第7話 青年

次の日の朝。

いつものように連れ立ってパチンコ屋にいく準備をしていたら


「今日は行かない。」


と言われた。

激しく動揺する。理由を聞くと


「飽きた。」


と言われた。


想定外だ。

呆然としていると


「なにをそんなに驚いている?少し前の状態に戻るだけだろう。」


と言われた。

戻らない。戻らないよ。もう戻れない。


無理に連れていくわけにもいかないので、とりあえず一人で家を出た。




家。

ユーは息子を腕に抱きながら、昨日の出来事をを思い返していた。


「きみはいつ生まれたんだい?」


身長は夫と同じくらい。

年は若い。20歳そこそこだろうか。

虚をつかれ一瞬ひどく驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「なぜそんな質問を私にする?」


青年は答えを用意してたかのようにすらすらと答えた。


「同じだからだよ。きみとぼくは。ぼくもきみと同じように生まれた。」


同種!?


「なぜそれがわかる?」


「ぼくには感じるんだよ。波長のようなものをね。」


「私にはなにも感じられない。」


「まだ生まれて間もないんだね。」


ユーは言葉を失ってしまう。


「ここは少し騒々しい。また会おう。」


そういうと青年はユーの前から立ち去った。




なにも考えられないまま車の中でパチンコ屋のオープンを待っていた。

舞い上がっていた。

こうなることだって予想できたはずだ。

あれだけ頭のいい奴なんだから、こんな遊びすぐに飽きても何にも不思議ではない。

ため息しかでない。


なにができる?

なにが望みだ?

決まってる。

家族4人で仲良く暮らしていくことだ。

そのためにはどうすればいい?

なにが自分にできる?

決まってる。

働くのだ。

働いて、安定した生活を提供するのだ。

幸いユーのおかげで金にはかなり余裕ができた。慌てることなく、就職活動をできる。

今度こそちゃんと働くのだ!

奮い立たせるようにハンドルを強くにぎり、ギアをドライブに変えた。




11時。

家電がなる。


「やあ、今1人かい?」


顔が強張る。


「なぜこの番号を知っている?」


「ふふふ。知ろうと思えば、電話番号くらいわけないよ。今、君の家から北北西300メートルの位置にある神社にいるんだ。」


「わかった。」


危険かもしれない。

が、好奇心に負けた。




神社。

神主もいなく賽銭箱もお祭りもない小さな神社。

細い石階段を100段登ると社がある。

子供を抱いた状態では骨が折れる。


境内の中心に青年が立っていた。


「やあ。」


辺りをうかがう。周囲は木々に覆われている。他に人の気配はなさそうだ。


「なぜここを選んだ?」


「ここは君の家に近くて、人目に付きにくい。別に君の家に直接行ってもよかったんだが、夫がいない隙に人妻の家に男が出入りしてるなんて噂がたったら困るだろう?」


なるほどこちらのことはすべて把握済みか。

青年は視線を少し落とした。


「子育て、なかなか堂に入ってるように見える。」


そういうと近づき、息子の手を握り、笑顔をみせた。

がその笑顔は目は笑ってない。

冷たい蛇のような視線を浴びせていた。


「……お前と私は同じだと、同じくように生まれたと言っていたな。……我々はなんだ?」


青年は視線を戻し真剣な表情を見せ


「我々は確率の海から生まれた別次元の生命だ。」


「確率の海……別次元。」


「そう。それがぼくの出した結論。」


ユーは用意していた質問を浴びせる。


「おまえはいつ生まれたんだ?」


「僕は242年前。」


ユーの顔色が変わる。嘘。


「おまえはどう見ても20歳そこそこ。そもそも人間がそこまで生きれるわけがない。」


青年は冷笑を浮かべ


「これは6人目だから。」


「どういうことだ?」


「移動してるだけだよ。体から体に。」


ユーの目がみるみる見開く。


「そ、そんなことが……。」


「できるよ。きみにも。」


ユーはまた用意してた質問をなげかける。


「用件はなんだ?」


「手伝って欲しくてね。僕の目的は一人では達成できない。きみには僕が242年で知り得たことを全て教える。その代わりにきみは僕に協力をしてほしい。」


「目的?なんだそれは?」


「いずれすぐわかるようになると思うよ。」


青年はまた冷たく笑った。




数日後。

ハローワーク通いが功を奏し、なんとか1社、面接にまで漕ぎ着けた。

面接は明日だ。

ユーにも報告しよう。

まあ、なんの反応も示さないだろうけど。


「ただいまー。」


無反応。

嫌な記憶が蘇る。

焦りながら家の中を捜索。


誰もいない。

出掛けた?買い物?


時刻は14時半をを回ったところ。


もうすぐ15時だ。


帰って……くるよな?


時間がものすごく長く感じる。

タバコに火をつける。

大丈夫。落ち着け。ユーなら大丈夫。


ガチャガチャ。

玄関から物音。

帰ってきた。


「おかえり!」


息子を抱いたユーの姿を確認。

胸をなでおろす。

が、買い物袋はもっていない。


「ユー、どこにいってたんだ?散歩?」


ユーはいつものように表情を変えず


「そんなところだ。」


「そ、そっか。あれだな。次から出かける時は連絡してほしいな。」


ユーは呆れたようなうんざりしたような顔で


「……なんのために?」


おもったより深く傷つく。


「あ、いや……その、しんぱ……。」


「私はミーとの契約は全て守っている。それだけでは不満なのか?また新しい契約が必要か?」


もうなにも言葉が出ない。


「……すまない。」


ユーは気に止まる様子なく、布団をしき横になった。


程なく上半身がおき、


「ぱー、おはよう。早いね。……どした?元気ないね?」


「……なんでもない。…いや、そうだ。ミーはなんか聞いてる?ユーが出掛けてたんだ。息子をつれて。」


「……それがどうかした?」


「いや、出掛けるなんて知らなかったから……驚いてさ。」


「ユーだってたまには外の空気吸いたくもなるでしょ。むしろ今までが異常だったんだって。ずっと家にいてパソコンなんて。ちゃんとシーも連れていってるんでしょ?なんにも問題ないじゃん。」


言葉がない。

その通りだ。




次の日。

面接を終え家路につく。結果は数日後、書面を郵送するとのこと。

時刻は13時。

「ただいまー。」


無反応。また誰もいない。

どこにいってるのだろう。

いつから?

あの日、一緒にパチンコ屋に最後に行った日。

その次の日からだろうか?

おかしな素ぶりはみえなかった。


いきなりパチンコ屋に行きたいと言ったり、いきなり飽きたと言ってみたり。

そして今度はどこにいってるかわからないときてる。

天才の考えることはわからない。

面接の結果が出るまで数日ある。

邪魔じゃないなら一緒にいけないか聞いてみよう。


14時45分。

ユーが帰ってきた。


「おかえり。」


「ああ。」


少し疲れているように見える。


「明日から少し暇になるんだ。それでもし邪魔じゃなかったら俺も一緒にいっていいかな?その散歩。」


「だめだ。」


即答だった。


「だ、だめ?どうしてだめなの?」


「邪魔だからだ。」


ひどすぎる。


「ほんとに散歩なのか?」


少し語気が強くなる。


「……私は全ての行動を逐一お前に、報告しないといけないのか?そんな契約ないはずだが?」


ぐうの音もでない。


「あの日以来。最後にパチンコ屋に行った時からだよな?

俺なんかした?したなら謝るから許してくれよ。」


泣きそうだ。


「なにをいってる?別になにもされてない。そんなことより明日暇なら息子をみてくれ。」


そういうと息子を渡し、布団に入った。


ミーに泣きそうな顔をみられたら困るので慌てて玄関を出た。


タバコに火をつける。一緒にパチンコ屋にいっていた日々が思い出される。

少しは仲良くなったと思ってたのにな……。


次の日も次の日もユーは出掛けていった。

11時45分に家をでて14時45分に帰ってくる。

空白の3時間。

どこでなにをしてるのか見当もつかない。

かといってこれ以上しつこく聞くこともできない。

あとをつけてしまおうか!?

だめだ。

息子もいるし、なによりもしバレたらほんとに嫌われてしまうかもしれない。

そんな恐ろしいことできない。

妻の言うように、約束を守ってる以上こちらとしてはなにも言うことはできない。

でも不安だった。

なぜかとても不安だった。




ユーは目を閉じ、精神統一、瞑想している。


静かに目を開いた。


「……今日はここまでにする。」


「順調だね。」


青年は満足そうに口角をあげた。


ユーが帰ろうすると


「きみは主人格やその家族をどうしようと思ってるんだい?」


「どうしようとは?」


「……邪魔だと思わないのかい?いなくなればより、時間がとれるだろう。そうなればきみならもっと早く進むだろう。」


ユーは少し間をおいてから、


「お前は主人格をどうしてるんだ?」


「眠らせてるよ。ずっとね。」


「負担が大きいはずだ。」


「そうだね。でも別に壊れたらまた移動すればいいだけだしね。」


青年の目が怪しく光る。


「私の考えはおまえとは少し違う。が、おまえの目的は理解できる。」


また少し間をおいてから


「もし仮に……もし仮に私の、私たちの邪魔をするなら……。」


「……消す。」


青年は満足そうに口角をあげた。

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