第3話 ビデオカメラ


「準備いい?」


「なんか緊張する。目の前にカメラって。」


「他人に見せたりするもんじゃないから。」


「そうだけど……。」


「気が散るなら部屋から出てようか?」


「だめ!ここにいて!」


「んじゃ。ちゃっちゃっとやっちゃおう。」


REC ON。


「あっ……えっと。……なんだっけ?」


「自己紹介。挨拶。気楽に。」


「そう……自分に自己紹介……。変な感じ。」


「そう、もう一人の自分に……。」




昨日の続き。


「きみは昨日会ったな。」


病室でテレビを見ていた時だとすぐに察した。

目つきが一緒だったのだ。

あの時の冷たい眼差しと。

顔は妻なのに、口調と目つき、表情が違うだけでまるで別人である。


「昨日はまだうまく話せなくてな。テレビで勉強してたんだ。」


演技?

なんのために?

妻がそんなことをするとは思えないし、する必要性も思いつかない。


「今この場に出てきた理由は2つ。一つ目は覚醒状態からの交代の実験。二つ目は協力者に現状の把握を促すためだ。」


実験?協力者?


「私は私と話し合いをしたい。そこできみにビデオカメラというものを用意してもらいたい。」


話し合い?ビデオカメラ?


「質問がないならもう一人の私に替わる。私に用がある時はもう一度眠ってくれ。負担が小さく、合図としてわかりやすい。」


そういうともう一人の妻はイスに座り机にうつ伏せに……。


「ま、待って。」


必死に呼び止め、固まった脳みそからなんとか一つ絞り出す。


「き、きみはなんだ?」


「私もそれが知りたいのだ。」


そう言い残すとテーブルにうつ伏せになった。


数秒後、すっと上半身が起きる。


「あれ?私。……もしかしてまた倒れた?」


とんでもないことが起こると脳みそはフリーズするということを身をもって体験した。


全てのことは起こりうる。




「こんにちわ、もう一人の私。パーから……夫から今どうなってるか、どういう状況なのかを聞きました。」


「……正直、まだ信じられないです。私が寝ちゃってる間にもう一人の私が起きているなんて。」


「ちょっと怖いっていう感じもあります。」


「でも、話し合いたいっていうこと。これには大賛成だし、嬉しかったです。」


「うん、今はこれだけ。これしか思いつかない。終わります。」


REC OFF。


「どう?」


まだ脳みそが回復しておらず、なにも浮かばない。


「うん。……いいと思うよ。」


そう答えるのが精一杯だった。




布団に横になる妻。

今撮ったのをもう一人の妻に見せ、もう一人の妻の話を撮り、撮ったのを妻がみる。

ややこしいが、なるほどたしかにこれならコミニュケーションがとれそうだ。


「うーん、なんか寝ろって強要されると、なかなか寝れない。


「確かにな。」


「なんか緊張する。もう一人の私ってどんなだろう。」


「寝ればすぐわかるよ。」


「また、頭痛くなったりしないかな?」


「寝てる時に替われば負担が小さいっていったよ。」


「もう一人の……。」


「ミー……喋ってたら寝れないぞ。」


「……うん。」


「大丈夫。ミーからもシーからも目を離さないから。」


「うん。わかった。ねる。おやすみ。」


妻は目を閉じた。

最初の数分はゴロゴロと寝返りを繰り返し、なかなか寝付けない様子だったが……


急にがばっと上半身が起き上がった。


「うん。……やはり負担が少ないな。」


起き上がる動作。立ち方。歩き方。

どれも、違和感。見慣れた妻の動きではない。


「これが、件の機械か。」


妻が件なんて言葉を使うわけがない。




もう一人の妻はビデオカメラの録画を見終わるとカメラをいじり始めた。1分ほどすると、カメラを自分の前にセットし、迷うことなくREC ON。


「初めまして。もう一人の私。突然の自分の体の大きな変化に驚き、戸惑い、また動揺もしてるだろう。が、どうか冷静に現実を受け止めてほしい。」


もう一人の妻の声は当然妻の声そのものなのだが、間の取り方、アクセントの取り方がまるで違う。おっとりとした妻の喋り方と違い、もう一人の妻の口調はニュースキャスターや政治家を彷彿とさせるものだった。


「こうなってしまった以上、私たちは一連托生。お互いを尊重し、協力しあうべきだと思う。私は突然もう一人の私の中に生まれた。原因も理由も意味もなにもわからない。私はそれが知りたい。そこで私に時間をくれないだろうか?一日の時間のうち何時間か。私に割り振ってほしい。以上だ。」





こういった具合に妻ともう一人の妻のコミュニケーションは繰り返された。

最初は恐る恐るしていた妻もすぐに慣れていき、楽しんでいるようにすら見える。


「これがもう一人の私!?」


「全然違う。」


「なんか賢そう。」


妻はなにか大変な辛いことがあると出産をよく引き合いに出す。出産に比べると大体のことはなんでもないそうだ。

今回のもそうなんだろうか。


もう一人の妻が提案し、妻が了承する。の形ができていた。

たまらず口を挟む。


「どんどん決めちゃってるけどいいのか?自分が寝てる間になにされるかわからないんだぞ。」


「彼女に協力するって決めたの。」


「俺だってずっと見張るわけにはいかないし、シーのことだってある。」


「彼女も協力してくれるって。……自分に頼まれて駄目だって言えないでしょ?」


「そうかもしれないけど……。」


現状、こちらの方が分のほうが悪い。

妻はもう一人の妻が起きている時は完全に意識はないそう。

深く眠っている状態なんだそう。

だが、もう一人の妻は違う。

妻が起きていようが、強制的に出てくることができることを実証している。

これは大きなビハインドだ。


今の妻の状態。

素人でもすぐ浮かぶ病名。

二重人格。

自分なりに調べてみたが、原因は……ストレス。

嗚呼、ごめんなさい。


治療法の一つとして人格同士の協力が有効な場合があるらしい。

妻がそんなことを知ってるわけないとおもうが、やり方は理に適っているのかもしれない。

嫌がるかもしれないが、精神病院への受診も後で提案してみよう。


「……そういえば、あなたのことなんて呼べばいいかな?私と同じじゃややこしいし、色々と不便だと思うのよね。

私はミーです。なにか考えておいてください。終わります。」


なるほどたしかにそうだ。もう一人の妻とか、もう一人のミーとかでは不便でしょうがない。

妻のほうがよっぽど冷静だ。


「……協力的な対応に感謝する、ミー。私の呼び名などどう呼んでくれても構わないのだが、そうだな……そちらで決めれない場合はユーとでも呼んでくれ。」

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