7−7 信頼と罠

 俺の相方となったメンバーは、翌日は拠点防衛が確定らしい。視界の効かない森の中、1人で1人を護るというのは、それだけ精神的に疲労するだろうという配慮だった。

 常に警戒を要する斥候も大変だろうという言葉は以前貰ったのだが、見るべき場所を見ていれば良いだけの斥候の仕事は、少なくとも俺にとってはそれほど負担にならない。殆ど作業のようなものだ。むしろ常に全体を見なければいけないリーダーの方が休みを取るべきだろうと思う。


 ◇◆◇


 2日目の相方はルーウィだった。

 俺より遥かに耳も鼻も利く獣人である彼女は、少し訓練すれば俺よりよっぽど斥候に向いているはずだ。そうすると俺の立つ瀬が無いのだが、そんな小さなプライドに拘る意味はあまり無い。重要なのは、彼女がどこを目指すのかというところにある。

 冒険に長く手広く身を置こうとするなら、熟せる役割を増やすのも有効な選択肢だ。或は戦士に特化しても良い。得た経験を才能に昇華出来る機会はどうしたって有限なのだから、彼女の一生を左右するような選択に口を出す権限は、俺にあるはずも無いのだ。


 妹を取り戻す為に。それが彼女の冒険者になった動機だとして、半分程が達成された現状。今後、彼女は何を考えどう行動するのか。

 そんな俺の思考は、数メートル程度の距離では心音まで聞き分けられるらしい彼女の耳の前には筒抜けだったのかも知れない。

「アデルさんは今後、どうされるんですか?」

 そんな質問を、背後から投げられた。

 近寄ってくるモンスターへの警戒なら、俺より彼女の耳の方が遥かに敏感だ。その部分を受け持ってくれるなら、雑談しながらでも探索は十分に出来る。だから、そこは任せるぞ、と前置きをして、彼女の質問に対して俺は少し思考を巡らせた。

「……まずは自衛力だな。悪目立ちしている自覚はあるから。これ以上何もしないにしても、日々を怯えて過ごすというのは心臓に悪い」

「ということは、「自衛力を付けてそれで終わり、気ままに暮らす」って訳でもないんですね?」

 妹の一件以降、彼女の俺に対する対応は随分と変わったように思う。正直堅苦しいのは苦手なのでもう少し砕けて欲しいのだが、彼女から見れば人質を取られているようなものかも知れない。そんな状況で無理に態度を改めろと言っても余計な混乱を生むだけだろうから、これについてはなるべく早急にルリを円満解放したい所だ。

 感情の整理はひとまず棚上げにして、今後どうするかという質問にそれを応えるべきか、半秒程悩んでみた。

「……氷山の一角だからな」

 結果、まだまだ目標は達成出来ていないから、と俺は口にする。踏み出したなら、こんな所で足を止めている場合ではない。

 何の事か判らず首を傾げる彼女に、俺は苦笑した。

 今はまだ、詳しく説明するつもりは無い。動かす人と金と物の規模が大き過ぎて、当分手を出せる状態などではないからだ。身の丈に合わない夢を名分も無く掲げるのは、少々気恥ずかしさが過ぎる。

 そうして何も説明しない俺に、何を思ったのか彼女は微笑んだ。

「焦らないで大丈夫ですよ。私達は、信じてますから」


 いったい何の話なのか。口を閉ざしているのはこちらも同じなので、ここで問いつめる権利は無いだろう。探索中という事が幸いして、互いに無言でいても不自然ではないし、居心地の悪い思いをする事も無い。

 だから俺はその件について、触れない事にした。「応えて欲しければ応えろ」なんて不毛な取引は面倒だ。

 ルーウィは詰まらなさそうにしていたが、俺にも俺なりの都合という物がある。


 彼女は。いや、彼女達は、いったい俺に何を期待しているのだろうか。

 俺はちょっと弓と魔法を使える様になっただけの斥候だ。一応程度に準貴族位騎士爵としての年金も貰えるが、冒険者としての収入から見れば大した額ではないし、その影響力は騎士爵を持たない職業騎士——下っ端騎士と同程度。貴族の私兵に舐められる程度の物だ。開拓地の利権は町が完成次第領主代官に売り渡すし、それによって得られる資金の大半は融資の返済に充てられるので俺の手元に残る物は殆どない。

 力も金も名声も。……いや、騎士爵は流石にそう簡単に得られる物ではないだろうから、一般庶民の中では地位がある方、なのだろうか。

 とはいえ、そこにいったい彼女達は何を期待するのか。

 そもそも、彼女のいう「私達」は誰を示すのか。姉妹としてなのか、パーティとしてなのか。


 人の期待を察してそれに応えるというのは、常識にまだまだ疎い自覚のある俺には難しい事のようだ。


 ◇◆◇


 ある程度森を探索した後は、当ても無く彷徨うのではなくおびき寄せる為の罠を張る方に注力する。

 具体的には、少人数を装ったキャンプ跡や、食べ残しを装った撒き餌の設置だ。

 それはリスクを低減しながら確率を上げる、大型狩りの基礎技術。

「……何をしているんです?」

 俺の作業に、ルーウィから疑問の声が差し挟まれた。

「偽装だよ」

 こちらが多人数だとバレない様に、嗅覚を誤摩化す必要があるので敢えて匂いのキツい物を選んで放置する。そしてそれは同時に、無知で無力で不躾で愚かな獲物だと思わせる効果も期待出来るはずだ。

「メンバーが日替わりになってる、なんてバレたら賢い奴は寄り付かないからな」

「いえ、それは判るんですけど……」

 食材の無駄遣いを糾弾されている訳ではないらしい。


 結局冒険と交渉でやってる事は違っても、本質は何も変わらないのかも知れない。

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