3#風船ブタ

 ぶーぶーぶーぶー。


 「どーせ、おいらは豚肉になるんでしょ?

 やだな・・・あんまりだよな・・・産まれた時は、「可愛い可愛い」ってリスペクトされてたのに・・・」


 ブタのボンレスは、その巨体を蹄で掻きながらふてぶてしく寝返っていた。


 「んな訳ねーじゃん、ブタ。

 ここじゃ、君を豚肉になんかしないよ?だって、君はアイドルの太膨ブタじゃん?

 ほらほらん?君の隣には、君みたいに転がる位にパンパンでおっきぃ風船が横たわっているじゃんか。」


 格子越しから、ニワトリのココが話しかけてきた。


 「しっかし、今さっき風船が歯に挟まって大騒ぎしたヒツジ。

 もし、君がポーク肉にされるならあいつはとっくにラム肉になってたよ。

 もっぱら、あのヒツジは羊毛刈り取りショーで取れた自らの羊毛から、グッズとして売られる『生産者』の身だし。」


 ブタのボンレスは、ブーブーと文句を垂れながら狭い豚舎の中をトコトコと移動した。



 「?」


 

 ボンレスは豚舎の片隅に、誰かが寝っ転がっているのを見つけた。


 「おい、君はだあれだ?」


 ボンレスは、その薄汚れた肌色の豊満な『誰か』を大きな鼻でフガフガとまさぐった。



 すりすりすりすり。


 ぷにっ。ぷにっ。ぷにっ。



 「君の体、すべすべしてて柔らかいねえ。」



 ぽーん。



 「あれ?今度は緑の体の・・・。」


 ブタのボンレスは、全身緑色の『誰か』に鼻を近付けて匂いを嗅いでみた。


 「あんまり、鼻でグイグイと押し付けると、床のザラザラで風船はパンクしちゃうよー。」


 ・・・何処かで、何者かが話しかけている・・・!?


 ブタのボンレスは気配に警戒して辺りを見渡すと、コロコロと転がっていくカラフルな『誰か』に混じって他の『誰か』達よりひともわりもふたまわりも図体が大きく、モゾモゾと蠢いている黒い『誰か』がこっちを見詰めていたのを見付けてゾッとした。


 「ちょっと失礼しま~す」


 ボンレスは、周りのカラフルな『誰か』を掻き分けてその大きな黒い『誰か』に向かって進んだ。



 ぽーん、ぽーん。



 ボンレスが掻き分けた『誰か』は、軽く弾んでボンレスにも跳ね返ってきた。


 「うわっ!こいつ。」



 ぱんっ!!



 「ひゃっ!!いきなりはぜた!!」



 「おい・・・うっせーぞ。」


 「あ・・・」


 大きな鼻の頭に踏みつけ割れた『誰か』の欠片を付けたブタのボンレスは、そこに見知らぬ黒いブタが居た事に気付きギクッとした。


 「あ・・・あんたは・・・だあれ?!」


 「いつもここの豚舎に要るのに気づかないんか?鈍感だなおめえは。」


 厳つい顔の黒ブタは、図体の逞しい身体をうねらせてギロリと焦るブタのボンレスを睨んだ。


 「おい、おめえ。俺が一生懸命孕ませた風船をよくも割ったな?!」


 その黒ブタは、口に何か咥えているのを見てボンレスは聞いた。


 「俺、訳が解らないよ。君の口くわえてるのはなあに?」


 「教えねぇ。」


 「だから、なあに?それ。」


 「教えねぇっつーんだろ!!」


 「まあまあ、そんな事言わないで・・・あれ?こんなとこに。」


 ボンレスは、脚元の蹄に黒いブタと同じようなものが落ちているのに気付き、ボンレスも口にくわえてみた。


 「・・・・・・」


 ・・・なにこの感触・・・



 ぷぅ~~~~~~~~~~~!!



 ・・・なあに・・・?!


 ・・・あの黒いブタさん、頬っぺたが膨らんだとたんに咥えてたやつが膨張したぞ・・・?!


 ・・・よし、俺も・・・


 ブタのボンレスは、大きな鼻の孔から息を吸い込むと頬っぺたを膨らませてみた。




 ぷくぅ~~~・・・




 「ん!?」


 ボンレスは、息を吹くとたんに口にくわえていたやつが膨張したのにはビックリした。


 ・・・そっか・・・解ったぞ・・・!!


 ブタのボンレスは大きな鼻の孔から息を深く吸い込むと、




 ぷぅ~~~~~~~~~~!!



 

 「うわーーーーー!!すげーーー」


 黒いブタは、ボンレスがひと吹きで大きく膨らんだのを見て感嘆した。


 「これね、『風船』っていうんだよ。」


 「『ふうせん』?」


 

 ぷしゅ~~~~~~。



 「君!君!膨らませた風船、空気が抜けてるよ!!」


 「あっ!!」


 ブタのボンレスは、慌てて空気が抜けて萎んだ風船に息を吹き込んだ。


 「おっ!今さっきより大きく膨らんだね。吹き口縛って。」


 「うん。」


 ブタのボンレスは膨らませた風船の吹き口を蹄で縛ると、ぽーんぽーんと突いた。


 「この中に僕の息が入ってるんだね。」


 「そして、この風船は俺の息で膨らませたんだ。」


 黒いブタは、ネックの部分まで膨らんで洋梨のようになった風船を見せてどや顔をした。


 「あ、いい忘れた。俺はバークシャー種黒豚の『ステーキ』だ。君は?」


 「僕は・・・ランドレース種豚の『ボンレス』です。」


 「『ボンレス』か。いい名前だなあ。本当に丸々太ってて、まるでパンパンに膨らんだ風船みたいだね。」


 「君も、黒光りする風船だね。」


 「ぷーーーーっ!!」


 「ぷふふふふふふ!!」


 「ぶははははは!!」「がはははははは!!」


 2匹の丸々太った風船豚は、お互いの大きな鼻と鼻の孔を付けて大笑いした。


 「あーーーーーーーーーっ!!」


 「ぶひっ!!」「いぬ!?」


 2匹のブタが振り向くと、豚舎の外で今にも泣きそうな顔の牧羊犬がこっちを見ていた。


 「豚さん達、客にあげる風船を勝手に遊ばないでよーーー!!」


 「ごめん・・・!!でも、この風船達が無いと、俺寂しいの・・・」


 黒豚のステーキは、半べその牧羊犬に言い聞かせた。


 「そっか・・・君は元豚肉養豚場出身だからね・・・そしてその君もね。

 でもダイジョーブ!!君達は誰にも食べられないから!

 だって、ここは『観光牧場』だよ。

 僕達はアイドルなんだから!!ほうら、外見てよ。」


 「ぶひっ?!」「ぶひーっ?!」


 豚のボンレスとステーキは豚舎の外を見て、仰天した。




 「ブタさんが風船で遊んでるー!!」


 「ブタさん可愛い!!」



 豚舎の廻りには、風船と戯れる豚達を見に客の人だかりが出来ており、その仕草に歓声をあげたりデジカメやスマホで写真を撮ったりしていたのだ。



 「ほうら、『結果オーライ』でしょ?!」


 「?」「??」

 

 「いや何でもない。」


 ・・・実は、この豚舎に散らばった風船は僕が・・・


 「僕達ね、元養豚場出身じゃん。

 で、突然ひとりぼっち・・・」


 「ふたりでしょ!」


 「ごめん!!ステーキさん。ふたりぼっちだったし・・・こうやって豚舎の中に風船がいっぱいあると、仲間がいっぱい居るようで嬉しくなっちゃってるの。」


 牧羊犬のルーキーと豚のボンレスの会話に、後ろで大きな鼻で風船をぽーんぽーん突いている黒豚のステーキが、ニヤニヤして「うんうん」と頷いた。


 ・・・困った・・・


 ・・・これで、この豚舎の風船を回収も出来んぞ・・・?!


 ・・・牧場の人達に怒られちゃうよ・・・


 ・・・ええいーっ・・・!!


 ・・・僕も混ぜて貰おう・・・!!


 「?!」「ぶひーっ?!」


 

 ぷぅーーーーーっ!!



 牧羊犬のルーキーは、足元に落ちていた少ししか空気の入ってない風船の吹き口を脚の爪でほどいて渾身の力を込めて息を吹き込んで膨らませた。


 「うわー!!パンパン!!」「わんこの息の風船だ。」


 「どうだ!!僕だって、風船くらい膨らませる事出来るぞ!!」


 牧羊犬のルーキーは、鼻たかだかに鼻の孔をパンパンにして羨望の目で見詰めるブタ達に自ら膨らませた風船の吹き口をくわえて見せびらかすと、突然豚舎に向けて口から風船を離した。



 ぷしゅーーーーーーー!!ぶおおおおおおおおおーーーー!!しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる!!


 牧羊犬のルーキーの離した風船は、豚舎の中を右往左往に吹っ飛び、ブタ達の遇蹄の下へ萎んで落ちた。


 「うわー!!すごい!!」「風船ってこんな遊びも出来るの?!」


 ブタのボンレスとステーキは、すっかり萎んだ風船を遇蹄で突っついて拾って確かめた。


 「僕も遊びたい!!」「これ膨らませていい?!」


 「いいよ。一緒に遊ぼう!!僕も豚舎に入れて!!さあ、君達風船ブタを自慢の肺活量で大きな鼻から息入れてでっかく膨らませるぞ!!豚舎がはち切れる位に!!」


 「ぶひ?」「ぶひっ?」


 「・・・冗談だよ。」


 それから、ブタのボンレスとステーキ、そして牧羊犬のルーキーは豚舎の中で沢山の風船を膨らませて、飛ばして、突いて、割って?!一緒に遊んだ。


 その光景を見ている客達は、爆笑しながらやんややんやと歓声をあげて盛り上がっていた。


 ・・・あれ・・・?


 ・・・僕、何しに豚舎に来たんだっけ・・・?


 ・・・あっ!しまった!調子に乗りすぎた・・・!!


 ・・・まいいか・・・


 「うわー!!黒豚のやつ!目の前でこんなに大きく風船膨らませて・・・」



 ばぁーーーーーん!!



 「きゃいん!!」




 



 

 


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