第4話 共同生活


時間割が決まった。


0時〜6時は二人共睡眠。完全な休息。ただし、災害、急病などの緊急時は先に起きた方が対応する。


6時〜15時までがユー。主な理由は妻のミーは早起きが苦手だから。


15時〜24時まではミー。主な理由は妻がみたいドラマやテレビ番組があるからだそうだ。


細かいことも決めていく。

洗濯、掃除機かけなどはユー担当。

妻は炊事、買い物などを担当。

やり方は妻がやっているのを一通りビデオに撮り、それを見せて覚えてもらう。

1番大事なシーの世話も同様に離乳食の食べさせ方、おしめの交換などビデオカメラに撮ってみせた。

なにか変更したいこと、改善したいこと、頼みたいことがあったらビデオカメラで伝える。


こんな感じで4人(?)の共同生活が始まった。


妻はまるで何事も無かったかのように過ごしている。

元々放っておけば12時間とか寝ちゃう人だったから、それが15時間睡眠になっても大した問題では無いという感覚なのだろうか?

それにしてもいくら自分だとはいえ、信用しすぎではないだろうか。全く心配してないのだろうか?


息子はというと、こちらもいつも通りで、どっちの母でも


「マー、マー、マー。」


と、特に分け隔てなく接している。

まだ小さいから変化に気付かないのだろう。


2人のマイペースぶりというかのんきというかある種の鈍さは1人で張り詰めている気持ちを和らげ、またあほらしくもさせた。


そしてもう1人の妻、ユーはというと……。

家事を一回の説明で覚え、それを要領よくこなし、空いた時間、家事が終わるとパソコンの前に座り、キーボードを叩いていた。


自分のことを知りたい。自分のような症例を調べているのだろうか?覗きこむのもどうかと思いなにを見ているかは知らない。

やはりというか、息子の世話だけは苦手そうで、寄ってくる息子に対して、


「なんだ?おしめか?」「なんだ?ご飯か?」「なんだ?抱っこか?」


といった様子で要領をなかなか得ないようだった。

が、危害を加える様子はなく、面倒くさがる素振りも見せずに、ぎこちないながらもちゃんと世話をしていた。


その様子をビデオカメラで撮り、それを妻に見せると


「さすが私ね。」


となぜか威張っていた。




二週間が過ぎた。

一か月は様子を見る予定だったが、この様子なら問題なさそうに思えた。

それでもやはり息子と2人きりにさせるのは気が引けたため、一度妻に相談したが、妻は


「大丈夫でしょ!……たぶん。」


こっそり精神科受診も勧めてみたが


「うーん、今のところ何か、困ってることはないし……。

黙っていくのは裏切り行為みたいでよくない気がする。」


本人に行く気がなく、説得する術ももたないためそれ以上の勧めるのはやめた。


さあ、そろそろ自分も動き出さないといけない。

というより、動かざる得ない。

大分懐が寂しくなってきた。

いつも以上に厳しく、明確に立ち回り、空いた時間はすぐにハローワークへ。

できることをやる。

今度はミスらない。




一か月経過。


家庭の方は何事もなく、平和な日々を過ごしていた。

妻はあの日以来体調を崩すことなく、ビデオカメラを使ったユーとのコミュニケーションもうまくいっているようだった。

息子もすくすく育っている。


が、別の切実な問題がうまれつつあった。


お金。


この一か月、ハエエナの台はライバルの増加のためなかなか掴めず。

Aタイプの立ち回りも慎重になりすぎたことが災いし、なかなか座れず、座れても高設定と思われる挙動がないと捨ててしまっていた。

職探しもなかなか希望に沿うものは見つからず、面接にすらいけていない。いやそもそもなにがしたいのか明確になってない状態で探しているので見つかるわけがない。


二兎追うものは一兎も得ず。

ミスってしまった。

このままではいけない。

今のスロット事情は甘くない。ただ慎重に立ち回るだけでは駄目なのだ。

時には大胆に、リスクを承知で戦わないと勝てない。

まして、仕事を探しながらなんて二足の草鞋状態で月収支をあげようなんて甘すぎたのだ。


このままスロットを続ける選択肢はない。ジリ貧になるのは予想できるし、なによりこれ以上妻に負担をかけれない。

妻はやりたいことを仕事にしてほしいと言っていたがそんな悠長なことは言ってられない。

そもそも低学歴でなんの特技もない30男が、自分の好きなことを仕事にするとか図々しいこと極まりない。

覚悟だ。覚悟を持って明日、ハローワークに朝から行く。

そして必ず面接まで最低一社決める。

最悪はこのままズルズルと仕事が決まらないこと。

一ヶ月。一ヶ月以内に決まらなければ、バイトでもなんでもやる。




次の日。

いつもと同じ様に8時に起きる。

ハローワークの受付開始時間は9時。

息子はまだ眠っており、もう1人の妻ユーは相変わらずパソコンを叩いていた。

タバコを燻らせていると、


「私も行っていいか?」


「え?」


突然の提案に耳を疑う。

というよりユーのほうから話かけられたのはこれが初めてのことだった。

何回かこちらから話しかけたことはあった。

なにを調べてるの?とか買い物行くけどなにか必要なものはある?

が、全て素っ気なく

自分のことだ。とか特にない。

などとまるで相手にされなかった。


パチンコ屋に行きたい?

よりによって今日。

なぜ?急に?


「いや、今日は……ちょっと……ほらシーの世話とか。」


ユーはパソコンをパパパンと叩き、一時保育のページを開いた。


「ここで預かってもらえるようだ。」


「いや、でも妻にも相談してからじゃないと……。」


ユーはビデオカメラを取り出し再生してみせた。妻のミーが写っていた。


「パー、ユーなんだけど、パチンコ屋に興味があるんだって。パー、一緒に連れてってもらえる?ずっと家にいるんじゃ可哀想でしょ?駅前の一時保育園は私も買い物の時とか何回か利用してるからそんなに心配いらないと思うよ。

よろしくね。」


用意がよろしいことで。


「シーを起こして準備しよう。保育園にもっていくものは……。」


「もう用意してある。」


ほんとに用意がいい。




息子を起こし、ご飯を食べさせ、保育所に連れていき、パチンコ屋へ。

入場抽選の時間には間に合わなかった。

どのみち昨日は閉店チェックもしてない。よって開店天井狙いもできないから大した問題ではない。

最後くらい好きな台を打とうかという思いも一瞬よぎったが、それで大金を負けるのは愚かすぎるので堪える。

Aタイプをちゃんと予想する。14時までなら大怪我の可能性は低い。

一応、今日は金額の上限を持とう。五万。

最悪は五万が無くなること。五万……痛い。


ユーは車の後部座席に転がってる。パチスロ雑誌をペラペラめくっていた。


「これの紙はなんだ?」


ユーは同じ後部座席に束になっている。紙を指差した。


「あー、それはこの店の全ての台の大当たり回数が描いてあるんだ。大体半年分くらいかな。台選びの参考にしてるんだ。」


「なるほど、上の四桁が台の番号。Bがビックボーナス回数。Rがレギュラー回数で間違いないか?」


「……そうだけど……よくすぐわかったね。」


「パソコンで予習済みだ。」


そんなことまで調べてたのか。

ユーは本と同じように、データの紙の束をパラパラとめくっている。

時刻は9時40分。

タバコに火をつけ車のシートを少し倒した。


「確認だが、ここには金を増やすために来てる。間違いないな?」


「うん。まあ、最近はちゃんと増やせてないけど……。」


ユーは店の台番が書いてある紙を一枚取り出すと3台を丸で囲みだした。

そしてそれに1、2、3と数字を入れた。

全てAタイプだった。


「……これは?」


「私の計算ではこの3つの台が最も効率良く金を増やせるだろう。数字は優先順位。小さい数ほど可能性が高い。」


「………………計算?」


「これとこれで算出した。」


ユーは雑誌と紙の束を持ち上げて見せた。


「今日の情報を得ればより正確にわかるだろう。」


タバコの灰が車のシートにおちてしまった。


「……ハハハ。じゃあ空いてたらそれを打ってみて。」


やっぱり帰ったらもう一度妻に病院を勧めようと心にきめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る