第5話 エデンの守り神の巻

 翌日、野球部九名が校長室に呼び出された。行ってみると、室内にいたのは野球部顧問と、ダミ声で冷酷と言われるヨダレ副校長だけであった。


「しばらく待て。校長は今にお見えになる」


 副校長がヨダレをすすりながら言う。校長は控え室にいるのだ。校長室の控え室というのも変だが、何をしているのかは分かっている。やがて、ガチャッ、ガチャッと重苦しい音がして、校長が控え室から姿を現した。武士の甲冑を身につけているのだ。老齢なのに、無理して重い甲冑をまとっている。朝礼を始め、学校行事には必ずこの姿で出るのだ。

 大きな机を挟んで、校長は九人と対峙すると、おもむろに口を開いた。出だしは必ず歌である。


「♪はぁぁぁあああ ♪男はああぁぁああ ♪男はぁマッチョだよぉぉぉぉおおん ♪はぁぁぁあああ ♪女はああぁぁああ……そんなことより、恵伝学園より、こんな手紙が来た」


 そう言って、校長は封筒を見せた。三ヶ月後に試合をし、勝たなければ廃部にせよという例の内容。


「顧問はいかが思うか?」


 校長は野球部顧問をにらみつける。顧問は社会科のペコペコバッタと言われる先生だ。


「はい、あの、これはですね。轟々学園野球部がひどいことをしたのですね。はいはい。これはもう、すぐさま廃部にした方がよろしいかと思います。ええ廃部ですよ廃部。はいはいぶうぶう」


 顧問は廃部にさせたがってしかたない様子だ。


「貴様っ!」


 校長は怒鳴って、腰の刀を抜いた。


「ひえっ!」


 顧問が後ずさる。見慣れているとはいえ副校長も一歩下がった。銃刀法に引っかかるので、模造刀のはずだが、校長が校庭の隅で、わら人形を叩き斬っていたという噂もあり、よく分からない。


「それでも男か! 簡単に廃部とか言いやがって!」


 そして、九人の部員の方に向き直る。


「野球部諸君、どう思う?」


 これには代表して空山が答える。


「廃部は望まないところです。がしかし、三ヶ月の練習をしても十分な戦力が身につくとは考えられません。ついては戦力強化のための資金をいただけたらと……」


 校長はうなずきつつ聞いた。校長は理事長でもあり、学校の金を動かすこともできる。


「なるほど、あなたのお父様にはよくお世話になっておる。ご子息のご期待に応えたいところじゃが……お父様より、あなたをぜひ立派な男として、厳しく育ててほしいと言われてましてな……」


 ここで校長、いきなり抜いた刀を思い切りテーブルの上に突き立てようとしたが、刀が切れないのかテーブルが上等なのか、刀はテーブルに弾かれて、校長の手からも放れ、そこらに落ちてしまった。しかし校長は構わず怒鳴った。


「金で野球をしようとするなボケェ!」


 九人全員震え上がる。空山がうろたえつつ訊く。


「そ、それでは廃部……?」

「バカヤロウ! 売られたケンカは買えっ! そして勝てっ!」

「でで、でも戦力が……」

「自分で何とかするんじゃ! 考えろ! 手段を問うな! やれ! いてまえ!」


 校長はそう言って床の刀を拾おうとしたが、何しろ甲冑が重くて立っているのがやっと。よろめいて床に崩れ、倒れてしまった。ここで副校長が口を出す。


「校長、その格好はもうおやめになった方が……お体にさわりますし」

「なにぃ? きさまぁ!」


 校長は刀を手にして、机にかじりついて汗だくになりつつどうにか立ち上がり、刀を振り上げると副校長の方によろよろと向かっていった。


「斬るっ! 殺すっ!」

「い、いや私は校長が心配で……」


 そう言いつつ校長室を慌てて出て行った。校長が刀を手にあとを追う。顧問もそれをみて、さっさと出て行ってしまった。

 この校長と副校長の朝礼がかなり狂っているのだが、それはさし当たってここでは関係ない。


 

 翌日、部室に集まっていたのは八人。空山が気が気でない顔で訊く。


「誰か今日、六角を見たか?」


 すると、一応つきあっているらしい尾大が反応する。


「そそ、そういえば連絡取れないっス」


 続いて、同じクラスの林が答えた。


「いや、普通に学校来てましたよ。そういえば全然しゃべらないし、目も据わってたな。椅子にも座って目も据わり、割に合わない時間割」

「そうか……」


 同時にドアが開いて、六角が入ってきた。確かに目が据わっている。カバンから古そうな一冊のノートを出し、空山に渡した。


「恵伝学園野球部、秘伝のノート」

「おおっ! よし六角、ストップだ」


 六角が我に返る。


「ええと、いかがでしたか?」

「今回はすばらしい! よくやったな!」


 二人以外は何のことか分からない。


「何をやっだのだ?」


 板東が訊く。空山はノートを手に満足そうだ。


「我々はもう手段を選んでいられない。恵伝学園野球部の戦力を秘密を探るマシンと化し、昨夜潜入してもらったのだ。その結果、この秘伝ノートを手に入れてきたわけだ。すごいぞ六角!」


 いや、相手戦力の秘密以前の問題だろうと鳥居は思うが、一年生という立場上、そう反抗もできない。

 空山は早速ノートをめくる。


「これでやつらの……」


 しばらく無言で見ていた。何度もページをめくった。


「……読めねえ」


 全員コントのように転倒した。


「だってこれ見ろよ! こんな汚い字は読めないぞ!」


 ノートを開いて全員の方に見せる。戦術メモらしいが、確かにミミズがのたくったような字で、何が書いてあるのか分からない。


「おおっ! それは、読めます!」


 そう答えたのは自称宇宙人の小泉。


「ほんとかよ!」

「読めなかったらやおい穴ご開帳な」

「読めます読めます。我が星我が国の公用語の書体です。わけありません」

「よし、読んでくれ」


 空山は小泉にノートを渡した。小泉は早速朗読する。


「……おおザガエウム河よ! さっきフィゲナン鳥が羽ばたき、見る間に土壌の引き渡し、早くも干ばつ。やめてお願いそこは弱点よ。早く宿題をやれ。さもないとみんな政治が悪い。このヒャガグ野郎が、早く食わせてやる。皮膚を用意して待っていろ……」

「……何を言ってるんだ?」


 空山が顔をしかめる。板東が怒って指を突きつけた。


「ごごごのニセモノやどう!」

「ニセモノではありません。ちゃんとそう書いてあります。意味が通じないとすれば、まあ、たまたま文字や書体が似てたんでしょうな」

「さっさとやおい穴見せろよ」


 紺野が迫る。


「いや、読めたではありませんか」

「今のは読めたことにはならねえ!」

「いや文字的にはちゃんと『読めた』わけです。意味が我が国とそちらの国とで違ったわけです。やおい穴は試合に勝ってからです」

「くそ、ばかばかしい。解読は部長に任してキャッチボールでもやろうぜ!」


 そう言って、紺野を始め、板東、二階堂、尾大、鳥居が外に出る。鳥居や尾大としても、とにかく少しでも多く練習することが大事だと分かっている。



 部室内でノートの解読が進んでいる(ほとんど進んでいないが)間、部室前の広場では五人がキャッチボールをしていた。二階堂が比較的やる気があり、それに釣られる形で紺野と板東もそこそこやる気がある。鳥居と尾大が投球フォームの指導などしている。

 その時、広場の隅の空間が揺らぎ、両開きの扉が出現した。まだ誰も気がつかない。扉がゆっくりと開く。その向こうは青黒い虚空だった。この段階で板東が気づいた。


「あ、あ、あでは何だ? あんなとこにドアあっだか?」


 その声で全員が注目する中、扉は全開となり、中から同じ高校生ぐらいの、一人の男が飛び出てきた。しかも、全裸であった。


「うわっ!」


 全裸の男は歩いてきて周囲を見渡す。明らかに攻撃的な目つきをしている。


「お前らが轟々学園野球部か?」

「そうだが。誰だよお前。服ぐらい着ろよ」


 けんか腰なので、好戦的な紺野が答える。すると男は、ヒーローのような決めポーズらしき仕草をした。


「俺の名は、エデンの守り神、マッパマン! 我が校野球部の、秘伝のノートを返してもらおうか!」


 大まじめに言う男に、紺野は吹き出した。


「何がマッパマンだフルチン野郎! 返してもらいたきゃ奪ってみろ!」


 何かまずいと鳥居は直感する。


「よーし」


 男はまっずぐ部室に向かう。そこに紺野が立ちふさがった。


「まず俺を倒してからだ」


 すると男は、不敵に笑って構えた。鳥居は心配になる。


「紺野先輩、その相手、なんかヤバいです」

「うるせえ! サボテン野郎は黙ってろ!」


 二階堂も鳥居と同じことを考えたのか、部室に知らせに行った。


「だーっ!」


 紺野が叫んで飛びかかる。まずはパンチを一発、お見舞いしようとしたが、突き出した拳をあっけなくキャッチされ、そのまま手首を掴まれ、思い切り投げられてしまった。数メートル吹っ飛んで地面に転がった。


「ううう……」


 紺野は動けない。


「どりゃーっ!」


 今度は板東が金属バットを持って遅いかかったが、振り下ろしたバットもあっけなく素手で掴まれてしまった。板東の顔から血の気が引く。続いてバッドごと投げ飛ばされて、紺野と同じように数メートル先の地面に転がった。

 鳥居はとても、手を出す気にもなれない。尾大も気性が穏やかだから出せないだろう。

 男はゆっくりと部室に向かっていく。その時、中から出てきたのは六角。目つきがいっそう鋭い。戦闘マシンの暗示をかけられている。六角が構え、男も構えた。そして二人の戦いが始まった。ほぼ互角、男の出す手足のスピードも力も普通ではなかった。しかし暗示をかけられた六角も負けてはいない。その攻撃を受け、逆に攻撃を返す。しかしほとんどの攻撃はかわされ、時に受け止められる。しばらく攻撃のやりとりの後、二人はいったん離れた。男もさすがに肩で息をしていた。しかし六角はそうでもない。冷たい目のまま、息も切れていない。


「六角、もしかして、勝てるのか……」


 空山がつぶやく。部室から全員が出てきて見守っていた。

 しかし、男は次のように叫んだ。


「秘技、猥褻物陳列!」


 六角の表情が変わって絶叫した。


「う、うわああっ! やめろ! そんなもの見せるな! 早くそれをしまえっ!」


 六角だけではなく、見ていた全員が泣き叫んでいて、地面をのたうち回った。


「わ、わ、猥褻だーっ!」

「俺のより猥褻だっ!」

「いやらしいっ!」

「見せるな! やめろ! あっち行け!」

「チン○陳列でオレ轟沈いやもう大変なんすからーっ!」

「お、お、おがあぢゃーん!」


 男は悠然と部室に入ると、ノートを持って出てきて、そのまま扉の中に消えていった。その後、扉は空間から消滅した。

 彼こそが、恵伝学園の守護者として選ばれた、エデンの守り神マッパマンである。彼の誕生や活躍の物語もあるのだが、それはさし当たってここでは関係ない(そんなのばかりで申し訳ないが)。



 全員地面に倒れていたが、だんだん起きあがってくる。紺野が叫んだ。


「なんなんだあいつは!」

「あいつって?」


 返したのは空山。今の状況がよく分からないという顔だった。


「あいつってもちろん、今ここに来た……ええと……ほら、あいつ……」


 急速に記憶がなくなっていく。それは全員同じだった。実はマッパマン、目撃されても記憶には残らない。眠っている時に見る夢と同じで、たちまち消滅していく。


「い、今何が起きたんだ?」

「何でおでたちみんなそどにいるのだ?」


 鳥居も何が起きたか分からなくなっていた。確か五人で外でキャッチボールをしていた。それから……気がついたら部員全員が外に出ていて、地面に転がっていた。紺野と板東はウエアもかなり汚れていて、体の節々が痛そうだ。何が起きたんだろうか。


「とにかく……秘伝ノートの解読に戻ろう」


 空山がそう言って部室に入っていったが、すぐに血相を変えて出てきた。


「大変だ! ノートがなくなっている!」

「なんでだ?」

「誰かが盗んだのか?」


 全員顔を見合わせる。解読中に全員が外に出てきて、その間にノートが消えた。しかし誰も部室には入っていない。


「うーむ、ミステリーだ……」


 空山がつぶやく、その時、尾大が叫んだ。


「あーっ! お、俺のスマホに変なものが入ってるっス!」


 何事かと全員が注目。知らない動画ができているというのだ。撮影時刻は少し前、何が起きたか分からなくなった時間。実は。尾大は一連の出来事をスマホで撮影していたが、できごとの記憶は消滅。しかし動画は残っていたのだ。ただならぬ事態に、全員が部室に戻って動画を鑑賞した。


「なんだこの裸の男は?」

「マッパマンだと?」

「俺のパンチを受け止めたな」

「おでの金属バットも」


 誰の記憶にもなかったが、作りものとも思えない。やがて六角が登場し、互角に戦う。


「おお、俺は戦闘マシンだったのですね」

「六角先輩カッコいいっス」

「六角が互角で死角なし。いやもう大変なんすから」


 しかし、秘技が登場。


『秘技、猥褻物陳列!』


 男がそう叫ぶと、画面の中で全員が叫んでのたうち回った。しかし動画を鑑賞している自分達には効果がない。


「なんだこれ、何が起きてるんだ?」

「なんだ秘技って?」

「あっ、こいつ部室に入っていきます」


 男は部室からノートを持って出てきて、扉の向こうに消え、扉も消えた。同時に動画も終わった。

 空山が腕を組んで考え込んだ。


「これが実際にあったできごとであり、俺達の記憶が全部消された……いや、あいつのことを記憶できない、とするとつじつまが合う」


 ノートがないこと。地面の汚れがついている紺野と板東。


「エデンの守り神か……噂は聞いたことがある。強敵だ。あいつがいる限り、何でも奪い返されてしまうな……」


 だからそんなことよりも、地道に野球のトレーニングをした方が、と鳥居が言いかけた時。


「俺、いい方法思いつきました」


 二階堂だった。全員が注目する。


「ラ・マンチャ作戦です」

「何だそりゃ?」

「『ラ・マンチャの男』ってミュージカルがありましてね、元ネタはドン・キホーテです。スペインの田舎の老人が、自分を騎士だと思いこんで騒動を起こすんですが、彼の目を覚まさせるために、鏡を使ったんです。大きな鏡の盾に自分の姿を写して、自分がみすぼらしい老人でしかないことを思い知らせた。つまり、あの秘技が飛び出したら、鏡で自分を見せつければいい。自分で自分を猥褻だと思い知らせて撃退できます」


 空山は考え込む。


「ほう、なるほど……総受けにしちゃ悪くないアイディアだ」

「総受けは関係ないでしょ」

「よし、この作戦でヤツを撃退するぞ……六角」

「はい」

「今夜もう一回あのノート盗ってきて」


 そう言って、恵伝学園野球部の秘伝ノートを盗んでくるマシンの暗示をかけた。



 翌日午後、部室にはまた八人が集まり、六角を待っていた。しばらくして六角は、ふらつきながら部室に入ってきた。


「恵伝学園の秘伝ノート」


 機械的な声でそう言って、空山に渡した。


「よくやった。六角。ストップだ!」


 六角の意識が戻る。


「ええと、いかがでしたか?」

「完璧だ。大変だったろう」

「ええと……まあ暗示にかかっている状態なんでよく分かりませんが……確か前と同じ場所にありましたね」

「なんだよ……不用心な野球部だな」

「それより……さすがに二日連続夜の行動は疲れます。もうブッ倒れそうです」


 六角はふらついていて、立っているのもやっとだった。ノートを盗るだけではなく、昨日は戦闘マシンとしてマッパマンと戦いもしている。


「そうか、じゃあ今日はもう帰っていいよ。ご苦労だった! ありがとう!」


 空山がそう言うと、六角は満足そうに微笑し、うなずいて部室を出ていった。


「六角先輩、ありがとうっス!」


 六角の後ろ姿に、尾大が心からの声をかける。空山はノートを金庫にしまった。


「こいつはひとまず保管。で、鏡の用意は?」

「家庭科室から借りてきました」


 二階堂が言う。鳥居と尾大が鏡を持っている。最近は男子校でも家庭科があるのだ。


「よし、総員戦闘準備。すぐにもヤツがやってくるぞ!」


 空山の号令で、全員部室前の広場に出た。果たして、隅の方にもう扉が出現しかけている。


「もうきやがった……ヤツが秘技を出したら、俺の合図で鏡を立てろ!」

「ねえ部長」


 林が扇で顔を扇ぎつつ声をかける。


「なんだ?」

「秘技を使うまでもなく、みんなやられちゃったらどうします?」

「なに? そんな時は六角の……あ、六角は帰ったんだった」


 空山がややうろたえる。確かに、前は六角の戦闘マシンがマッパマンと互角だったので、追いつめられて彼の秘技が飛び出したのだ。

 出現した扉はもう開きかけている。


「まずい……出てきたら誰か何とかしろ!」

「ええっ? そんな適当な……」


 扉が開いて、全裸男が飛び出てきた。大げさにポーズをキメる。


「エデンの守り神、逝くでごんす、マッパマン!」

「逝くだと? 死ぬのか?」

「死ぬ気で来てるぜっ! 昨日に続き、ノートを返せこの小汚い悪党どもが!」


 男は空山に指を突きつける。空山は小馬鹿にしたように返す。


「取れるものなら秘技でも出してみろ」


 すると男は笑った。


「へっ、秘技など使うまでもない。俺の腕力で全員ゴミにしてやる!」


 まずい……という空山の表情。その時、紺野が歩み出てきた。


「おお、さすが紺野!」


 空山が拍手をする。


「俺が相手だフルチン野郎」


 鳥居は嫌な予感がする。たいてい当たる。紺野はズボンとパンツを脱ぎ始めた。


「こ、紺野先輩、こんのこそいや今度こそ死にますよ!」

「うるせえな。股間に打撃を受けるために脱いでんじゃねえよっ!」


 紺野はズボンとパンツを脱いで下半身丸出し。男の前に立って見せつける。


「どうだ!」


 男は顔をしかめた。


「何が?」

「見りゃ分かるだろう。俺の方がデカい!」

「だから何だ?」

「お前のは小さい!」

「ううっ……」


 男が一瞬うめいた。そして二、三歩後ずさる。男たるもの一応大きさを気にはしているらしい。


「小さい野郎が、さっさと帰れ!」


 しかし男は、喉の奥から声を絞り出す。


「男は……男はデカさじゃない。男は強さだ!」


 そう言うなり、男はいきなり走ってきて、紺野の股間を蹴り上げた。紺野は股間を押さえ、歯を食いしばってうずくまる。


「ぐぁうううう……」


 だから言わんこっちゃない、と言ってやりたい鳥居。続いて血の気が多い板東が出てくる。


「やい、リベジンさぜでもだうど!」


 リベンジだよな。昨日は金属バットを受け止められた。また金属バットを持っている。無駄ではないかと鳥居は思うが、見るとボールも何個か抱えているようだ。


「バッドならうげどめられでも、ボールを連発でうぢこまれだらどうがな? 硬球だぞ。かだいんだぞワハハハハハ!」


 至近距離から連続ノックを浴びせる気だ。なるほど。鳥居はやや感心する。板東はボールを軽く投げてふわっと浮かせ、バットを思い切り振った。しかしボールには当たらず空振り。


「うむっ、おがしいな……」


 再度ボールを投げ上げバットを振る。また空振り。板東の顔が焦り始める。


「あ、あれ……おい……」


 何度やっても空振りだったが、七度目ぐらいにやっと当たった。しかし、かする程度で、ボールはゆるく転がって、男の足下へ。男は鼻で笑ってボールを拾う。


「ふん、こんなボール……どりゃあっ!」


 そう叫んで、思い切り板東めがけて投げつけた。板東は逃げようとしたが背中に当たる。


「いでーっ! いでででっ!」


 板東は痛がって転げ回った。まずい……空山は全員を見渡すが、あと戦えそうな部員はいない。鳥居と尾大はまともに野球ができるので、ケガでもされると困る。もちろん自分も戦いたくない。痛いのは嫌だ。

 男は部室の方に歩いていくが、そこにふらっと来て立ちふさがったのは林だった。


「おい林、お前にゃ無理だ」


 空山が言うが、聞いていない。男が立ち止まる。林は広げた扇子で顔を隠しつつ声をかけた。


「そこの男、このまま暴力の行使だけで目的を果たす気か?」


 男は顔をしかめた。


「いいじゃないかよ! ノートを取り返すのが俺の目的だ」


 林は小声で笑う。


「くくくくく……麗しの恵伝学園が、暴力のみで目的を果たす人間を派遣するとは。学園の名が泣くぞ。恵伝学園じゃなくて汚泥学園」

「じゃあ、どうしろってんだ」

「君がお題を出せ。俺が謎をかける。それが解けたら君の勝ち。君の知性に免じて、ここを素直に通してあげる」

「解けなかったら」

「帰りたまえ」

「嫌だね。力ずくでもノートを取り返す」

「轟々学園全学生に指さして頭の悪い野郎とバカにされたきゃどうぞ」


 男は歯ぎしりする。


「くそっ……何だお題って」

「思いついたものなら何でもいいよ」


 男は少し考えだ。


「……プリン」

「ほう……ではプリンとかけて、指切りげんまんと解く。その心は……当ててみろ」

「なにっ……」


 男は黙って考えている。


「ええと……プリンも、指切りも……柔らかくしてないと、角が立つとか……ええと……」


 男は額の汗を拭う。


「う、嘘ついたら、プリンに針千本つっこんで……」

「何を言っている。時間切れだ。指切りは指を絡める。絡めるのが決め手。プリンもカラメルソースが決め手。からめるが正解」


 そして林は扇子を畳み、棒状になったそれで男をまっすぐに指し、小馬鹿にしたように言った。


「このぶゎーか!」


 空山は林の意図が分かった。


「おい、みんなも言ってやれ。やーい、このばーか!」

「あったまわるーい!!」

「暴力しか能がなーい!」

「格好もみっともなーい!」

「モテなさそーう!」

「ヘンタイ暴力おとこー!」


 男の顔が見る見る赤くなっていく。本気で頭にきているらしい。


「う、う、うるせーっ! こうなったら秘技……」


 そこで空山が合図。


「やれっ!」

「猥褻物陳列!」


 同時に皆一斉に用意していた鏡を出し、男に向けた。自分達は男を見ないようにした。男の驚愕の声がする。


「う、うわっ、俺だ……俺は、俺は猥褻だ。ダメだ! やめろ! 助けてくれーっ!」


 悲鳴にも似た声になり、男は扉の向こうに逃げ込み、そのまま扉も姿を消した。空山が鏡の陰から顔を出す。


「よし、やったぞ!」


 しかし記憶はすぐに消えていく。


「やった……ええと……何をやったんだっけ……おい、なんでみんなもう鏡を出しているんだ? あいつが来てからじゃないか!」


 部員はお互い顔を見合わせる。確かに、なぜ自分達が今、鏡を出しているのか分からない。


「あーっ! また俺の動画が増えているっス!」


 尾大が叫んだ。


「なにっ、そうなると……もう来たのかもしれん。動画を見てみよう」


 動画を確認すると、確かに今、マッパマンを撃退した様子が撮られていた。空山はガッツポーズ。


「よし! これで当分ヤツは来ないぞ。今のうちにノートの解読だ!」


 全員が部室に戻った。空山は金庫からノートを出す。しかし表紙をめくるとマジックで目立つように大きな文字がある。


「ばーか!」


 あとは全部白紙だった。


「くっそー! すり替えられてた!」


 空山は頭にくる。どうりで同じ場所にあったわけだ。

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