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香織と「師匠」こと鰤谷の出会いは香織が今のアパートに越してきた一年の前期にさかのぼる。
東北地方北部の田舎町に住んでいた香織には、仙台の都市部の大学に通うためアパートを見つけて一人暮らしをすることになった。私学の学費は、奨学金と親からの仕送りの一部を充てるようにしているため、生活資金のほとんどは仕送りの残りとバイトで賄わなければならないという厳しい条件ではあったが、高校卒業後、早々に家を出ることができて香織の新生活は順風満帆に思えた。
県内で起こった地震の影響で、アパートが住める状態ではなくなった。
地震直後こそ香織は変わらずに生活をしていたが、たまに壁から妙な音がしていたので、落ち着いたところで管理会社に問い合わせると、一週間の間に家屋調査士が来て、各戸の判定をしてもらうとのことだった。
家に誰かが来ることを意識して、ふと部屋を見回すと、ほんの数カ月前までJKと呼ばれていたはずの自分の部屋にも生活感が出ていて、こだわったモノトーンの部屋の調和が崩されていることが分かった。もともと、さばさばした性格からか女性として意識されたことは少なかったため、当然のように育まなかった乙女心でもこの惨状には胸が痛んだ。どうやら、雀の涙ほどにそれはあったことに気がついた。
調査士が来る日は、散乱している服を整理し、クローゼットにしまった。さらに、たまっていたシャツ類や利便性を考えてカラーボックスの見える位置にあった下着類を見えない場所に入れ替えた。なんとなく、きちんと収納していなかったものについては、気になってもう一度洗濯した。ベランダに洗濯物を干している最中、下着泥棒もこれだけ干せば盗る気が起きないだろうと思った。アパートは一階でせまい路地に面していたので、近所で下着泥棒が一シーズンに一回は出るらしいという噂を密かに気にしていたからだ。ただ、面倒くさくなったのか開き直ったのかは覚えていないが、三ヶ月もすると気にせず下着数点だけを干す日もあった。
ただ、せっかく気になったのだからというついでの気持ちと、防犯的にもプライド的にも女性の一人暮らしとは思われたくなくて、ホームセンターで買った男性物のトランクスやボクサーパンツを数枚一緒に干すようにしていた。一度も下着を盗られたことはなかった。
香織の部屋に来たのは作業着を着た小柄な中年と細身な若者の二人組だった。
彼らはあらかじめ香織が確認しておいた柱のヒビやドアの建て付けなどを指示されて、検査しながらシートに書き込みをしていた。とても退屈な時間だった。受け答えをしながら彼らの書類がどんどん増えていく。彼らの息はぴったりで、そのつつがなさに、もはや流れ作業にしか感じなくなっていた。
小柄な中年が「こりゃだめだ」と言って、調査を終わらせた。まだ、香織が見てほしいと思っていたところの半分程度だったが、結論が出てしまったのだから仕方なかった。
その後、作業着を着た二人は半壊という張り紙を張って去って行った。
鰤谷に出会ったのは母親と散々空き物件を探しまわり、ようやく見つけた二階角部屋に引っ越した当日だった。
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