第5話 ……今、何でもって言いましたね?

 目の前に美少女がいた。

 長い黒髪は目を一瞬で奪われ、切れ長の目は今はメモに向いているが、こちらに向かれた瞬間に心臓をつかまれるようなときめきを、男子だったら抱くだろう。

 細身なのに出るところは出ていて、女性としても羨ましい限りだ。

 そんなまるで二次元から飛び出したかのような目の前の美少女が誰か、私は知っていた。


「……先輩」


 先輩。

 一学年上の、人生の先輩。

 先輩と私は部活動が同じ――などということはなかったが、ひょんなことで本を読むのが好きな同士、同志となったのだ。

 図書館は良い出会いの場所だ。

 学校で一目置かれ、その美貌さで近寄りがたい印象すら受けている彼女のことを、気さくに先輩と呼べるのだから。

 そんなの物語の中でしかありえないと思っていたのに。


「ああ、後輩。これは失礼。勝手に紙を取ってしまって。しかしながら暗号の類の匂いがしてね。つい見たくなったのだよ」

「暗号、ですか?」


 先輩はミステリー小説が好きで、謎解き要素があるのは目を輝かせるほどに大好物だ。

 それゆえに探偵の真似事をしたいと常日頃から思っているそうだが、残念ながらこの学校は凄惨な事件も何も起こっていないので、その欲を満たせたことはないそうだ。


「……ていうか先輩、どこから私の独り言を聞いていたのですか?」

「ん? えっと……コホン。『――PC室に行って調べろよ!って何もないじゃないバカーッ!』ってあたりからだが」

「ほぼ最初じゃないですか! っていうか真似しないでください! しかも私より可愛く言うのが更に腹立ちます!」


 色々な感情が入交りながら顔を真っ赤にさせて先輩をポカポカ叩いていると、

 先輩は手に持った紙を私に返しながら、クールな美少女の顔とは似合う「あははっ!」という爽やかな笑顔を見せてきた。


「ごめんごめん。で、話を聞いていると誰かからこの紙のみを渡されたそうだね? 合っている?」

「はい。あ、先輩、聞いてくれます?」

「うんうん。先程からかってしまったお詫びもあるから、何でも聞くよ?」

「……今、何でもって言いましたね?」

「何でも聞くとは言ったけど、何でも言うことを聞く、とは言っていないよ?」

「じゃあ愚痴気味になってしまいますが、今回の話を聞いてくれますか?」

「ああ、それなら大歓迎さ!」

「では遠慮なく言わせてもらいます。私が教室で本を読んでいた時なんですけど……」


 私は感情がかなり入った形で事の顛末を話した。

 それこそ、傍から見たらただの愚痴だっただろう。

 しかしながら先輩は嫌な顔一つせず「うんうん」「それで?」「ああ、そうかもね」と相槌を打ちながら聞いてくれた。

 だからだろう。

 私の言葉もヒートアップしてついつい色々と喋ってしまっていた。


「……で、こんな紙切れでここまで来たんですが、もう訳が分からなくてですね!

 せっかく告白でもされるかと思って高鳴った心臓がただの運動で高鳴っただけになってしまったんですよ!

 もうあいつは前から人のことを振り回して全くもう!

 私のことをいつからか『OK』だなんて言ってくるし訳が分からないんですよ!」

「ほうほう。君のことを『OK』ちゃん、と呼んでくるのね?」

「ちゃんは付いてないですよ! もう! 私が誰にでもいい顔をしているかららしいですよ! そんな風に誰に対しても媚を打っていますかね、私!?」

「いやいや。顔は広いな、交流がたくさんあるな、と感心はしているけれど、そこに尻の軽さなどのマイナスイメージはないよ」

「そうなんですよ! お尻が軽い女の子みたいで、私はそういう経験全くないっていうのにあいつは言ってくるんですよ!

 違うって言ったのに『いいやお前は一生OKだ』なんてよく分からないことを!」

「うんうん。で、その子、美樹君、っていう子はその時、顔が赤くなかったかい?」

「顔が? ……そういえば赤かったですし、言った言葉もカミカミで何度も聞き直しましたけど、

 きっと風邪だったんじゃないですか?」

「あ、うん。そうかもね」

「っていうか風邪の話していないんですよ! 聞いています、先輩!?」

「うん。聞いているよ。私も風邪の話なんかしていないけどね」

「あ、そっか! 風邪は美樹でしたね! まったくあいつはこんな所まで迷惑を掛けて、どうしようもない男ですね!」

「いや、それはちょっと理不尽じゃ……」

「私が『OKちゃん』ならあいつは『NG』ですよ! もう!」


「……なんだ。


 と。

 そこで先輩は唐突に笑い声をあげ始めた。

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