第5話 天才
店内。
二人は一台のパチスロ台の前で足を止めた。
ハッピージャグラー。
「その台が1位だっけ?」
「2位だ。1位の台には先客がいた。」
財布から1万円を出しサンドにいれた。
メダルが下皿にパラパラと注がれる。
「無くなったらここの貸し出しボタンを押せばまた50枚出てくる。打ち方は……?」
「把握してる。」
妻のミーとは子供が生まれる前に何回か来たことがあった。
知ってても不思議ではない。
「俺はその辺ぶらぶらしたり、休憩室にいたりしてるから、金がなくなったら教えてくれ。光ったら自分で揃えれるなら揃えてもいいし、無理なら店員に頼んだり、俺に言いにきてもいい。席を立つときはここを押してカードを抜く。あと下皿にコインを何枚か残しておく。こんなとこかな。」
「きみは打たないのか?3位の台はまだ空いているぞ?」
「うん、今日は5万しか持って来てないんだ。二人で打ったら最悪昼前に終わっちゃうよ。ちょっとトイレ行ってくる。」
逃げる様にトイレに向かった。
「その可能性は低いがな。」
そう呟くとユーは不慣れな手つきでメダルを投入口に入れた。
用を済ませ、アイスコーヒーを買い、ユーが見える位置のソファーに腰を下ろした。
距離15メートル。
タバコに火をつける。
ユーが突然現れてから一ヶ月半。
ユーに持った率直な印象は機械だ。
毎日6時ぴったりに起き、すぐにパソコンと向かいあう。
息子が起きたら、おしめを替え、ご飯をやり、だっこをしながキーボードをを叩く。
7時になったら洗濯、掃除などの家事をテキパキこなし、終わったらまたすぐパソコン。
15時にミーと交代。
規則正しく、決まった動きをし続ける。
そんなのが、突然パチンコ屋に興味を持ち、さらに店の設定状況をほんの数分で完全に看破したとうそぶく。
めちゃくちゃだ。
子供の面倒をみるのが嫌になったのか?
一番妥当に思えた。
考えたくはないが、ミーの人格が2つに別れたのも、ユーがパチンコ屋に行きたいと言い出したのもそう考えると合点がいく。
子育てというのはきっと物凄いストレスなのだろう。
なおさらこんなことしてないで、早く仕事を決め、息子を保育園に入れてあげよう。そうすればきっと……。
と、目の前に突然ユーが立っていることに気付き驚いた。
「どうした?光ったの?」
「いや、金が無くなった。」
「ほんと?はやいね。」
ケータイで時間を見ると10時40分。
打ち始めて30分経ってないくらいだった。
「まだ打つ?」
「いいなら。」
財布から一万円だしユーに渡した。
ユーはそれを受け取るとさっと踵を返した。
やっぱり3万までにしよう。
店内をぶらぶら歩きつつ、一応天井を狙えるような台を探る。が、やはり触っても良さそうな台はすでにおさえられ回されている。
休憩室のマッサージ機を使ったり、タバコを燻らせたり時間をつぶした。
11時15分。
休憩室。
2万目を渡して30分ほど経過した。
当たってなければそろそろ無くなる頃だな。
1回様子をみにいくか。
遠くに小さくユーの背中が見える。ふつうに打っているようにみえた。
10メートル……5メートル……
愕然とした。
ユーの手つきはパチプロの動きになっていた。
常にウエイトがかかる高速DDTはチェリーのフォローは勿論、ピエロもベルさえも取りこぼさない様に止めていた。
下皿から投入口にメダルを投入する動きも全く淀みなく、右手1つでやっている。
まさに精巧なマシンの動きだった。
初心者特有のぎこちなさがない。
妻は何回かやってもずっとぎこちない動きだった。
確かにそこまで難しいことではない。
慣れればできないことではない。
そう慣れれば。
いくらなんでも1時間やそこらで体得できるものではない。
と、ゴーゴーランプが光った。
一瞬、ほんの一瞬だけユーの手は止まったが、まだウエイトがかかってる状態で回し、高速で7を揃えた。
テッテレッテテッテレッテテッテレッテテー。
ファンファーレが鳴り響く。
ユーは後ろに立つこちらにに気付いたのか体を反転させ、ニヤリと口角をあげる。
「なかなか面白いな。」
ユーは14時ぴったりに、すっと立ち上がり
「私はこれで辞める。私の計算では、今の時点で設定6の可能性42パーセント。設定5の可能性は31パーセント設定4の可能性は17パーセントだ。打ち続ければ、メダルは増える可能性が高い。」
そういうと出口に向かって歩き出した。
慌ててユーを呼び止めて、ホールスタッフに休憩の旨を伝える。
車の中。
「確認なんだけど、さっき設定6の可能性がどうたらっていってたじゃない?あれってどういうこと?」
「言葉通りだ。」
「打ちながら計算してたっていうの?」
「台の情報。半年間の店の台の大当たり回数。その日の台の挙動。全てを計算して算出した。」
「……本当?」
ユーは珍しく顔色を変える。その顔は呆れてるような、鬱陶しがってるように見えた。
「私が虚偽の情報を伝えてると思っているのか?」
言葉に苛立ちを感じる。初めてユーの感情を感じた。
おっしゃる通り、そんなことをする必要は全く思いつかない。
「すまない、ただ普通はそんなことできないんだよ。」
ユーの表情はまた真顔にもどり
「なるほどな。」
車内はまた静寂に包まれた。
「話は終わりだな。私は息子を迎えに行って帰る。」
そう言い残すとユーは車を降りた。
夜22時半。
ハッピージャグラーは2700枚でた。
投資金額は1万4千円。
総ゲーム数約6000ゲーム。
プラス2000枚
出玉率約111パーセント
十分すぎる戦果。
まだ、まだだ。
たった一回で結論を出すわけにはいかない。
検証するのだ。
気持ちは高揚していた。
昔、なんかの本でみたことがある。主人格は凡人だが、交代人格がものすごい能力をもっているみたいな話だ。
SFみたいな話だが、今現に目の前で起きてるのかもしれない。
すべてのことは起こりうるのだから。
次の日の朝。
ユーは変わらず6時ぴったりに起き、パソコンを開こうとしていた。
それを確認すると布団からでる。興奮でほぼ寝てない。
いつものとは全くちがう時間に起きた夫に一瞥だけくれるとユーはすぐに意識をパソコンに戻した。
「あ、あのユー。」
「なんだ?」
「昨日は悪かった。……疑うようなことを言ってしまって……。」
「気遣い無用だ。」
顔を合わせようとはしてくれない。が、怒ってるようには感じなかった。たぶん、ほんとになんとも思ってないんだろう。
「あ、あのさ。」
「なんだ?」
「もしよかったらまた一緒にいかない?」
返事がない。
モニターをちらっと見るとそれは日本語ですらなくなっていた。それをものすごい速さで読んでいるようだった。
なんじゃこりゃ。
「……自分のこと調べたいと言ってたじゃない。どう?なんかわかった?」
ユーは手を止め、こちらに顔をむけた。
悲しそうな表情。目を少し伏せてつぶやいた。
「……やはりただの解離なのかもしれない。」
「へ?かいりって?」
「解離性同一症。多重人格だ。」
いやまあ、それしかないだろうけど。
ここはなにか気の利いたことを言わないと
「ま、まだ一ヶ月半しか経ってないじゃない。結論を急がないほうがいいよ。それよりせっかく生まれたんだから楽しまないと。スロット楽しかったんでしょ?」
ユーは驚いた表情を見せた。
「……生まれたことを楽しむか……それは考えつかなかったな。」
ユーの能力は本物のようだった。
毎日、毎日高設定と思われるAタイプを打ち続けることができた。
金はみるみる増えていった。
ユーにART機はないの?と聞いてみたら、情報が少ない。勝率も低い。つまり効率が悪い。金を増やすのには向かない。とのことだった。
ある日、ユーの予想台が二台並びになった。
ユーは御構い無しに超高速DDTでぶんまわす。
負けじとこっちもぶん回す。
2時間経過。
突然、ユーの手が止まった。
ん?なんだ?
出目はブドウが揃っていた。
「どうかした?」
ユーの様子がおかしい。
ほおが赤く、吐息が少し荒い。
風邪?
「ど、どうした?具合でも悪くな……。」
「今……ブドウが6連した。」
「へ?」
「ブドウが6連する確率は約6万2523分の1。……そしてブドウが7連する確率は約39万3898分の1。」
ベットを押し、レバーをたたく。リールが回る。そっと
左リールを止める。上から7ピエロブドウ
中リールを止める。上からバーブドウチェリー
ブドウが右上がりでテンパイしている。
ユーの息遣いが聞こえる。
なんか……少し色っぽい。
右リールを止める。上からベルリプレイブドウ
ハズレだ。
ユーはどさっと背もたれに寄りかかり
「はー。気持ちよかった。」
ユーの姿に不思議な色気を感じた。
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