第8話 そこつ野球部の巻

 鳥居は数学のテストで派手に赤点を取ってしまい、補習とともに宿題を大量に出され、今日ばかりは部活に参加できない事態となった。早く帰って家で勉強である。欠席を伝えに部室に顔を出したが、まだ林しか来ておらず、やむなく伝言を頼んだ。


「赤点はあかんし、しくだいも出されてシクシクだい、だな」


 そんな林に鳥居は笑う気にもなれず、部室をあとにした。鳥居は自転車通学で、轟々学園の丘を降り、河川沿いの小道を走っていく。左右には背の高い初夏の草。学校から二つ目の橋を通り過ぎ、それから道端に誰か倒れているのに気がついた。昼間から酔っぱらいだろうか。放っておこうと思い、一度は通り過ぎた。しかし気になる。若い男のようだった。もっと言えば、見たことがある人の気がした。鳥居は自転車をターンさせて戻った。倒れている男の傍らに来て愕然とする。


「ぶ……部長……空山部長!」


 慌てて自転車を降り、うつ伏せだった体を上に向けると、さらに驚いた。顔面蒼白、血の気がない、目も開きっぱなしだった。


「まさか……まさか……」


 死んでる、とは思いたくない。空山は昨日まで何事もなく元気だったし、今日だって普通に学校に来ていたはずだ。そもそも、この時間はまだ学校にいるはずではないのか。でも、どう見ても空山だった。とにかく、救急車を呼ぶ必要があった。スマホから一一九番をかけ、場所を伝えると、数分で救急車が来た。とりあえず自転車はその場に置き、一緒に救急車に乗って近くの病院に向かう。中でいろいろ質問される。


「この人は知り合い?」

「はい、あの、轟々学園の生徒で、三年です。俺と同じ野球部で、部長です。空山……ええと、下の名前なんだっけ……」

「うーん、身元を証明する物を何も持っていないんだなあ……学校の制服でもないし」


 そういえば制服を着ていない。普通の私服だ。


「一度家に帰って出てきたんですかね……それで、あの、空山部長は病気なんですか?」

「いや……もう脈はない」


 鳥居の目の前が真っ白になった。死んでるということだ。こんなにあっけなく、死んでしまうなんて。

 救急車が市立の病院に着いたが、簡単に診察しただけで、個室のベッドに寝かされ、白い布がかぶせられた。鳥居は隣の椅子に座り、頭を抱えた。どうしたらいいか分からない。


「空山さんって、もしかして空山商事の?」

「ああ、はい、そうです……」

「あのご子息か……じゃあこちらから連絡取りましょう。学校にも連絡しますね」

「はい……」


 そう言われて、自分も野球部に連絡しなければと思った。スマホを出す。誰がいいだろう。確実にいるとすればさっき部室にいた林だろうか。鳥居は林の携帯に電話をかける。空山の死を伝えると、さすがに驚いた。


「部長が亡くなった?」

「はい」

「間違いない?」

「間違いないです」

「今どこにいるの?」

「市立病院です」

「分かった……今からみんなで行くよ」


 そう言って電話は切れた。林もこの状況では、さすがに冗談も言ってられないようだ。

 そのまま二十分ほどが過ぎ、林を始めとして、部員八人がやってきた。林、尾大、小泉、紺野、板東、二階堂、六角、空山である。


「………………ええーっ!」


 鳥居が空山を見つけ、指さして仰天する。


「デカい声出すなよ。病院だぞ」


 紺野が顔をしかめる。


「そ、そ、空山部長……じゃあこの人は……人違い?」

「お前が間違えるとは思えんが」


 そして紺野は空山に声をかける。


「早く自分の死体と対面したら?」


 空山は手を横に振る。


「いや、気が進まないんだなぁ。自分の死に目に会うのは何かイヤだ。精神的にもよくない」


 鳥居はひたすらうろたえる。


「いや、あの、だから、部長は死んでなくて……この人が……」

「何ごちゃごちゃ言ってんだよ鳥居! 本人に確認させなきゃ分からんだろ!」


 紺野はそう言って部長を手招きする。


「さあ早く早く」

「しょうがないな……」


 空山はそう言って、死体の傍らに近づき、布をめくって顔を見た。鳥居は必至に言葉を探す。


「あの、ですから、確かによく似てますけど……間違いで……多分双子とか、いとことか、そっくりさんとか……」


 空山は何も聞こえていない様子で、大きなため息を一つついた。


「……俺だ」

「ええーっ!」

「鳥居、デカい声を出すなっ!」


 また紺野が叱責。板東も同じように鳥居をたしなめる。


「そうだど、ひどがなぐなった場所ではぜいじゅぐ(静粛)にじなぎゃな」

「だだだってこの人は……」

「ぶぢょうが自分だって認めでんだがら間違いないでねえが」


 鳥居はよく分からず、涙目になってくる。


「で、で、でもですよ……あの、部長」

「何だ?」

「あなたは空山さん、ですよね?」

「そうだよ」

「空山さん、生きてますよね?」

「いや、今確認したろう。ここで死んでるじゃないか」

「でで、でも口きいてますよね?」

「死体が口きくわけないじゃないか! 君は、この死体がしゃべったのを見たのか?」

「いや、だから、その、違う。あなたです。あなたは、誰ですか?」

「さっき自分で確認したろう! 俺は空山だっ!」


 何やら本気で怒っている。鳥居は訳も分からず周囲を見る。ここで、板東が微笑して助け船を出した。


「ははあ、なるほど、つまり鳥居ぐんは、空山ぶぢょうが二人いでおがしいと思ってんな」


 やっと話が通じたので、鳥居は喜ぶ。


「そう! そうです! そうなんですよ。おかしいでしょう?」

「うん、じゃあ皆にきいでみよう。ぶぢょうがなぐなったというごとが、まだ信じられない人」


 板東の問いかけに、まず紺野が口を開く。


「いや、全く信じられんな。そう簡単に死ぬ奴じゃない」


 続けて二階堂。


「午前中、学校で普通に歩いているのを見ましたよ。とても死ぬ人には見えなかった。信じられないです」


 そして林。


「死ぬなら死相が出てたはず、と俺はそういう思想を持っている。死因は分からんがしーんじられんっていやもう大変なんすから……」


 皆口々に信じられないと言う。板東は予想通りという顔でうなずいた。


「そうそう、つまりだ鳥居ぐん、他人でさえ信じられないのだ。ましてや本人など、絶対に信じようどしないど。誰だっで死にだくないもんな」


 それを聞いて空山が否定する。


「おい、待てよ板東。俺はちゃんと信じているぞ。だって目の前にちゃんと俺の死体があるじゃないか。認めるしかない。これは動かしがたい事実だ」

「しがしぶぢょう、こごろのおくそごでは、まだみどめでいないはずだ。そうやってしゃべっていられるのが何よりのしょうごであるよ。死んだと自覚しだらすぐに死体と一緒になるど。死人にくぢなし、これは世界の常識じゃ」

「つまり俺が普通にしゃべっているのは、本当は自覚していないからだと? それはおかしいぞ板東、自覚さえしなければ死んだあとも永久に人とべらべらしゃべっていられるのか? だったらもっと俺みたいなヤツが世の中にいてもいいはずだ」

「つまりそれは非常にむずがしいごとじゃ。残念ながら時間の問題ってごとだよぶぢょう。これから両親もぐるし、お葬式だってある。何より火葬までされでしまうど。骨だけになっでしまうど。そのあどでもそうしでいられれば立派なもんよ。世の中毎日たくさんひどが死んでいるが、そうできたひどはまずおらんでしょ」


 それを聞き、空山は腕を組んで考えた。


「うーん、確かに俺はずいぶん甘やかされて育ってきたからなあ……まあ、そこまでの自信はないよなぁ」

「そうだどぶぢょう、だがら最後にやりだいごどやっでおくのは今のうちだど」


 鳥居はこの展開についていけず、目が点になっている。何かものすごくおかしな状況になっているが、どうにもならない。空山が意を決して口を開く。


「よし、俺だって野球部だ。一度ホームランを打ってみたかった!」

「あー、でも野球道具がねえなあ……」


 紺野が渋い顔をするところ、二階堂が手をあげた。


「あ、俺今バットとグローブとボール持ってますよ。家で少し練習しようと思って」


 それを聞き、紺野は手を叩いて喜ぶ。


「おお、さすが努力家! じゃあ部長、早速行こうよ」

「問題は俺が死んでて動けんことだ」

「そこはいつもの……」


 紺野は六角に目配せをする。


「なるほど、六角、死体操作マシン!」

「はい、部長……では、部長の死体を私の背中に乗せ、私の両手足と部長の両手足をひもなんかでくくって一体化させて下さい。あとは自由に動けます」


 原理的にマシンというほどのものではないが、普通の精神状態ではこういうことには大いに抵抗があるので、そこはマシン的精神状態を実現しているといえる。ビニール紐があったので、それで六角と死体の手足を結びつけた。空山は、六角の背中に乗った死体の、青白い顔を見つめている。


「ちょっと辛そうだが、最後の希望だ……実現させたい」

「よーし、これから部長の死体にカンカンノーじゃなかったホームランを打たせに行くぞ!」


 紺野がそう言って、胸を張って先導しようとした時、一人の男性医師が入ってきて仰天した。


「あ、き、君達は何をしているんだっ!」

「故人の最後の望みです。どいて下さい!」

「いや、そんな、遺体を持ち出してはいかん!」

「お願いします! ホームラン打ったらすぐに戻ってきますから!」


 そう言って医師を押し戻してむりやり前進し、部屋を出ようとした。


「だっ……だっ、だめだだめだ!」


 医師は廊下の方を向いて叫んだ。


「誰かーっ! 手伝ってくれーっ! こいつらを押し戻してくれーっ!」


 すると他の部屋から女性看護師が慌てて何人か出てきた。それを見た紺野、いきなり頭から紫の煙を噴出させた。


「女の手なぞを借りおって、この悪魔にとりつかれた外道がっ! 貴様にはお祓いが必要だっ!」


 いきなり背中から祓い串が出現して、紺野はそれを両手に持って振り上げる。


「悪霊、退散ーっ!」


 紺野は絶叫しながら医師に襲いかかっていった。


「悪霊退散! 悪霊退散! 異化堂朱色断猛法蘇婆伽! 異化堂朱色断猛法蘇婆伽!」


 紫の煙と紺野の雄叫びと医師と女性看護師の悲鳴で現場は混乱。空山が叫ぶ。


「今のうちだ、行くぞ!」


 煙をかいくぐって、暴れる紺野以外全員が外に出た。グラウンドに行くような時間もなく、病院の前が大きな駐車場なので、そこでやろうということになった。

 死体を背負った六角がバットを構える。ピッチャーは鳥居。キャッチャーは尾大。一つだけのグローブは尾大が使っている。


「よし鳥居君、打ちやすい球で頼むよ」


 空山が要求するが、鳥居はこの状況で頭がおかしくなりそうで、投げられる心境でもない。ただ、投げないわけにもいかず、ボールを持って構えると、バッターボックスで死体を背負った六角を見る。何だか背筋がぞっとした。そしてキャッチャーの尾大に向かって投げた。しかし動揺してコントロールができず、暴投になりボールはストライクゾーンを遙か外れ、とても打てる球ではない。


「鳥居君、落ち着いていくっス!」


 尾大はそう叫ぶが、とてもじゃないが落ち着かない。空山が怒鳴る。


「おいっ、早くちゃんと投げてくれよ! 俺が無事に死ねないじゃないか。ピッチャーは君しかいないんだ!」


 鳥居は泣きそうになる。グローブを持っていないので、尾大がボールを転がして返してきた。それを受け取り、再び投げる。手が震えていて再び暴投。


「おい鳥居っ!」

「死体だから早くしたい、ホトケをこのまま放っとけない……いやぁもう大変ですな」


 林が顔をあおぎながら言う。悪夢だ……鳥居は思った。悪夢? 悪い夢? そうだ夢だ。こんな事態が現実のわけはない。死体に向かってボールを投げる、しかも死んだ本人とやらに怒られながら……夢だ。これは絶対に夢だ。夢でなければ……鳥居はメタフィクションのようなことを考える。もし自分が小説などの物語に出ているとしたら、きっとこれは夢オチだ。そうだ。最後のところで、いきなり目覚めてベッドから起き上がって、なんだ夢だったかと安堵する自分が登場するのだ。いや待てよ、今夢オチじゃないかと考えているということは、夢オチというオチはないんじゃないだろうか。事前にネタバレというか、安直すぎるじゃないか。夢オチのわけはない。じゃあ夢じゃないのか。いやいや、裏の裏をかいて夢オチかもしれない。きっとそうだ。これは裏の裏だ。それを信じたい。鳥居はこれが夢だと信じ、その瞬間無心になって、震えも止まった。帰ってきたボールを受け取ると、今度は冷静になっていた。そして、適度な速度でストライクゾーンど真ん中に投げ込んだ。六角がバットを降ると、死体も一緒にバットを振った。ボールはバットに見事に当たり、ボールは高く上がって頭上を飛んでいった。飛距離からしてホームランだ。


「やった!」


 空山が叫んだ。そして目を潤ませた。


「俺が……ホームランを打った」


 空山は涙を拭い、そして天を仰ぎ、つぶやいた。


「いい人生だった……」


 何かの漫画で見たシーンのような気もするが、もういい。もうたくさんだ……鳥居は思った。空山も打って満足したし、もう夢から覚めるべき時だ。鳥居は右手で頬をつかみ、思い切りつねった。痛いだけだった。もう一度つねった。


「いててててて!」


 夢じゃない……夢じゃないのか!:鳥居の背に冷たいものが走る。いや、夢だろう頼むから覚めてくれ。鳥居はさらにつねった。


「いたいいたいいたいっ!」

「おい鳥居! 何バカやってんだ。病院に戻るぞ!」


 紺野に怒鳴られる。全員走って病院に向かっていて、しかたなく鳥居もついて行く。

 病室では医師が待ちかまえていた。死体を背負った六角を見ると、不機嫌そうに指示した。


「早くそこに寝かせなさい!」


 ここで空山が六角に言う。


「六角、ストップだ」

「はい、部長……うわああ、せ、せ、背中に冷たい人がいるっ!」

「落ち着け、俺の死体だ」

「あ、そうでした……いかがでしたか?」

「よくやった。おかげでホームランが打てた」

「早く寝かせなさい!」


 医師が怒鳴る。


「はいはい……」


 死体は元のようにベッドに寝かされ、再び白い布がかけられた。それから医師が叱責しようと全員を見渡した。


「まず、君達はどうして……」


 そこに、空山の父が慌てて駆け込んできた。背広を着て、恰幅がよく、顔がいかつい。いかにも経営者だ。


「新吾! 新吾が死んだのか?」


 父は怒鳴るように言うと、空山を見つけ、近づいた。


「おい、お前は本当に死んだのか?」:

「本当だよ。あそこに遺体が……」


 父は驚いた目で、白い布を見つめる。


「おお……そんな……」


 父か近づいていき、白い布をそっとめくって、死体の顔を見た。そして顔を歪ませる。


「新吾……なんてことだ。まだ若いのに……」


 そして空山の方を見た。


「どうして死んだんだ? 死因は?」

「分かんないよ」

「どうして本人が分からない!」

「分かんないものは分かんないよ。死体は川沿いで見つかったけど、俺はずっと部室にいたんだ」

「自分の命が危険にさらされている時になぜ部室にいた! だいたい最近のお前は野球部に入れ込み過ぎだ。野球部に好きな人でもできたのか?」

「いや、そ、それは……」


 空山は何やら動揺して、一瞬鳥居の方を見た。それを見逃す父ではなかった。父は鳥居をにらみつける。


「新吾を誘惑したのは君かね?」


 何やらただならぬ雰囲気に、鳥居は震え上がった。


「い、いえ……そ、そんなことは……」


 しかし、勇気を振り絞って、核心的な疑問をぶつけてみる。


「あのう、空山……新吾さんはそこでちゃんと生きていて、あの、そっちで死んでいるのは、そっくりな別人ということはないでしょうか?」

「ほほう、優しいことを言ってくれるようだが、あいにく事実は見ての通りだ」

「で、でもそっくりな人も世の中には……」


 すると、父は怒って怒鳴りつけた。


「君は私の目が信じられないと言うのかね! 自分の息子を見分けられないとでも! 実の親の目より赤の他人の目の方が正しいとは失礼千万ではないか!」

「い、いえ、そうではないんですが……」

「父さん、鳥居君は俺が死んで動揺しているんだよ。大目に見てほしい」

「そうか……怒鳴って悪かった」


 もうこれ以上言っても無駄である。そこに、今度は轟々学園の校長が入ってきた。甲冑は着ていないので身軽に見えるが、お年は召している。どうせまた同じだろうと、鳥居はうつむいて黙っている。


「空山さん、ご子息が……お亡くなりとのことで……」

「ああ、校長先生……お忙しいところありがとうございます」


 父は丁寧に挨拶する。しかし、校長は父ではなく、空山を見て、目を丸くしていた。


「なんだ……ご子息はちゃんとそこにいるではないか」


 鳥居は衝撃を受けた。自分と同じ、自分と同じ人がやっと出てきた。鳥居は顔を上げ、歓喜の顔で校長を見た。校長はそれに気づく。


「ん? どうした君は?」

「い、いるんですよね……空山新吾さんが、そこに」

「いるよ……それがそんなに楽しいかね?」


 そこに父が口を挟む。


「すいません、この子は少々動転しておるようで。さきほども私がちょっと強く問いつめてしまって……」

「そりゃいかん。大人が威圧的になってはいかんよ」

「いや、息子が亡くなっていないなどと言うもので」

「いやいや、亡くなってはおらんでしょう」


 そうだ! いいぞ校長! そのまま真実を貫き通してほしい。鳥居は心の中で叫ぶ。

 しかし、父はうつむき首を横に振った。


「いえ、こちらを見れば分かります」


 そう言って、ベッドの方へ行き、布をめくった。校長はその中をじっと見つめている。

 まさか……鳥居は嫌な予感がする。そしてその予感はたいてい当たる。校長はそっと手を合わせた。


「ああ失礼した。まことにご愁傷様だ……若くして亡くなったご子息……言葉もない」


 鳥居の目の前が真っ暗になる。さっき確かめたが夢ではない。では何だ? 鳥居は今日あったこと、倒れていた空山を見つけた時からを回想する。何か手がかりは、真実への伏線はないのか? でも、何もなさそうだった。すると何かの冗談か。自分を騙すテレビ番組か。騙す? 鳥居の脳内で、昔見た絵本が再生された。猫のキャラクターが主人公で、ある日、いつも仲良く遊んでいる友達にことごとく冷たく、仲間外れにされる。そして一人寂しく丘の上で泣いていると、みんながやってきて、ある部屋に連れて行く、そこはパーティ会場で……鳥居はとんでもないこと思い出した。これで全ての説明がつく。

 今日は俺の誕生日じゃないか!

 みんな自分を騙していたのだ。誕生日は入部届か何かに書いた気がする。これはサプライズなのだ。これだけ大がかりなのは、お金持ちの空山が仕掛けているからだ。さらに、空山は自分を好きだとか、そんなことも言っていた。そうだったのか。きっと今に、あの死体からケーキとか花とかが出てくるのだ。鳥居の顔から笑みがこぼれそうになる。しかし、せっかくのサプライズ、こちらが気づいてしまったのでは申し訳ない。鳥居は何とか、今までと同じように、ややパニクった表情を作ろうとしたが、結果的に笑みと適当に混ぜ合わされ、表情をグニャグニャと変えるばかりで、大変不自然な顔つきとなった。空山がそれを見つける。


「どうした鳥居君、疲れたか?」

「いれ、あの、なんでみょないでひゅ」


 それを見て、林がふと口を開いた。


「そういえばさ、今日鳥居君の誕生日じゃなかった?」


 空山もそれに気づいた顔をする。


「おお、そうだ。しかし鳥居君の誕生日が俺の命日ってのも申し訳ないな」

「しょうがないですよ。めーにち(毎日)誰かの命日ってことですからな」

「もうすごしはやぐわかっでれば、ざぷらいずもできだのになあ。残念だなあ……」


 板東もそんなことを言う。鳥居はさっきまで完璧だと思った自分の考えがあっけなく崩壊していくのを呆然と聞いている。そしてだんだん笑いがこみ上げてくる。それはまるで頭蓋骨の中で、脳味噌がソレソレソレとかコリャコリャコリャとか踊っているような気分だ。


「あは、あは、あはははは、あはははは……」


 もはや頭の中が沸いていて、笑いしか出てこない。さすがに全員心配そうに鳥居を見た。


「おい鳥居、大丈夫か?」

「帰った方がいいんじゃないか?」


 鳥居は笑いながらも、心配している人達の中で、一人だけ、微笑している人を見つけた。

 小泉だった。小泉と目が合った瞬間、全ての音が消え、時間が停止した。小泉は微笑しながら言う。


「いやぁ、地球人の思考というものは、少しいじくるだけで面白いものですねえ。よい実験ができました」

「じ、実験って……俺はもう気が狂いそうだぞ……」

「大丈夫ですよ。全て始めに戻ります」

「始め?」


 そして小泉は叫んだ。


「ミッション、コンプリート!」


 そうか、あの座禅での帰り際のネクストミッションのことか……そう思う間もなく、鳥居の意識が遠くなった。



 自転車をこぎながら、一瞬めまいがしたと思って、思わずブレーキをかけた。何が起きたのだろうか? 鳥居は辺りを見回す。別に変わったものはない。河川沿いの小道で、初夏の背の高い草に囲まれている。

 学校から二つ目の橋を過ぎたところだ。今、何かが起きた気がする。

 でも、そんなことを考えている場合ではない。帰って早く数学の勉強をしなければ、また赤点を取ったら大変だ。

 鳥居は再び、自転車をこぎ始めた。

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