星が降る夜 Stars in the rain

杜崎 結

1

 窓を開けると、秋風が部屋の中へ吹いてきた。空は高くて、すがすがしいほどの青色だった。

 香織は大学をさぼった。今日は、読みかけの児童文学を読破しなければならないという理由があった。普段は理由なんてない。

 読んでいた小説は、少年が転校生の気を引こうと一生懸命になるが、彼女には余命が迫っていたというありがちな話だった。それなのに、なぜだか涙が止まらなかった。彼らよりもっと大人のはずの自分は、ただバイトに行って、たまに講義に出るだけだ。


「今日は飲むぞ」気がつくと佐久間に電話をかけていた。


「おう」まだ眠そうな佐久間の声を聞いて香織は心底安心した。まだ午後になりたてのこの時間に、彼がはつらつとした声で電話に出たら、「大学生って暇だよね」と言いながら本当に暇なのは実は世界中探しても自分だけではないかという強迫観念に駆られてしまいそうだからである。

 

 彼は地元で一番偏差値の高い国立大学に進学していた。ところが、一年の夏休み以降ほとんど大学へ行かなくなった。単位が足りていないらしく、留年が決まりそうだという。香織は佐久間とは高校時代にそれほど深い仲ではなかった上に、本人に特別変わった様子が見られないのでその理由は聞かないことにした。深い仲になろうとして失敗したとも言える。


 香織も佐久間ほどではないが、普段から大学をさぼっている。一年後期から夏休み最後の講義となる今日までの一年間、テストがある日以外は顔を出していないことが多い。ほとんどの単位を友情の二文字の力によって取得出来てしまったからである。


 そのためのコツは、自分はあなたより劣っていますよという印象をいかに相手に植え付けて気持ち良くさせることであると香織は考えていた。


 その期待を裏切ってはいけない。どんなに頑張っても結局あなたを頼っていますという姿勢を保つ必要がある。ちょうどヒーローがどんなに苦境であってもラスト3分には逆転して悪を懲らしめるみたいな安心感だ。どんなことがあっても彼・彼女らの正義や友情を踏みにじってはいけない。正義と友情は私を救ってくれるのだ。


「大丈夫、賢治も呼ぶから」佐久間はたった今から寝起きドッキリを仕掛けるような小声で言った。


「しょうがない。こっちも美沙、誘ってみるね」


「頼んだぞ。そうだ、師匠も呼んでよ!」佐久間の声のボリュームが一気に上がった。

「師匠は気まぐれなお方であるから、確約は出来ないが善処しようぞ」

「おい、いい加減会わせてくれよ。最近、お前の話のほとんどが師匠の武勇伝じゃないか。まあ、飲み物は適当に買ってきてくれ。料理は俺が作る」

「あんたは将来いいお嫁さんになれるよ」

「おう。頑張って素敵な人を見つけてひもになる」

「高学歴青年なのだから俺が稼いでやるって気概を見せないでどうするの?」

「性差別だよ、それ。まあ、高学歴な賢い生き方というのは仕事をしないことではないか?では、後ほど」


 香織は少し不機嫌になった。佐久間は電話やメールの切り方がいつも唐突だ。どこかで飲む計画をしている時も、明け方までだらだらとメールが続いた時も突然切れる。きっと面倒臭くなるか眠ってしまっているのだろうと香織は考えているが、その転換の早さがやる気のない佐久間でも国立大学に進学できた勝因ではないかと香織は常日頃思っている。


 ただ、美沙を呼ぶと伝えた瞬間から明るくなった佐久間の態度の方に不機嫌になっている自分に気づき、香織はますます不機嫌になった。


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