第五章 暗と転  … 弐

〈弐〉

「お父様、客人を連れてきました」

 白い浴衣の少女は、月島たち二人を置いて先を歩くと、とある建物の前で立ち止まり、名乗りを上げるかのような調子で建物の中へ向かって叫んだ。

 少女の後を追い二人が建物の前に来た時には、もう自分の役目は済んだとばかりに、既に少女の姿はどこかに消えていた。

 辿り着いたその場所にあったのは、瓦屋根が美しい、純和風な木造の建物だった。出入口らしい出入口は特になく、壁と兼用のような大きな引き戸がパッカリと大きく開かれているだけだった。

「ここで……いいんだよね?」

「あぁ……おそらく。取り敢えず中へお邪魔してみよう」

「うん」

 二人は恐る恐る建物に近づいて中を覗くと、軽快に鉄を打つ音が聞こえ、中で一人の男が小槌を振るう姿が見えた。

「わぁ、こうやって作ってるんだねぇ」

「そうだな……」

 男の真剣に鉄を打つ姿に見とれながら、二人は小さく言葉を漏らす。ふと手元に目をやると、その、小槌を握るごつごつした厚そうな手が見え、男の歩んできた時間や精神性を垣間見えた気がした。

 しばらく見入っていると、男が手を止めて、二人の方も見ずに声をかけた。

「そんな遠い所で見てねぇで、入んな」

 ごつごつとした岩のような男の見た目にあった渋い声が、不器用に、されど思いやりを持って二人を中へ招いた。

 中に一歩入ると、そこは建物全体に土間が続いているような形になっていて、板の間などは一切なかった。

 入って左手には炉が、右手には鍛冶に使う道具なのか、様々な道具が並べられた作業台のような場所があった。

「はい、失礼します」

「失礼します。あの、今は何をされていたんですか?」

 ルーンの問いに男は何も言葉を発さず、平箸で何かを掴むと無言のままそれを彼女たちに見せた。

 見るとそれは、どうやら作りかけの短刀のようだった。

「さっきのチビ用にな。そろそろ護身用に、一振り持たせてもいいだろうと思ってよ」

 ルーンと月島はちょっとだけ顔を見合した。「さっきのチビ」というのがあの白い浴衣の少女のことだろう、という意見のすり合わせと、この男性はぶっきらぼうだけど愛のある人なんだね、という意見の共有のためだ。

「それで、次からは焼刃土を塗って、最後の焼き入れをしようかってところだ」

「なるほど、じゃあ工程は最後の方ですね」

「いや、違ぇ。刀工の作業としては最後の方かもしれねぇが、まだ終わりじゃねぇ」

「すいません」

「いや……こっちだ」

 男は短くそう答えると、背を向けたまま一度建物を出て、回り込むように裏手にある別の建物へと歩き始めた。

 不用意な言葉で相手を怒らせてしまったかもしれないとどぎまぎしながら、二人は男の背中を追いかけるようについていく。


 裏手に出ると、先ほどいた建物より一回り大きな屋敷が姿を現した。

 入口に目をやると、一人の青年が背筋を正して立っているのが見えた。

「グオジオラス。彼女たちに例の物を持ってきてくれ」

「はい」

 男は青年に指示を出すと、青年は会釈を一つしてキビキビと中へ入っていった。

 続けて男とともに二人も玄関扉をくぐった。


 細長い縁側を通り、ルーンと月島は畳の部屋へ通された。男は上座にドカッと座る。

「まぁ、楽に座ってくれ」

 二人は促されるままに下座に腰を下ろした。座ってすぐに、ルーンが自分たちの身元を話そうとしたが、それよりも先に男が口を開いた。

「ところで、あの金髪の娘は今日は来てねぇのか」

「金髪の娘、と言いますと……?」

「あんたらんとこの、銃を使う金髪の娘さ。頭は二つ括りで、落ち着きのねぇ奴さ」

 男にここまで説明されて、ようやく二人はティエラのことを話していると気づいた。彼女のいないところで、且つ、自分たちの上司でもある人間が「落ち着きのない奴」などと言われていることに、二人はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「わかった。あの娘、麓まではついてきてんだな」

 男が見事にティエラの行動を見抜いてみせ、ルーンたちは、きっとティエラは今頃ぎくりと背筋を凍らしているんだろうと妄想した。

「あの、ティエラさんと何があったのかも気になるんですが、その前に、失礼ですがお名前を伺ってもいいですか?」

 月島が恐々と質問をしたら、男は思ったよりもすんなり素直に答えた。

「あぁ、そうだったな。申し遅れた。俺は一文字時綱だ。見ての通り刀鍛冶だ。それも、軍お抱えの鍛冶屋でな。あんたらんとこで使ってる刀剣は、大体俺が作ってるやつだ」

 えりはふと、二人の間に置かれている、ルーンの提げていた刀を見た。ルーンもつられて二振りの刀に視線を落とすと、一文字が手を差し出した。

「お、ちょっと見せてみな」

 一文字は、刀を受け取るとそのうちの一振りを抜いた。それは、狼男が二人の前に現れた時、折れてしまった刀だ。

 男は折れた刀身を見て少しだけ悲しい顔をした。

「俺の作った刀だな……。そうか、折れちまったか」

「すいません、私の力不足です」

 頭を下げるルーンに、一文字はかぶりを小さく振る。

「刀は消耗品だ。雑に扱おうが、大事に扱おうが、折れるときは折れ、錆びるときは錆びちまう。寿命だったんだな」

 一文字は、刀を鞘に納めなおすと、自分の後ろに刀を置いた。

「この刀は俺が預かる。こっちで処理しておく」

「ありがとうございます」

 もう一振りの方を確認するため、一文字が鞘から身を抜こうとしたとき、廊下から足音が近づくのが聞こえた。

 一文字の警戒する様子がない所を見て、ルーンと月島は、足音があの青年の物だとあたりを付ける。

「お、持ってきたか」

 間もなくふすまに人影が映り、扉の前で丁寧に正座をした。

「失礼します」

「入れ」

「はい」

 一文字とその人影が短くやり取りすると、スッとふすまが開けられた。そして、ルーンたちの読み通り、入口に立っていた青年が姿を現した。

 彼は二振りの刀を持って現れた。

「ただいま持ってまいりました」

「うん。さて、紹介しよう。こやつはここで用心棒をさせてる、俺の式神だ」

「はじめまして、グオジオラスです」

「はじめまして」

「よろしく」

 深く下げた頭を上げた時、ニコリとほほ笑んだ月島と目が合って、グオジオラスは少しドキリと胸が鳴った気がした。

「グオジオラス、二人にその刀を見せてやれ」

「は、はい」

 一文字に声をかけられ、慌てるように彼は視線を外して、二人の前に刀を二振り、並べるように置いた。

 彼は小さく息を吸うと、落ち着いた調子で説明を始める。

「まず、お二人から見て奥にあるのが、霧雨。手前にあるのが、花時雨という名前の刀です。どうぞ、それぞれ手に取って見てみてください」

「花時雨ってオシャレな名前だね」

「じゃあ、私は霧雨を拝見しようかな」

 それぞれ、気になった刀を手に取る二人。真っ先に鍔が珍しい形をしているのに気づいた。

 月島が手に取った花時雨の鍔は、刀から角が飛び出しているかのように、紡錘形を描く四本の部品が対角線上についている。

 一方、ルーンの手に取った刀の鍔は、長さが不揃いな金属の棒が左右に四本ずつ飛び出していて、歯のかけた櫛のようになっていた。

「ルーンちゃん、こういう形の鍔って見たことある?」

「いいや、私も初めてだ。そもそも、これを鍔と呼んでいいのか」

 まじまじと眺めていると、グオジオラスがたまらず口をはさんだ。

「それは特別な鍔になっていまして。まずは、柄を握ってみてください」

 二人は目をパチパチとさせながら顔を見合わせると、再度刀に目線を戻して柄を握りしめた。

 すると、二人の持つ刀の鍔が「カチャンッ」と音を立てて形を変えた。

 花時雨の鍔は、四本の部品がそれぞれ一回転したかと思うと、何かの花を模した形になった。

 そして霧雨の鍔は、金属の棒から幾つも枝葉が現れ、あみだくじのような模様の変形型六角形が現れた。

「凄い、どうなってるの?」

「鍔工師たちの遊びだ。凝ったものを作りたいと、趣向を凝らした」

「鍔工師たちの技巧に触発されて、他の職人たちも躍起になったようで、それぞれの職人が手を組み、柄や鍔、鞘が相互に連携した機構になっています。先ほどのように、柄を握らないとその鍔は変形しませんし、変形しないと鞘から刀身は抜けません。その上、任意の人物以外がその柄を握っても、その鍔は変形せず、鞘は抜けません」

「えぇっ、ちょっと凝りすぎじゃない?」

「どういうカラクリでそんなことができるんだ」

 刀身を鞘から抜く前の時点で盛り上がる二人だが、ようやくその刀身を抜いて、現れた刃を拝見する。

 光に当てて波紋などを見る二人。まるで宝石や黄金で彩られた装飾品を見ているような目で刀を見つめる。

「へぇ、綺麗……」

「そんなに見とれてくれるんなら、こちらも作った甲斐があるな」

「とても良いものを拝見させていただきました。ところでこちらの刀は、どちらで展示されるんですか?」

 ルーンが一文字に対してこう問いかけると、一文字はキョトンとした表情で一瞬固まってしまった。

 ルーンと月島も、少し困ってしまい、一文字とグオジオラスの顔をキョロキョロと目で往復した。

 その様子にグオジオラスが堪らず咳払いをして、一文字に代わって口を開いた。

「そちらの刀は、ディスプレイ用の刀ではありません。実用の刀です。もっと言うと、それらは貴女方お二人のために鍛錬された刀です」

「え、私たちのための刀ですか? こんな立派な刀が?」

 月島が目を丸くする隣で、ルーンがあることを思い出した。

「そういえば、ティエラさんがここに『用事がある』と言っていたな。つまりはこれのことじゃないか?」

「いや、だとしても、こんな立派な刀をルーンちゃんはまだしも私が受け取るなんて」

 困惑気味に刀を畳の上に置こうとする月島。それを制止するように、グオジオラスが言葉を発した。

「それは、総轄部から発注を受けたものです。月島えり、ルーン・セスト・ドゥニエ両名に、刀を一振りずつ頼みたいと」

「え、総轄部が、私に?」

 驚きを隠せない月島に、一文字が話し始めた。

「新しく軍に入隊した者へ刀を贈呈する、というのは当然のことだ。これまでだってそうしてきたし、現にあんたの隣にいるルーンだって、この刀を入隊したときに受け取ってる」

 一文字は自分の脇に置いていたルーンの刀を胸の前に掲げた。折れた刀ではなく、二振り目の方だ。

「配属先が決まったときに記念として打った刀よりも息が長いのは滑稽だがな」

 一文字が皮肉っぽくそう言いながらルーンに刀を返す。ルーンはやや困った顔でそれを受け取る。

「それにしても、特注の刀を送るなんて、よっぽどあんたらに期待があるんだな」

 一文字が思案気に顎を擦る。その時、グオジオラスとルーンがほぼ同時に、何かしらの気配を察知した。

 月島は、彼らの表情からただ事でないことを察した。

 ルーンとグオジオラスは、目で合図をするが早いか、体の動くのが早いか、刀の柄に手を置きながらふすまを一斉に開けて、四方から感じる気配に対し警戒を始めた。

「ルーンちゃん、どうしたの?」

「嫌な気が流れている。月島も気を付けろ」

「う、うん。わかった……」

 気を付けろと言われても、その「嫌な気」がわからない月島は、とりあえず鞘に収まったままの刀を握りしめながら周りを見まわす。

「一か所に集まっていても危険です。二手に分かれましょう」

 グオジオラスが月島たちを見ずにそういう。その言葉にルーンが何も答えずに青年に目をやった。

 彼女の目線に気づき、青年は自嘲気味に口角を上げてみせた。

「仮にもここで用心棒を務める者です。むしろ失礼ですよ」


 別れ際に一文字から月島へ鈴を渡された。

「屋敷は広い。何かあればこれを鳴らせ」

「わかりました」

「よし、いこう」

 こうしてルーンと月島は、一文字とグオジオラス、二人と二手に分かれて嫌な気の正体を探ることにした。


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