世界でまたも事件が起こる、そのことに月島が辛い思いをしているだろうとティエラが感じ、彼女も月島のことを思って辛いのだろうと思った。

「オーランドから、月島の元いた世界でまた被害が出ると聞きました」

「そっか、じゃあ話は早いね。一度本部に戻って態勢を整えてから出撃しよう」

「はい!」

「はい!」

 ティエラはルーンと月島に頷いてみせると、くるりと身体を反転させて、跪くオーランドにアイドル並みの笑顔で顔を近づけた。

「それじゃっ、愛しの、愛しのオーランドきゅん?☆ そろそろ観念して、私に打ち殺されるか、軍警に捕まるか、どちらか選んで?☆」

「どちらもお断りだ……!」

 オーランドがそう叫ぶと、同時に男の身体が揺らぎ始めた。戸惑いながらも瞬時に応戦しなければと判断したティエラは、空間から銃を出現させて、オーランドを抑え込んでいた銃と合わせて、即座に揺らぐ躯体に銃弾を何発も打ち込んだ。

 しかし、何の手応えもなく躯体はそのまま消え、直後、男の気配も辺りから消失した。

「くそ、逃げられた……!」

「どうしますか?」

「仕方ない、後は軍警に任せよう」


 本部に戻ってきたティエラたち三人。ロビーには既に大勢の隊員が待機していた。

「待たせてごめん。状況はどう?」

 ティエラが身近にいた隊員に問いかけると、その者がすぐに返答した。

「只今、先行隊が人々の誘導や卵の確認作業を行っているところですが、孵化の前兆はまだ来ておりません」

 隊員の報告が終わるや否や、彼らのもとに連絡が入りホログラムモニターが展開した。

「ティエラ! 聞こえるか!」

「ヒヴァナっち!」

 連絡の主は、先行隊として対処に向かっていたヒヴァナからだった。

「凶報だ……。たった今、孵化した……!」

 ヒヴァナの報告に、ロビーに集まっていた隊員やティエラ、ルーンや月島も一様に息をのみ、その場の空気は瞬時に凍り付いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る