8通過儀礼

8−1 求められるもの

 大型モンスターの群れを討伐したとあって、俺のランクは3に上がった。

 他のランク3のメンバー達はもう少しでランク4に届きそうだとか。

 では俺がランク4に成る為には後どれほどの活躍が必要になるのかという話なのだが、積極的にランクを上げろというギルドの姿勢は変わらないらしい。


 報告ついでにマイクの件についてギルドの受付嬢に相談してみると。

「後輩の面倒を見て導く事が出来る冒険者というのも、ギルドとしては評価出来る点ですね。頑張って下さい」

 なんて励まされてしまった。パーティの皆は頼られた当人である俺に判断を任せるという姿勢で、いざ邪魔になるようなら容赦せず蹴り出すから遠慮は要らないとか。

 こうなってしまってはついでなので、「訓練に参加するか?」とアリスにも声を掛けてみる。もともと妹達を養う為に犯罪行為さえも辞さなかった彼女は、二つ返事で参加を希望した。12になれば労働力と見做され15に成れば成人のこの社会でも、特に険しい境遇にあったであろう彼女は自分の力で立つ事への執着も人一倍のようだ。


 一応、保護者のような形となっている俺としては、彼女にはあまり無茶をしないでもらいたいと思うし、出来る限るのサポートはするつもりだ。とはいえ、俺に出来る指導なんて限られていた。森の中での歩き方や、簡単な狩りの仕方、冒険者の価値観とタブー等。殆どが座学で、数少ない実技であるポーションの作成に至っては既にアリスの方が手際がいいくらいだ。

 一応、常識だとか教養なんてものは本格的な指導を受けたらしいルリにも手伝ってもらう事は出来たし、リリーに声をかければ魔法の手解きもしてくれるという。この辺り、俺も半ば生徒状態ですらある。

 ではどういう手順で指導するか。冒険に同伴させるべきか否か。そんな会議の為に、町への帰還当日、普段なら打ち上げに使う時間を投入してしまう事に成った。皆疲れているだろうに、申し訳のない話だ。


「指導下にあるということは、その人物の行動に際して一定の責任が指導者にも問われる事に成る。少なくとも、指導をしている間は手元に置いておいた方が良いのではないか?」

 とはイシリアの意見。

 たしかに、ランクを上げようとしている現状で、他所でトラブルを起こされるのは幾らか面倒そうだ。仕事は基本的に世襲であり、師弟関係がイコール世継ぎの育成、就職が婚活とも見做される社会の普遍的な価値観として、監督責任は恐らく俺が考えるそれより重いのだろう。

 彼女の意見に反対する声はない。

「幾ら個人主義の冒険者って言っても、評価する側には知った事じゃないでしょうね」

 とリリーが同調すれば、

「協調性が欠如しているだの利己的な社会不適合者だの、普段は言いたい放題言ってくれるがな」

 なんて、リーダーが肩を竦めた。

 愚痴大会になってしまいそうな空気に、俺は慌てて切り上げる事にする。

「なら、基本的には同伴して拠点防衛を任せる方向でも良いか?」

 満場の一致を経て、方針は決定の運びとなった。


 ◇◆◇


 殆ど完全に部外者のマイクは兎も角、アリスは俺にとっては既に身内も同然だ。

 出来るだけ安全に過ごして貰いたいというのが本音で、可能ならば冒険者なんて危険な真似はして欲しく無いとも思う。しかし、時には自分の身を自分で護らなければならないのがこの世界だ。その為の力を付ける手段として、冒険者を経験するのは効率的だし、その選択を止める権限は俺にない。

 ならば、出来る限りを尽くして彼女を支援するのが俺に残された選択だが、流石にナイフ1本に10万エルも取られるとあっては装備の特注なんて出来るはずも無く、結果として一緒に中古の装備品を取り扱っている店を巡る事と成った。

 ちなみに、こうして装備を斡旋する際に『見習い鍛冶師への特注が10万もするはずがない』という情報は得られたが、見習いに限っての話の様で、一流の鍛冶師の手を止める場合はやはり大金が必要になるらしかった。身に付けるのが至難な技術を納めた専門職なだけはある。

 特注に頼らず安く高性能な装備と言えば、どこぞの貴族が助成金を出しているとかいう魔法鎧だろう。しかし、魔法鎧は露出が多く、鎧下インナーなどで誤摩化すと魔法が効力を発揮しないという。中古鎧よりも安く高性能な物が手に入るというのが、実に腹立たしい。「魔法鎧で良い」というアリスの主張が遠慮からくるものなのか性能に釣られてなのか、俺には判断出来ないのが余計に厄介だ。

 鎧打達だって遊びではない。安定して金になる仕事を選ぶのは当然の選択で、結果として女性物の非魔法鎧はなかなか市場に出回らない。お陰で選択肢が少なく、需要と供給のバランスから中古でさえ高価になる。

 こうしてみると女性用魔法鎧に助成金を出しているどこぞの貴族は、支援者なのか妨害者なのか。もし本人に問いただしたら、ほぼ確実に善意の支援だと言い張る事だろうが。


 果たして丸1日を費やして彼女の鎧を探しても、都合のいい中古の鎧は見つからなかった。

 しかしだからといって、男物の無骨な鎧を着せるのは座りが悪い。流石に、女性に男物の鎧を送るなんて甚だ失礼な話だというのは、幾ら常識知らずでも察する事くらいできる。

 験担げんかつぎのお下がりなんて期待出来る知人もおらず、仲間達が以前手放した鎧も既に市場を流れた後だった。

「本当に、魔法鎧で良いよ? 肌を見られるといっても、兄さんとあの人だけなんでしょ。兄さんにはもっと見られてるんだし」

 誤解を招くような発言を往来でするのはやめて欲しいが、それは確かに事実の一側面ではあった。他人の目があるといっても、衆目に晒す訳ではない。限定された状況で、限定された相手に見られるだけ。共に冒険していれば、もっと恥ずかしいトラブルに遭う可能性だってある。

 加えて、彼女はあくまで見習い。本格的な戦闘をする訳でもないし、そもそも鎧の扱いをまるで知らない素人だ。いきなり重鎧を着せた所で、身動きが取れなくなるのが関の山だろう。

 革鎧や急所だけを守るプロテクターのような簡易防具に頼るより、魔法鎧の方が露出部分もカバーしてくれる分優れている。

 まさか、なぜ露出の多い装いをする女性冒険者が多いのか、痛感させられる日が来ようとは。

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