7−11 後始末

 倒した大型を全て一度に拠点まで持ち帰るなんて出来ないので、牙や爪、尾などの簡単に取る事が出来る部位だけ採取して、あとはモンスターが寄り付かない様細工を施してから2〜3体程度を拠点まで順番に運ぶ。打ち合わせにあった通りの手順で、途方に暮れるなんて事はない。森の中でそんな隙を晒すくらいなら、獲物を全て諦めて撤収するべきだと俺達は理解していた。

 一応大型の血のお陰でモンスターが寄り付く事はあまりないとはいえ、そこそこ深い森の中だ。いざという時に備えた警戒や予備戦力の確保は疎かに出来ない。


 基本に忠実に、横着をせず、安全第一で。

 冒険者なんて名乗ってモンスターの巣窟に足を踏み入れているといっても、それはそれぞれが胸に掲げる目標へと至る為の手段に他ならない。

 冒険者のプライドだとか矜持だとか勇敢さだとか美学だとかを全て捨て置いて効率や必要性に目を向けるなら、無茶をして死に戻りするなんて言うのは何の益もない愚かしい真似という事になる。

 慎重である事を恥じない、臆病である事さえ厭わないこのパーティは、冒険者の価値観の中では異質であり、しかし俺にとっては非常に有り難く、巡り会えた幸運と道を同じく出来るこの一時ひとときに感謝するばかりだった。


 後は明日回収部隊に獅子を引き渡して今回の『遠出』は大成功。

 仮に賊に襲われるなどのトラブルがあって今日の稼ぎを失っても、討伐成功は既にギルド嬢に確認して貰っているのでまずまずの成功と言える。

 やや気の早い打ち上げを敢行する皆の気持ちも、判らなくは無い。

「では、今回の狩の立役者にしてランク上げの主役から挨拶を——」

 ただ、宴の中心人物に祭り上げられるのは勘弁願いたいというのが俺の本音で、簡単な挨拶と謝辞だけを述べて俺は早々に隅っこまで逃げ出した。

 リズムと演出を用意すれば踊ってくれるフェーリンに感謝だ。


 ◇◆◇


 そんなちょっとしたお祭りの空気に水が注されたのは、翌昼のこと。

 回収部隊の一員としてやって来た、駆け出し男性冒険者によって齎された。


 金髪碧眼で格好としては有り触れた駆け出し冒険者風の彼は、以前マイクと名乗っていた異世界人だ。

「やぁ、久しぶりだね。……って、あれ、覚えてないかな。マイクだよ……の」

 と友好的な態度で声を掛けて来た彼は、以前の攻撃的な様子がない。その所為で、彼が改めて名乗るまで同一人物だと気が付かなかった程だ。

 獣人やエルフやドワーフと強制しているこの世界で、多少顔立ちが違うくらいは誤差の範疇なのだろう。「同郷」という言葉に違和感を示した仲間は居なかった。

「……あぁ、久しいな」

 以前彼と顔を合わせたのは、衛兵の詰め所での事だ。森を切り開くどころか騎士爵を賜るよりも前の話で、気候の変化は緩やかだが半年程の時間が経過している。たった一度、僅かに言葉を交わしただけの相手を、よくも覚えていた物だと思う。

「君は以前、日銭を稼ぎながら冷静に世界を見てみろと言ったね」

 当時の彼は何にでも噛み付くような危なっかしい態度で、まともに話し合いが出来るような状態ではなかった。仮に彼の境遇に同情して手助けしようと思っても、差し伸べた手にまで噛み付かれそうな有様だ。まして、自分の置かれた状況に目を向ける事無く権利や正義を主張する——殆ど自爆に等しい振る舞いをするようでは、徒労に終わる未来しか見えない。

 だから俺は当時、彼を助ける事をしなかった。——今にして思えば、同族嫌悪に似た逃避もあったのかも知れない。

 いずれにせよ、逆恨みされている可能性や彼が拒否反応を示していた奴隷を所持している事情などから、彼が浮かべる友好的な笑みもどこか含む者がある様に見えてしまう。

 自然、俺は彼の言葉を警戒しながら対応した。事情を知らない仲間達はしかし、俺の堅い対応を見て旧知の仲という訳でもない事くらいは察してくれた事だろう。

 空気が変わったのは、肌で感じられた。


「君の噂はいろいろと聞かせてもらったよ。臆病者、腰抜け、居るのか居ないのか判らない影の薄さ——そんな陰口も多数有ったけど。ランク1の身で大型モンスターの討伐に寄与。大規模犯罪組織解体に貢献。ランク2になるなり準貴族位拝命。その帰り道で奴隷を購入して10を超える女性を侍らせ、森を切り開き土地の浄化に成功。現在は新たに切り開かれた土地の所有者として、開拓に精を出している……と。感情のベクトルはどうあれ、冒険者も商人も、役人から旅人まで誰もが君を知っているし、活躍を評価してる。大した物だ」

 工事の仕事に事欠かなかったお陰で、早々に贖罪も終わったし。なんてマイクは肩を竦めてみせた。

 素直に賞賛と受け取るのも難しく、偶然の巡り合わせに際した雑談ならば適当に流してしまおうと、俺は敢えて言葉少なに応じる事にする。

「そうかい」

 そんなつれない態度の俺に対して、彼は引き下がらなかった。

「世界を見て、君の活躍を見て。少しは学んだよ。権利が欲しければ、地位が、富が、名誉が欲しければ、自分の力でつかみ取れ……ここは、そういう世界なんだって」

「冒険者は実力主義社会だからな」

 それ以外の部分は、俺自信あまり詳しく無いので言及は出来ない。

 各ギルドの交渉担当を手玉に取るような伯爵家の令嬢も、舞踏会では笑い者だという話だ。逆に問題ばかり起こすような男でも領の統治を任されたりもする。もちろん俺の視点は極めて主観的かつ限定的な切り抜きでしかないのだから、もっと広い視野で見ると評価は逆転するのかも知れないが。

 そんな自戒を含めた言葉の意味に、彼は気が付いただろうか。

「そう、徹底した実力主義社会だ。実力さえあれば特権が認められるし、金も評価も得られる」

 その主張は極めて短絡的ではあるものの、そういう面がないともいえないので俺は沈黙を守った。

「だから僕は、実力を示す機会が欲しい」

 その機会こそ、実力でつかみ取れと言いたい。

 しかし、以前の他者を常に下に見るような「機会が与えられて当然」というような振る舞いに比べれば、彼は彼なりに成長したのだろう。頼れる人がおらず途方に暮れているという境遇にも、不本意ながら同情してしまう。

 ここで放置してしまっては、中々に目覚めが悪そうだった。

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