第7話
「…伊月先輩!目を開けてください!」
夜中の砂浜で私はほとんど泣き叫ぶように声をかけながら息を止めた伊月先輩の心臓マッサージをしていた。何度も何度も。
伊月先輩の白く細い体が折れるんじゃないかというほど。
その時、伊月先輩がゲホッと少し水を吐き出した。
「伊月せん…!」
その時だった。
「…だ、誰かいるのぉ〜…?」
突然遠くから聞こえた甲高い声にびくっと身体が揺れた。まりん先輩だろう。まずい。
夜の海に男女が入っていて1人が溺れた。
この状況が見つかれば私も伊月先輩も重い処分が下るかもしれない。
「……ん、んん……」
伊月先輩は意識を取り戻したようで苦しそうに薄目を開けた。
私はぱっと立ち上がり海へ飛び込んだ。
伊月先輩は今年受験生だ。私ごときが迷惑をかける訳にはいかない。伊月先輩がなぜ海に入ったのかは謎だがここは私が隠れるほかない。
合ってるんだよね。
この選択は。
間違ってないよね。
冷たい海の中で必死に言い聞かせた。
「……ありがとう、まりんちゃん…。」
「…もうっ!何してるんですか…。」
遠くに伸びる2人の影を水面からぼんやり眺めていた。
あの時、もしあのまま、まりん先輩と話せば顧問には黙って貰えるようにできたかもしれない。いや、まりん先輩はああ見えてすごく真面目だから駄目かな。でも、もしそうだったら伊月先輩は私のことを──。
起こっていもない出来事を、もしも、もしもと繋げていくうちに伊月先輩とまりん先輩はプールから出ていき見えなくなってしまった。
私の今日の泳ぎは悪くなかった。でも何か足りない。伊月先輩との夜練の方がもっと楽しく泳げていただろう。
「魚ちゃん、ほんと楽しそうに泳ぐよね。」
そうか、私は。
プールが好きで。
海が好きで。
泳ぐのが好きで。
それで、
伊月先輩が好きなのか。
だから、あの人がいないとこんなにもつまらない。
プールの水面が太陽の光を浴びてキラキラと光った。その光は美しくも私の目を痛めつけて思わず顔が歪んだ。
伝えたい。助けたのは私だって。
そうしたら、きっと。
そうしたら、きっと──?
私は何を期待しているんだろう。
伊月先輩は優しくありがとう、と言ってくれるだろう。
ありがとう、好きだよ──?
私は溺れていたところを助けた人だから好きになって欲しいのか。
私は、私は──。
「そっちの方が、可愛いじゃん?」
「俺は魚ちゃんしか見てないよぉ〜。」
「魚ちゃん、ふたりで行こうか。」
「魚ちゃんに惚れてるから。」
「さっかっなちゃーん!」
こんなに泳ぐことしか考えてない"水泳バカ"な私を先輩はおもしろいね、と笑って受け入れてくれた。そんなのはじめてだった。
そんな先輩だから好きになったんだ。
そんな先輩に私はこれ以上何を着飾る必要があるんだろう。
助けた人としてじゃない。
魚ちゃん、であり市川 天羽、であり貴方の後輩である私をそのまま。
愛して欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます