第2話

 ▲■▲


 時は少し遡る。


「やっほー。元気してる?えっと、五つ目だから、『クィーンクゥェ』の皆」

 少女は突然そこに現れた。まるで初めからそこにいたかのように、あまりにも自然に。

 だが無論そんなことはない。あればこのような台詞を底抜けに明るく言ったりはしない。

「貴様!どうやってここに!?」

 まだ成人では無かろうという青年が叫んだ。この廃屋は彼らの拠点だった。

 青年達と少女の間には面識がある様で、青年らがあらん限りの憎悪を向けているのに対し、少女はむしろ懐かしむ様に彼らを見回した。

「私がどこにいたって、君達には関係ないことだよ。何しろ私は君達と違って、は付いてないんだからね」

 そう言いながら、少女は黒い上着の左袖を捲る。しかしその手首には、本来彼女が着用していなければならないはずの、手錠にも似た腕時計型端末装置デバイスはなく、少女本来の細く白い柔肌が露わになっていた。

 少女は笑う。それが当然であるかのように、或いはその腕を見て驚愕する青年達を嘲るように、妖しく微笑む。

規律ルールに縛られない私がここに来たとしても、それが必ずしも対立しに来たとは限らないって事だよ」

「では何をしに来た。一番目を裏切り、七番目なぞに移ったようなお前が、何故五番目ここへ?」

 少女はますます笑みを深めた。青年らとのやり取りが、彼女には面白くて仕方がない。

「教えてあげてもいいんだけどさ。その前にちょっとは考えなよ。嗚呼、考えた結果が『対立』なのか。馬鹿だなぁ」

 散々な物言いだが、青年達は眉一つ動かさない。何の反応も示さない彼らの一体どこに面白さを見出したのか、少女の笑顔は絶えない。

「君達、街で子供を攫って、怖がらせて殺して遊んでるらしいね。敢えて情報を集めていた、って訳でもないのに私の耳に入るんだから、相当な人数バラしたでしょ?」

 あくまでも愉快そうに、物騒なことを口にする。

「ダメだよ、そんなことしたら。いくら何をしてもいい実験だからって、未来ある子供達をそんなに殺したりしたら」

 少女は軽やかに言う。だが、青年達には、数学教師に「1+1=3」と言われているのと同じくらい、意味がわからなかった。

 彼らにとって人命とは尊いものではなかったし、恐怖や絶望に晒されてこそ役立つものだと考えて疑わなかった。そして目の前の彼女もまたそうであると思っている、と知っていた。

「こんな可愛らしい子を誘拐して…。人的資源だって有限なんだよ?」

 青年らの困惑に気が付かないかのように、少女は部屋の隅に置かれた小さな檻の前で屈んだ。

 格子に囲まれた狭苦しい空間にいるのは、年端もいかぬ幼女だった。その顔は極度の疲労と長時間にわたる恐怖心によって翳り、その目に光は灯っていない。本来であれば少女の言うように『可愛らし』かったのだろうが、今の幼女にその面影はなかった。

 少女は徐ろに空中から大鎌を取り出した。この場に現れた時のように、初めからそこにあった物を掴むかのように手に持っていた。

 死神を連想させるそれは、少女のか細い腕で扱うにはあまりにも大きく重いはずだったが、当の少女はそれを軽々と持ち上げた。少女の黒手袋に覆われた左手に掴まれる為だけに存在するかのように、手足の延長のように使いこなせている。そして少女は、あろう事か幼女を閉じ込めている鉄格子を切りつける。

 本来切れるはずもない格子が、まるでバターのように滑らかに切り倒された。けたたましい金属音が響く。

「驚かせてごめんね。でも、もう大丈夫だよ。私がここから連れ出してあげるからね」

「おねえちゃん、誰?」

 恐る恐る口を開く幼女に、少女は優しく微笑みかける。

「私は……そうだね、君をここに連れてきた奴らの敵さ。私が彼らを引き付けるから、その間に逃げるんだ。出口は分かるね?」

 少々、否かなり胡散臭い名乗りではあるが、ずっと閉じ込められていた幼女にしてみれば目の前の少女は天からの助けも同然だった。幼女は頷き、少女の手を借りて立ち上がった。

 一方、青年達は、全く予想だにしない出来事が続いたために、半ば放心状態だったが、この時になってようやく正気に戻った。一般人にしてみれば、それは狂気でしかなかったが。

「貴様、勝手な事が許されると思うなよ」

「走って逃げろ!今すぐに!」

 青年らの殺気に敏感に反応し、少女は幼女を庇うようにして武器を構える。

 こんなことになるとは思っていなかった青年達は、偶然ではあるが幼女と出入口の間におらず、青年らが幼女を逃がさない為には幼女よりも早く入口に着き、道を塞ぐしかなかった。

 大振りに鎌を振るい、青年達を近付かせない少女。幼女はその姿に心配するような一瞥をくべた後、出口に向かって一心に駆け出した。少女のおかげで阻む者がいない為、簡単に出口まで辿り着く。

「おねえちゃん!ありがとう!!」

 ドアを開ける直前、喜びに溢れた声で叫んだ。


 だが、そもそもいきなりヒーローが現れて助けてくれるなんて、そんな都合のいいことが起こるはずはない。


「…お礼を言うのはまだ早いよ。君はまだ逃げ切った訳じゃないんだから」

 少女は笑った。これ以上なく邪悪に笑った。笑いながらパッと鎌を手放す。鎌はまるで幻覚のように霧散した。

「?」

 青年達はその行動に首を傾げ、幼女は少女の言葉に首を傾げた。

「今の時間に逃げなかった、君の負けだ」

 少女が右腕を薙ぎ払うように振る。

「え?」

 少女の腕が止まった瞬間、幼女の足元の地面がなくなった。ぱっくりと口を開いた大地は、その上に立っていたはずの幼女を容赦なく飲み込んだ。

「きゃああああああああああああああああああ!!」

 離れたところで見ていた青年らには見えなかったが、仕掛けられた本人たる幼女には分かっているだろう。自分はただ穴に落ちたのではない、と。哀れな彼女は、巨大な触手のような異形の物体によってのだ。

「いや、いやぁああ!離して!離して!!痛い、痛いよぉ!助けて、おねえちゃん!助けて!」

 地の底から響く悲鳴。助けを求めるその声を聴いた少女はしかし、恍惚そうな表情を浮かべるのみで、助ける素振りは欠片も見せなかった。

 少女はやはり初めから持っていたかのように、長さ三十センチメートルはあろうかという長い金属針を七本、指の間に挟むようにしていた。

 唐突に俯いたその顔は、長い前髪で隠れて見えない。邪悪に歪んだ口元が、辛うじて見て取れるのみである。

 突如、青年達が呻き声一つ上げずに倒れた。少女の手元から針が消え、青年らの喉に深く突き刺さっている。目にも留まらぬ速さで、投擲したのだ。少女にとって、それは半ば以上無意識の行動だった。

 悲鳴は続いている。もはや言葉にもならない声でしかなかったが。

 少女は再び鎌を掴み、巨大な刃の付いていない側面で地面を強く叩いた。

 ガァン、とけたたましい音が響き、やがて全ての音が止む。反響音も、悲鳴も聞こえない。

「あーあ、うっかり殺しちゃった。まあいいか、どうせ敵だもん」

 道を歩いていたら蟻を踏み潰してしまった、くらいの軽さで少女は呟いた。

「ふふふ、あの子の悲鳴は極上だったなぁ。こんなに濡れたのはいつ以来かな。何度聴いても飽きないだろうなぁ。もう死んじゃったから無理だけど」

 入口に背を向け、青年らの骸に向かって語りかけるような調子で一人語る。

「そしてコイツらは本当に馬鹿だなぁ。左腕に着けてなければならない、なんてルールはなかったのに、左腕だけ見て安心してるんだから」

 右の袖を捲る。そこには、青年らの左手首に着けられているのと同じ腕時計型端末装置が装着されていた。

 何のことは無い、彼女は右手首に着けていただけなのだ。着けていないかのように思わせぶりな事を言いながら左袖を捲って見せたことによって、青年達が勝手に勘違いしただけである。

「それにしても、嗚呼、心から上げる悲鳴のなんと美味なことか。今回のこれさえあれば何百年と生きられそうだ。やっぱり心は常に動かさないと──」

「相変わらずの邪神ぶりだな、ニャルラトホテプ」

 入口の方から声がした。

 少女はその声に覚えがある。出来れば『実験』が終わるまでは聞きたくない声だった。

 躊躇い無く端末装置のボタンを押す。竜頭に相当する位置にあるそのボタンは、緊急時に同じグループの仲間に助けを求める為のものだ。そのボタンを押すことで、仲間達の端末に、位置情報を送信し、助けに来てもらおうという機能だった。

Nyarlathotepニャルラトホテプねぇ……。私は奈以亜瑠羅であって、ニャルラトホテプではないんだけどな」

「では言い換えようか。

「……」

 瑠羅はようやく振り返った。その目に、誰の目にも明らかな敵意を湛えて。

 対峙するのは、狐面を被った和装の何者かだった。

「そういう意味じゃないよ。私はあくまでも奈以亜瑠羅と言う名前を持ったナイアルラトホテップの化身アバターであって、それそのものじゃないって意味だ」

「その割には、貴様から溢れる禍々しい神性は、貴様が神そのものであることを示しているがな」

 瑠羅は舌打ちした。彼女の言う通りなのを認めざるを得ないからだ。

 実際のところ彼女は、ナイアルラトホテップの化身でしかない。本体はこの世界に干渉出来ないからだ。だが、彼女の力はもう本体と言っていいほど強力であることに変わりはない。故に瑠羅は自身のことを『最も本体に近い化身』と認識していた。

「……私達わたしが殆ど本体だと分かってるなら、何故むざむざと私達わたしの前に出て来た?」

「貴様に問い質さねばならん事が数多あるのでな」

 和装の女は仮面の奥で笑った。確かに笑い声はしたが、それでも彼女らの間に横たわる重厚な空気に何ら変化はなかった。

「……質問を聞こうか」

「では遠慮なく。貴様、で何をするつもりだ?」

私達わたし自身は何も」

 敵意の篭った質問に、飄々と瑠羅は答えた。

私達わたしが何もしなくたって、私達わたしの目的は達成出来るからね」

「では貴様の目的とやらは何だ」

 一瞬の間すら開けることなく、次の質問が飛ぶ。しかし、瑠羅はやはり飄々とした態度を崩すことはなかった。

「決まってるじゃないか。神を使ってこの世を変革させる。連中はそのための駒さ」

「はっ、貴様も神だろうに」

「まあ私達わたしは邪神ですからぁ?」

 真っ当な人なら正視出来ないほど邪なオーラを纏い、限りなく邪悪に微笑む。

 だが嘘はついていない。現状では世界に干渉出来ない邪神がこの世に顕現出来るように変革させる。それが瑠羅の、そしてナイアルラトホテップの目的だった。

「ふん、では次の質問といこう。貴様、『心は常に動かさないと』と言ったな。さて、貴様如き害獣に、人の心の何が分かる?」

「さてねぇ。少なくとも、より良い楽しみ方は分かるさ。心ってのはねぇ、水と同じなんだよ」

「水?」

 仮面の女は首を傾げた。

「そう、水。水は流れていないとすぐ腐るでしょ?それと同じ。心、感情っていうのは一所に長時間置いておくと、そのうち感覚が麻痺して何も感じなくなる。だから、新鮮な恐怖や悲鳴を楽しもうと思ったら常に希望高い所から絶望低い所へ落としてあげないといけない。そしてその流れは、急な方が美味しいね、経験上」

「は、邪神と呼ぶのもおぞましいな、貴様は。悪の塊、悪の化身。何と呼んでも貴様には足りん」

 和装仮面はやはり笑った。もっともそれは、決して愉快故でも何でもなく、むしろ嘲笑するかのようだった。

「ではそれはそれとして、貴様のその身体、一体何の冗談だ? 人の狂気を食い過ぎて、己の正気まで失ったか?」

 少々馬鹿にしたような物言いに、瑠羅は少し気を悪くしたようだった。

私達わたしはいつだって正気だよ。神を作るのも、この身体も。君こそ何の冗談だ? 目的もなく人間なんかと一緒に過ごそうとするなんて。昔より神性下がったんじゃないの、宇迦之御魂ウカノミタマ?」

「……貴様が奈以亜瑠羅であるように、我はあくまでも玉鬘たまかずら綾女あやめなのだがな。……で、我の神性がどうしたと? 何なら試してみるか?」

 余人には理解出来ないような会話が続く。殺気を廃屋内に充満させながら。

「訊くまでもなく、る気満々じゃないか」

 今や綾女の両手は人と狐の間のような、異形のものに変化していた。概ね人の形を持っていながら、狐のような毛に覆われ、長い爪が隠されもせずに晒されていた。

 他方、瑠羅の左手も、悪魔のようなそれに変貌していた。爪も含めて綾女のそれと同じ形状でありながら、こちらは真黒な影に覆われているかのようだった。光は一切反射されず、あらゆるものを飲み込むというブラックホールを連想させる。

 その眼も不気味に赤く輝く。まるで燃え上がる炎のように。

「貴様はここで死ぬが良い。我が引導を渡してやる」

「引導って仏教用語じゃない?」

 瑠羅の台詞は少々締まらないが、恐らくはそれが契機だった。双方が無言のうちに魔術を行使する。

 否、厳密には魔術ではない。神本来の力を発揮したまでのことだ。

 それは太古に失われた秘術。神々が歴とした肉体を持ち、時に人と関わってきた神代の名残り。今では神は一つの『概念』と化しているために、誰も使うことは出来ないと考えられて来た秘技を、彼女達は惜しげも無く使い続けた。

 瞬く間に廃屋は業火に包まれる。

「……私達わたしの弱点を理解した上で来たのは分かるけど、それにしても魔術無しで炎を扱えるのか」

 ナイアルラトホテップとは、クトゥルフ神話に登場する架空の神性である。ここで特筆すべきことは一つ。ナイアルラトホテップの天敵は火の神クトゥグアである、という事だ。

 かつて地球上での拠点であったン・ガイの森を、召喚されたクトゥグアによって焼き払われたという過去がある為、火の神クトゥグアを恐れているとされる。

 綾女はそれを利用した。瑠羅の周囲を炎で囲ったのである。

 他方、宇迦之御魂とは『記紀』に登場する豊穣の神である。が、玉鬘綾女はそもそも本来神ではなかった。彼女の正体は化け狐である。それが紆余曲折を経て宇迦之御魂神その他と同化した姿、それこそが現在の玉鬘綾女だった。

 当然狐である以上は、火は苦手である。加えて彼女が豊穣の神であることから、作物を焼く炎は苦手である。彼女にとって火炎とは、二重の理由から苦手なものだった。

 そしてそれを利用しない瑠羅では無い。無論のこと彼女も相手を炎で囲い込んだ。

 廃屋が轟々と音を立てながら燃えていく。それでも、崩壊までには猶予があった。

「貴様と同じだ、奈以亜瑠羅。これは今まで誰にも話したことがなかったがな。我もまた、偽りの神であり、本邦における主立った神性の集合体だ。そうせねば、我は神として非力過ぎたのでな。故に今の我は火の神でもある。クトゥグアとやらには及ばんにせよ、貴様を灼き尽くすには十分だろうよ」

 瑠羅は口をへの字に曲げた。

「なら私達わたしについては説明しなくてもいいかな?」

「勝手にせよ。しかし、貴様までも火を使うとは思わなんだ。故に少々力を込め過ぎた。ここもそう長くはもつまいよ。炎の下敷きになるより前に、身を隠すのが吉だな。我はここで──」

「逃がさない」

 瑠羅が言葉を遮る。と、同時に、死んだはずの『クィーンクゥェ』のメンバー達が綾女に飛びかかった。

「何!?」

 青年らの死体は綾女の着物の裾や、長い髪を掴んで離さない。

「えぇい、グラーキの屍生人ゾンビというやつか!」

 綾女は腕を振り、死体に火をつける。この時彼女はゾンビのことしか意識していなかった。即ち、瑠羅が意識の外にいた。

 ハッと気が付いた時、瑠羅は既に目の前にいた。その手に大鎌を携えて。

「しまっ──」

 慌てて転移しようとするが、瑠羅の方が速い。生命を刈り取る死神の如く、深紅の鎌が振るわれた。

 すんでのところで身を躱し、後方へ大きく距離をとった。否、躱しきれなかった。その顔を覆う白狐面に大きく亀裂が入り、やがて真っ二つに割れて地に落ちた。

「……思えば、貴様を探し続けてもう四年になる」

 静かな声で、綾女は言った。

「四年かけてようやく見つけたのだ。やはりここで仕留めておく他あるまいな」

 声が怒気を帯びる。だが怒りを向けられた瑠羅は一向に意に介さず、相も変わらず人を食ったような笑みを絶やさなかった。

 それどころか、

「その四年の間に新しい人間関係をつくれたんだから、却って良かったんじゃない?」

 と、より挑発するようなことを言う。悪い癖だ。自覚はある。

「戯け。そのおかげでついさっき死線を彷徨ったわ」

 気が付けば、綾女の手には一振りの日本刀が握られている。恐らく何か呪的な施しをした武具なのだろう、と瑠羅は推測した。

「へぇ? 遠くから神術を撃つだけしか出来ないかと思ってたけど、そうでもないみたいだね」

 対抗するように、大鎌を掴む。やはり直前まで何もなかったはずの空間から、瑠羅の握る動作に合わせて鎌が現れるのである。

 二神は同時に地を蹴った。

 綾女は此処で瑠羅を確実に殺す為に。

 瑠羅は救援が来るまで綾女で遊ぶ為に。

 勿論、この時『セプテム』のメンバー達が自分を救出するか否か、という根本的な議論をしているとは露も知らない。その点、瑠羅は万能であっても、全能ではなかった。


 ◆◇◆


「行くべきだろう、ここは」

 聖司が言った。

 直哉が片眉を上げた。不服な時に彼はよくこの仕草をする。

「その心は?」

 直哉が口を開く前に、裕翔が尋ねた。このタイミングで直哉に声を上げさせると、碌な事にならないと考えたのである。

 まあ、実際碌な事にならないのだが。何しろ彼は常に他人を顧みない発言をするのだ。

「あの瑠羅が俺達に助けを求めるなんて普通じゃない。普通じゃないが、俺達が助けに行けば助かるのは間違いない。アイツはそういう時にしか俺達に助けなんか求めないだろうさ。俺達をどう使えば効果的か、アイツが一番分かってるからな」

 聖司が理由を説明しても、直哉の片眉は上がったままだった。裕翔にしても、瑠羅を助けに行くことのデメリットに気付かない訳ではなかったが、聖司が行くというのなら行くつもりだった。

「直哉、てめぇはどうすんだ?」

 敦が爆弾を投げた。少なくとも、裕翔と玲はそう思った。

「行くさ。聖司がそのつもりなら、僕が行かない理由はない」

 意外な返答だった。行かないと言われても驚かないつもりでいた者が殆どだったからだ。

「僕らは聖司と共にこの実験を切り抜けると決めた仲間だろう。聖司の決定には従うさ。それがあの瑠羅の救出なんて無茶な指示だとしてもね」

「やっぱり無茶だと思う?」

 玲が問うた。

 やっぱり、ということは玲もそう思っているのだろう。正直なところ、裕翔も同意見だった。

「当然。『あの瑠羅が窮地』でなおかつ『僕らなら助けられる』という状況が思い浮かばない。でも、そんなことを言ったらこの実験自体がそうだ。いつだって無茶してるようなものだよ、僕らは」

 直哉は曖昧に笑った。本人は否定するだろうが、少なくとも裕翔はそう思った。

「そうと決まればさっさと行くぞ。だいぶ時間食っちまった」

 聖司の言う通り、瑠羅からの救援信号を受信してから既に三十分が経とうとしていた。とはいえ支度に時間はかからない。もとよりここは不法侵入紛いのアジトである。大した荷物などないし、任務は大抵自分の身一つでどうにかなる。

 そうして、遅まきながら『セプテム』の面々は、信用ならない仲間の救出に向った。

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