7−9 毒獅子と不死鳥

 探索予定の最終日。

 本隊と別働隊を4:4に分け、拠点の防衛はルリとフェーリン任せ。

 本隊の後ろを少し離れた所から、別働隊が追跡する形で俺達は森に入る。

 動員可能戦力の全てを、毒刺之獅子マンティコア狩りに費やす布陣だった。


 群れの数が減れば、追い立てられる距離の都合、毒刺之獅子の側も距離を詰めざるを得ない。弱らせた個体が逃げようとする方向を見れば、その本隊がどちらにあるかも見当がつく。数を繰り返せば、精度も上がる。

 あとは、襲いかかって来る個体数を確認すれば自ずと位置は絞れる訳だ。

 半端に知能がある分本能が鈍いのか、誇り高いのか。そんな事は知った事ではないが、群れを維持出来ている限りは、いかにも弱そうで無警戒で偶然の事故に護られているだけの獲物を諦めるモンスターは中々いない。

 ……これだから、罠というのは面白い。

 いずれにせよ、今から罠を新たにしかける訳でなし、今日の俺に囮以上の価値は無かった。


 森を2時間程歩いて、俺達は4匹の雌獅子に半包囲された。

 予定通り。その内の2匹の足下を、リリーが泥沼に変えて拘束し、残った2匹を7人で挟み撃ち。その戦闘に、戦闘訓練以上の意味は無く、いざとなればリリーの泥沼という切り札がある。制圧は時間の問題だった。


 ◇◆◇


 そんな消化試合がに決着がつく頃、森の奥から出て来る影があった。

 木々の間を走れば罠に掛かると学習したのか、それとも元々雄を含む本隊はそうなのか、威厳さえ感じさせるゆったりとした歩みで。

 毒刺之獅子の雄2匹と雌が4匹。恐らくは、群れ最後の戦力だ。

 予定通りではあるが、計算外。

 戦力を削り切り、こちらから出向く算段だったのだ。雄達の方から来ると判っていれば、徒らに体力を消耗するような選択は取らなかった。

「リリー!」

 リーダーの短い指示が飛ぶ。

 その意図は、確認するまでも無く明らかだ。切迫した声色は、緊急事態だと示していた。そしてその命令が意味する所は、脅威の拘束。打ち合わせ通りだ。


 が。


 泥沼に捕われたのは、雌4匹だけ。

 雄2匹は力尽くで瞬時に脱出し、そのまま俺達目掛けて突進して来た。

 応じて、イシリアが盾を構える。しかし、いかに彼女の盾さばきが見事であろうと、大型モンスター2匹を同時に相手取る域には無い。

「——これだから!」

 油断出来ない。気合いの発声とともに、火龍を作ってけしかける。

 攻撃力なんて殆どない、虚仮威こけおどしの魔法だ。それでも、炎に本能的恐怖を覚える類いの相手なら、一瞬突進を緩めるくらいはできる。

 イシリアは、その一瞬の隙を捕まえて自ら前に進み出た。流石の判断力だ。彼女は再突進をさせないまま盾越しの力比べに持ち込む。単純な力比べで大型モンスターに勝てる程の腕力なんてないが、去なすのは得意な彼女の事だ。体力が持つ限り——1時間程度は拘束してくれる事だろう。

 その間に、6人掛かりでもう1匹の雄を仕留めなければならない。

 あまり悠長にしていると、雌を拘束しているリリーがへばって大混戦に突入だ。そうなると、全滅の危険も見えてくる。なんとしても避けたい所であった。


 イシリアに続いて動いたのは、棍棒使いことナンシー。

 パーティ内で誰よりタフな彼女はしかし、やはり大型モンスターの突進を受け止められる程の力は無い。一瞬突進が緩んだ事が幸いしてか吹き飛ばされるような事は無かったものの、地面を削りながら押し込まれる。

 押し倒されてしまえば一巻の終わりだ。圧倒的な体躯の違いは、抵抗の余地を残さない。しかし、彼女が体勢を崩すより早く、メルが雄の脇腹目掛けて突貫した。

 彼女目掛けて11の毒を持つ尾刺が振るわれるが、これをルーウィが迎撃する。


 ほんの一瞬の攻防だ。俺には弓を構える暇もない程の短い時間。

 悠長に作戦指示を差し挟む暇なんてありはしない。時間が圧縮されて、一瞬が1分にも半刻にも思えた。

 しかし、これでようやく1撃。決着にはほど遠い。

 浅く肉を切られた雄は暴れながら飛び退いて、状況は睨み合いへと移行した。


さかずき

 リーダーの指示が飛ぶ。

 ナンシーを中心にした前衛3人による半包囲と、それを支える後方支援の陣形が直ぐに出来上がる。

「スズはリリーの手伝いに行ってくれ」

 近接武器しか持たないスィーゼに、俺はそう言った。

 リーダーは俺に流し目をくれたが、それ以上は何も言わない。

 状況的に、止める声がなければ肯定と同義だ。迷っている時間が惜しいのは、誰の目にも明らかなのだから。


 そんなやり取りの合間にも、文字通り一進一退の、間合いを計り合う攻防は続いている。俺も先程突進を受けて四散した炎を掻き集めて、不死鳥の姿をとらせた。

 一から火を起こすイメージより、飛び散った炎を掻き集めるイメージの方が簡単だったからだ。咄嗟に放った先程より、多少は火力も上がっていると思いたい。

 幾ら容赦がないと言われる俺でも、仲間の女の子が3人取り付いている状態で、魔法の火の塊を嗾けたりする事なんてできはしない。しかし、隙を作る陽動や、突進を躊躇わせる切っ掛けくらいには役に立つ。今の俺にできる後方支援は、そんなものだ。


 僅かな躊躇、僅かな隙。俺にはつけ込む事なんてできない僅かな呼吸の乱れを、彼女達は逃さない。ならば、それを信じて、俺は俺のできる事をするだけだった。


//////////////////////

2018/12/18 拠点防衛中のはずのメルが敵に突貫していると指摘頂き、拠点防衛役をルリに変わって貰いました。(私の頭の中では完全にルリがお留守番でした。失礼しました)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る