第2話 誕生
全てのことは起こりうる
人生30年、スロット歴10年、身を持って得た知識である。
まるで神になったが如く、ボーナスやレア役を引きまくることがある。
また、悪魔に取り憑かれたのようなハマりを喰らうこともある。
良いことは放っておいて問題ないが、悪いことには対策が必要だ。
どう対策するか?
行動の前にリスクを見出し、最悪を想定する。
勿論、これをしたからといって悪いことを回避できるわけではない。
心構えである。
精神的ダメージの軽減。
前もって想定しておき、実際にそれが起きてしまった時も冷静に対応できるように努める。
心は、精神は、常に、平穏に、冷静に。
アツくなってはイケない。
8時に起床し、タバコに火をつける。
シャワー浴びて、歯を磨く。
朝飯は食べない。
ゴミを出し、軽自動車に乗り込む。
タバコに火をつけ、発進する。
9時15分。
行きつけのパチンコ屋。
パチンコ300台、スロット200台の中規模店。
9時半から入場順の抽選。
本日の並びは150人ほど。
抽選の結果は72
車で狙い台の確認。
入場開始は10時。
まずは天井狙い。
最初の狙い台はミリオンゴット神々の系譜、前日1100ハマりの台。
残念、先客がいた。
今日は他に天井が狙えそうな台はない。
次はAタイプを狙う。
四日連続凹みのジャグラーは……。
残念、こちらも先客。
2日間大きく凹んでいたジャグラーは……。
空いていた!
素早くタバコを下皿に投げ込む。
後は文字通り消化試合。
黙々と淡々と2000ゲーム消化する。
この場合の最悪は2000ゲームノーボーナス。
マイナス5万円強。
ほぼ起こらないが、ゼロではない!
よし!心構えOK!
100・・・500・・・1000・・・1500・・・2000
数値チェック。
ビック7バケ2ぶどう確率7分の1越。
下皿のメダルを箱に移し流す。
プラス1000円。
時刻は13時半。
ぐるりと店内を徘徊。
ミリオンゴットの0.0.700の台を発見。
タバコを投げ込み、データロボに向かう。
前日、300は回してあるようだ。
リセットなしなら1000は超えている。
この場合の最悪は、リセットされていて、尚且つ、天井直前で当たりを引いてしまった場合。マイナス2万5000円。
よし!心構えOK!
狙い通り、1万5000円で、宵越し天井が発動。
が、最低保証の3連で終わってしまう。
600枚のメダルを流す。
マイナス3000円
もう一度店内をぐるりと回る。
めぼしい台は見当たらない。
時刻は16時。
良さげな台が空くのをぶらぶらしながら待つ選択肢もあるが、昨日ぶん回して疲れているから今日はやめておこう。
休憩室に向かう。
3台あるマッサージチェアのうち2台空いていた。
漫画棚からスラムダンクの12、13、14巻を取り、自販機でアイスコーヒーを買う。
椅子に座り、ケータイを取り出す。
(今日も帰りは零時くらいになりそうだよ)
とメール送信。
すぐに返信がきた。
(了解。頑張ってね)
待ち受け画面には男と女と赤子が写っていた。
ケータイをさっと胸ポケットに放り込み、漫画を開いた。
23時半。
都営団地。
エレベーターに乗り込む。
息子が生まれたの機に応募したら当選した。
たしか倍率はおよそ20倍だったとおもう。
20分の1と聞くと人によっては大したことことないと思う人がいるかもしらない。
しかし、抽選が年2回しかないのだ。
パチスロは4秒に1回の抽選を受けられる。
都営団地は半年に1回だ。
なかなかの強運だったと思う。
今の暮らしはこの都営団地のおかげで成り立っているといっても過言じゃない。
家賃が9万から3万になった。
スロット環境はどんどん悪くなってる。
今はなんとか月収支はプラスになっているが、これからはもっと勝ちづらくなって、プラスにすることすら難しくなるだろう。
いつまでもこんな生活をつづけるわけにはいかない。
それはわかっている。わかっているが・・・・・・
エレベーターが開いた。
「ただいまー。」
返事がない。
そして暗い。
出掛けた?
こんな時間に?
ゾワゾワっとする。
まさか・・・・・・出て行っ・・・・・・
「ぁーん、ぁーん・・・・・・」
か細い子供の鳴き声が耳に入る。
いる!?
靴を脱ぎ捨てる。
いるのになぜ明かりが付いてない?
なぜ泣いている?
妻は?
胃が締め付けられる感覚。
玄関から居間に続く廊下を3歩。
戸を開ける。
人影を確認。鳴き声が少し大きく聞こえる。
明かり付ける。
横たわった妻とその傍らで細々と泣く息子。
「ミー!」
肩を持ち妻の上半身を起こそうとする。
が、がくんと頭が重力に従い下に垂れ下がる。重い。
うわあ、まずい。
「ミー!」
仰向けに身体の向きを変え、そっと頭を床に起く。
耳を胸に当てた。
ドクンドクン・・・・・・心音確認。
耳を口に当てる。
スースースー・・・・・・呼吸音確認。
生きてる!
「ミー、起きろ!」
反応がない。
ま、まずは、こういうときは・・・・・・
おちつけ!
救急車だ!
息子は!?平気か?平気だな!
番号は!?
110?119?
何でこうなった?
どうして?
いつこうなった?
電話の呼出音。
早く早く出てくれ。
「はい、家事ですか?救急ですか?」
全てのことは起こりうる。
病院。ロビー。
想定外だ。
本当なら1番想定してなければいけないことなのに。
こまめな連絡。
防げたかもしれない、そうじゃなくてもっと早く病院に連れて行けたかもしれない。
いつ倒れたのだろう?
4時のメールにはすぐに返信をしていたからその後。
泣き疲れた息子が腕の中で眠っている。
寂しい辛い思いをさせてしまった。
ごめん。
息子はご飯を食べただろうか?
俺は漫画を読んだり、惰眠を貪ったり・・・・・・。
最悪だ・・・・・・。
この場合の最悪は・・・・・・。
考えたくない。考えたくないがどんどん頭の中に湧いてくる。
死、寝たきり、脳死、障害・・・・・・。
無力だ。
なにが最悪を想定するだ。
なにが冷静に対応できるだ。
こんなの想定していたとしてもとても平静になんて無理だ。
神の存在は信じていない。
いやむしろ、神を信じているものを小馬鹿にすらしていたかもしれない。
無力だ。
自分は無力だ。
祈ることしかできない。
神様、どうか、どうか妻を助けてください。
神はいた。
医者の話をだと、容体は落ち着いており、脳、心臓、血液、などに問題は見られないとのこと。
命に別状はない。
脳貧血。
学生の時、朝礼とかで倒れたりするアレのひどいやつらしい。
医者の所見では今は眠っているだけだそう。
よかった。
少し間を置き医者は続けた。
過労やストレスによる自立神経失調症が脳貧血のきっかけになることがあります。
過労……ストレス……、
病院を後にする。
思い当たる節は……多々ある。
初めての出産。
慣れない子育て。
仕事を辞める夫。
不安定な収入。
最悪だ。最低だ。
なにができる?
とりあえず勤めるのだ。
自分にできることをやる。
妻のために、この子のために。
腕の中で眠る息子に誓った。
次の日の朝。
息子に離乳食を食べさせていると、電話が鳴った。
病室。
「ミー!」
妻はベッドの上で上半身を起こし、横に付いてあるテレビでニュースを見ていた。
よかった。
「おはよう、ミー。」
返事がない。それどころかまだこちらに見向きもしてない。
距離は2メートル。
聞こえてないはずはないと思うんだが……。
「ミー?」
少し大きめな声を出した。
妻はこちらを一瞥するも、視線をすぐテレビに戻した。
沈黙。
どういうこと?
怒ってる?
なんで息子にも反応がない?
息子はまーまーまーと両手を妻の方に伸ばしている。
「先生からお話があります。」
看護師に呼ばれる。
医者の話だと一時的な記憶障害になっているとのこと。
また胃を掴まれる感覚。
意識を失ったことが原因で一時的な記憶障害になることは稀にあることらしい。
「一時的というと?」
「すぐ戻るケースも、しばらく戻らないケースもあります。」
最悪の場合が声に出た。
「しばらくというと……最悪、最悪の場合何年も、……ずっと戻らないなんてこともあったりするんですか?」
医者は少し間を置き
「その可能性もゼロではありません。」
あと何回想定外が起こるのだろう。
家の押入れからアルバムを取りだす。
写真など記憶を刺激するものがいい場合があるらしい。
アルバムを開くと息子の写真が9割以上占めている。
ほんの数枚。妻と二人で写ってる写真。家族三人で写ってる写真があった。
記憶が刺激され、回路が繋がり、撮った時の状況が少しずつ思い出される。
妻も同じように思い出してくれるだろうか?
この場合の最悪は記憶がこのまま戻らないこと。
その場合はどうなる?
また三人で暮らせるのか?
息子がうーうー言いながら車のオモチャで遊んでいる。
全て忘れて赤子に戻るということもあるのか?
それとも部分的に忘れたりするのだろうか?
今朝の妻の視線を思い出す。
興味のないものを見るような、冷めきった視線だった。
どう接すればいいのだろう?
明日までに対策を練らなければ。
落ち込んでいる暇はない。
次の日、病室。
妻は眠っていた。
少しほっとする。
対策はなにも思いつかなかった。
息子を抱っこしながらすぐ傍の椅子に腰をかけた。
息子はまーまーまーと妻の方に手を伸ばし、両腕の束縛から逃れようと足をバタバタさせている。
それはそうだ。
もう2日、母の愛情を注がれてない。
しかしそのままベッドの上に息子を乗せることはできなかった。
昨日の状況だと息子を拒否したり、関心を示さない可能性のほうが高いように思える。
そんな光景は見るに耐えない。
息子をあやすこと数秒。
妻の目が開いた。
眠そうに目を細めながら、顔をこちらに向ける。
緊張が走る。
妻は手を伸ばし、息子の手を掴みそのまま自分の方に引き込んだ。
「おはよう、シー。」
「ミー!わかるか?俺たちがわかるか!?」
「?変なパー。何言って……あれ?ここどこ?」
戻った!戻ったんだ!
よかった!よかった!
神様ありがとう!
無事に退院となった、その帰り道
「ミー、おれ就職するよ。」
「へ?」
「ちゃんとする!」
「ふーん、またすぐやめちゃわない?」
「そうならないようにする。」
「そっか……。」
妻の顔色は少し曇ったように見えた。もう少し喜ばれるとおもったんだが……。
「今の生活がいいとは思わない。……けど、勤めていた時の辛そうなパーを見るのも嫌だな」
「え……。」
「働くことには賛成だけど、次はなるべく自分がやりたいことにしてね。そうじゃないなら無理に急がないほうがいいかも。」
そういうことか。
なんて素晴らしい妻なんだ。
こんなクズ夫のことを想い、心配してくれていたなんて……。
ふと昨日のことを思い出す。
「ミー、昨日のことって覚えてる?」
「全然、全く。気付いたら今日の朝だった。どんな感じだったの?昨日の私。」
「……ないしょ。」
「意地悪だな。」
カラカラ笑う妻。
よかった、とにかく本当によかった。
家に着く。
靴が乱れている。
ずっと慌ててたもんな。
「ご飯どうしようか?」
「今日くらい出前でいいんじゃない?」
「そうだね。」
「先お風呂入っちゃう?入れとくよ。」
「ありがとう、頭かゆい。」
湯船をシャワーでさっと洗い、お風呂の給湯ボタンを押す。
妻は着替えを用意している。
玄関に行き、チラシの束を持ってくる。
ピザもいいし、寿司もいいな。ただ今日は妻の今食べたいのにしよう。
「ミー。なにがいい?」
「今行くー。」
妻は後ろに来ると顔を横に近づけ、チラシを見た。
「ピザもいいけど……お寿司も捨てがたいな……。」
ピピピ、ピピピ後五分です。お風呂のアラーム音が鳴った。
「やっぱ、その二択だよな。好きな方選ん……ミー?」
妻は真顔で直立している。
「思いだした。」
「?どした?」
「私、あの時、お風呂を入れて……そうしたら……。」
「い、いたい……。」
頭を抑える妻。
「ミー!」
「……が……え……る……。」
妻はそのまましゃがみこんでしまった。
身体が小刻みに震えている。
すごく苦しそうだ。
「ミー!」
発作?原因不明の病?また意識を失うのか?
どうすれば?
うろたえるだけで動けない。
と、ピタっと妻の身体の震えは止まった。
苦しそうな声も止まる。
すっと立ち上がり、両手を少し持ち上げ、グーパーをしている?
「……ミー……大丈夫?……。」
「やはり、覚醒時は負担が大きいな。」
口調に違和感。
こちらに視線を向ける。
目つきに違和感。
この目つきは覚えがある。
「きみは昨日会ったな。」
全てのことは起こりうる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます