第6話 浮気

その月の収支は100万を超えた。

月収支が100万超えたのは10年ぶりだった。(獣王とか大花火の時代)




妻と相談して、久し振りに家族旅行をすることにした。

目的地は伊豆、目的は温泉だ。

ユーにもその旨を伝える。


「なぜわざわざ風呂に入いるのに、そんな手間をかける?」


「入ればわかるよ。明日の朝入ってみて。パソコンの

画像だけじゃわからない世界ってあると思うよ。」


腑に落ちてないようだった。




露天風呂。

ああ気持ちがいい。

首から上は冷たく、首から下が暖かいことのなんという気持ち良さよ。

両手で湯を救い、顔をおもいっきりこする。

目の前は林、上には空、体は湯という非日常存分に楽しみ、味わう。

まさに夢心地。


夢のような日々だった。

ユーの能力はもはや疑いようもなかった。

天才。

ユーは全ての事象を瞬時に計算して数値化する能力をもっているらしかった。

二重人格だとか、解離同一がどうとかそんなことはどうでもよくなっていた。

仕事を探すこともどうでもよくなっていた。

今となってはユーがいなくなるなほうが困る。

苦笑い。

我ながら現金な男だと思う。


改めて思う。

どうしてユーは妻の中に現れたのか。

本人も言っていたが最初のうちは二重人格、解離性同一症が1番しっくりした答えに思えた。

発症の原因はストレス。

時間が経つにつれ、それは違うような……しっくりこないような……そんな気がしていた。

妻もそれには同意していた。


「子育ては大変だし、ストレスが全くなかったとはいわないけど……こんなこというのはおかしいかもしれないけど……私は幸せだったよ。」


「自覚できないストレスだったのかもしれないよ。」


「うーん、そうかー……。でもストレスのせいでユーが生まれたなんて納得できないなあ、私は。」




風呂から上がると夕食の支度ができていた。

火照った体にビールを流し込み、豪華な料理に舌鼓を打つ。


しばらくすると息子はうとうとし、やがて眠った。

そっと布団の中に入れた。


「ミー、少し付き合えよ。」


「えー、ビール嫌い。苦い。」


妻は下戸ではないが、アルコールにはめっぽう弱い体質だった。


「カクテルも頼めるみたいだよ。」


「じゃあ、甘いやつ頼んで。」


「あいよ。」


カシスオレンジを頼んだ。


「かんぱーい。」


「ぷはー、乾杯するとまたうまいんだなーこれが。」


「あ、これおいしい。」


妻も気に入ったようだった。


30分後。


「……う、うーん。……やっぱり駄目だ。」


「あははは。もう酔っ払った?相変わらずよえーな。ははは……。」


頰が赤く染まり、瞼が重そうだ。

パタリと妻は横になった。

と、すぐにむくりと上半身が起き上がった。


「むうう!?な、なんだこれは?どうなってる?」


「ははは。そうか交代しちゃったか。ははは。」


「これはアルコールか!?」


「ピンポーン。どうだ?アルコール初体験の感想は?」


「……驚きだ。まず視界がおかしい。舌もうまく動いてないように思える。なにより思考が……。」


「ぶははは。冷静に酔っ払う奴があるかよ。ははは。」


「……なにがそんなに可笑しい?」


ユーは重そうな瞼を無理やり見開くようにこちらを睨んだ。


「……いや、すまない。ははは……は……。」


数秒ほど目が合う。

潤んだ瞳。

赤く染まった頰。

ほんの少しだけ開いた艶のある唇。

浴衣の胸元が少しはだけている。


目が離せない。

胸が高鳴りだす。


「だ、駄目だ。」


ユーは仰向けに倒れてしまった。


動悸が止まらない。

そっと覗き込む。


目を閉じている。

浴衣はさらにはだけてしまい、胸元と太ももが露わになっている。

心臓が爆発してしまいそうになる。


い、今はどっちなんだ?


こ、これは、この気持ちは浮気なのか?


とりあえず、残りのビールを全て胃の中に流し込んだ。




湯に浸かる。


目に移る景色。

生い茂る木々。

自由に飛び回る小鳥。

ヒラヒラと舞う蝶。

白く濁った湯。


目を閉じる。

鳥の声。

虫の声。

湯の流れる音。

湯の独特な匂い。


パソコンは様々情報を与えてくれた。

が、それが全てではないことがわかった。




「今度はユーの行きたいところに連れていってあげようと思うんだけど……どうかな?」


妻は快く了承してくれた。

朝から6時にアラームをセットする。


「おはよう、ユー。」


「……おはよう。」


ほぼ同時に目覚めることに成功した。


ユーいつもと同じように、パソコンを立ち上げ、キーボードを高速で叩き、真剣な眼差しでモニターを睨んでいる。


美しい。それをただ眺めているだけで楽しい。


「……なにか用があるのか?」


声も美しい。


「え?あ、いや……邪魔かな?」


「邪魔ではない。用があるのか?と聞いている。」


答えは用意している。想定済みだ。


「 この前温泉にいったでしょ?今度はユーの行きたいところに行こうってミーと話をしててさ。」


「行きたいところ……か。」


「どこかない?」


「ないな。大体の情報はこれでわかるからな。」


温泉に入ったことを思い出す。


「……いやまて。……そうだな……。」


悩むユーも綺麗だ。


「……海。海だな。」


答えも素敵だ。


「オーケー、海ね。行こう!海に。」




打ち寄せる波。

砕ける飛沫。

磯の香り。


「お前の言う通りだな。」


「え?」


「実際に体験しないとわからないこともあるんだな。」


ユーは少し間を置いてから少し小さい声で呟いた。


「……礼をいう。」


「い、いや礼なんて……。ユーのおかげで金に余裕ができたからさ。礼をいうのはこっちのほう……。」


あかん。この気持ち。完全に持ってかれている。




パチンコ店。

相変わらずの日々……ではない。

心の中は完全にユーで埋め尽くされていた。

一緒にパチンコ屋に行くのが楽しみで仕方がない。

ここ最近は朝も6時に一緒に起きるようにしてる。

家事を手伝ったり、息子の面倒を代わりに見て、それを口実になにか会話ができないかと探っている。

その甲斐があって少しずつ、少しずつではあるが自然な会話は増えてきている。


好きな食べ物を聞いてみたり→特にない

音楽とかって聞いたことある?→興味がない

調べるの手伝える?→必要ない

パソコンを毎日いじってるけど楽しいの?→楽しくない

アルコールまた飲みたい?→しばらくいい

この前のスロット時興奮してたじゃない?あれってなに?


「私は稀な事象に興奮する性質なようだ。」


基本的にはユーはこちらにはなんの関心もしめさない。

それでいい。見てるだけでいい。今は。

秘密を知っているのは自分だけということだけでいい。今は。


いずれは抱きたい。抱きしめたい。

温泉の夜の時のことが脳裏に焼き付いている。

はだけた浴衣からすらっとのびる手足。

魅惑の隙間。


0時〜6時の二人が寝てる時間に手を出したらどうなるのか?

妻が起きるのか?それとも……。

6時直前だったら?

夫婦なんだから問題ないよな!

ユーはどんな反応をするのだろう?


……まあ、そんな度胸はないのだが……。

そもそも妻とすら息子が出来てからしてないし……。

前の温泉の時に酔った勢いでやればよかった、と本気で後悔したりもしてる。


妻に対して後ろめたさが全くないというと嘘になる。

だけどこれは浮気なのか?

だってユーはミーだ。ミーはユーだ。

ユーが好きってことはミーも好きってことだ。


最近はアホなことばかりを考えている。


心も、生活もユーに依存していた。


この場合の最悪は……ユーがいなくなること……。

考えたくない……。




楽しい月日はすぐ流れる。

さらに一月が経とうとしていた。

パチンコ屋。

楽しい時間はすぐ流れる。

もう14時になる。

ユーの元へ


「そっちはどう?」


「5、6以外の可能性が徐々に上がってきたな。私の計算ではそっちの台のほうが強そうだ。」


「そか、了解。じゃあそのままつづけるよ。……なんか珍しいことは起こったかい?」


「いや、特にないなリプレイが4連続したくらいだ。」


「そか、残念だったね。」


「なかなか起こらないからいいんだぞ。」


そういうとニヤリと笑った。

可愛い。


「トイレに行ってくる。」


「わかった。これ流しておくよ。」




トイレ。

手を洗う。

目の前に大きな鏡。

写る姿。

これが自分?

自分の顔?

借り物の体、顔。


私はなんだ?

なぜ生まれた?


わからない。

パソコンで調べれることは調べ尽くした。

が、結局わからなかった。


今はただ快楽に身を委ねている。

心の隙間を埋めるかのように、ただ時間を浪費するためにパチスロを打ち、珍しいことが起こるのをただ待っている。

稀有な事象に興奮する交代人格。


この先どうなるのか。

ただ時間だけが過ぎ、この肉体と共に老いていくのか。

それともただの交代人格として主人格に吸収されるのか。

はたまたある日突然生まれたのと同じようにある日突然消えてしまうのか……。


トイレを出る。

夫のところへ向かう。


「君はいつ生まれたの?」


突然、強烈な言霊を浴びせられる。

立ち止まり、言葉の発生源の方向を向く。


男が一人、壁に寄りかかっている。

口元は不敵な笑みを浮かべていた。

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