7−6 奇妙な距離感
探索初日の俺の相方は、盾持ちの中で最も小柄なメルだった。
見た目とその能力は必ずしも比例しないので、経験を積んでいけばやがて彼女が『大型モンスターの突進を一人で受け止める』というようなシュールな絵面を拝む事ができる日が来るのかも知れない。今の所最も盾の扱いに長けているイシリアにも受け止めるのではなく受け流すのが精々なはずなので、実現するかは不明だが。
彼女と直接言葉を交わすなんて滅多に無く、2人きりになるなんて初めてだ。
それが町中ならまだしも、今回は人気も感じられない森の中。
緊張され、警戒されるのは甘んじて受け入れるしか無い。
もとより談笑するような状況でもないのだが。それでも、枝や幹に付けられた傷を探ったり、風化した足跡を観察したりする一挙一動をまじまじと見られているのは気が散って仕方がなかった。
「……もう少し普通にして欲しいんだが」
ついにその視線に耐えきれなくなって、俺はそう彼女に声を掛けた。
「……ここぁ森ん中さ。普通ってなんね?」
返ってきたのは、控えめでゆっくりな発音の訛りのある言葉。彼女があまり発言しないのは、訛り言葉が通じるかという不安だったりするのだろうか。よくよく思い返してみると、彼女の発言は端的でぶつ切りな表現が多かったような気がしなくも無い。
それは、単語が増えてイントネーションがぶれる事を嫌ったのかも知れない。
「あー。そうだな。確かに、非日常だ。『普通』って表現も変か。だが、じっと見られているというのも居心地が悪いってのは理解して貰えるか?」
「……それは申し訳なか。けんども、ウチは元々ただの村娘さ。斥候さんの指示無かったらモンスターの接近になんて気付けんね。……不安なんよ?」
もう長く行動を供にしているというのに、俺を役割で呼ぶ彼女。
それが、心的距離なのだろう。
そして、そんな関係でしかない俺を護る為に、彼女は貴族の私兵相手に武器を抜いてくれたのだ。その危うさは、「危なっかしい」とノノに言われる俺以上に思える。
「残念ながら、俺が護ってやる! なんて格好良く——」
「声、抑えてっ」
慌てながら身振りも沿えて俺を静止する彼女を、可愛いなんて思ってしまうのは失礼だろうか。
俺は苦笑して、肩を竦めた。
「……話し声程度でよって来るモンスターなら、メルの足音に反応してるさ」
それは,普段俺が斥候として行動するとき単身の活動を選ぶ理由だ。
残念ながら、足音を抑える技術が無い彼女を同伴している時点で、声を顰める意味なんてあまり無い。では何故談笑するべきではないかと言うと、単純に集中力の問題だった。談笑に気をとられてしまって、モンスターの痕跡や接近を見逃しては斥候の名折れである。もちろん、攻撃的なモンスターに追われているとか、近くに罠を張っているとか事情があるのであれば多少話は変わるが。
探索と警戒の両方をしながら談笑をするのは無理な注文だ。しかし、探索を中断すれば普通に喋るくらいはできる。事情を説明して、周囲に目を走らせる彼女を宥めた。
ところがそれは逆効果だったようで、彼女は見るからに落ち込んでしまった。
思わず笑ってしまった俺を、彼女は半目で睨んでくる。
「なして笑うんね!?」
「笑ったと言うか、微笑ましかったと言うか。可愛い人だなぁと」
こういう場面で上手くはぐらかすスキルなんて持っていないので、俺は肩を竦めながら馬鹿にした訳ではないと弁明した。
もっとも、護衛をしてくれている戦士を相手に可愛いというのも、もしかしたら失礼かも知れない。しかし、少なくとも表面上は、彼女は矛を収めてくれたので良しとしておこう。
彼女が俺に視線を向け続けている理由が、慣れない森の中で不安だからだと言う情報があると、そんな振るまい1つとっても居心地の悪さよりも微笑ましさが先に立つ。我ながら単純なものだと呆れるが、そもそも人間と言うのはそんなものか。
逆に俺がそんな感想を抱いている事が彼女にとって居心地が悪くなっているなら申し訳ないが、異議申し立ては無いので甘えさせてもらうとしよう。恐らくは年下であろう彼女に甘えっぱなしというのも、格好の悪い話ではあるのだが。
呼寄せるようなアイテムでもなければ、大型と言えど森の中でそう簡単に出会えるものではない。大型級討伐部隊のときのように人海戦術で包囲殲滅するというのは、たった10人やそこらでは不可能だ。
だから、俺にできるのは足跡を残したり、無駄に木の皮を削ったり、「縄張りを侵略しているぞ」という跡を残しながら探索を進める事だけだ。そうやっておびき寄せ、罠にはめるなり囲んで叩くなりというのが、基本的な『大型狩り』の手順になる。
傍目から見れば、とんでもなく地味な作業だろう。
当然見ていても退屈なはずで、安全を確認した後なら彼女の雑談に多少付き合うくらいの暇はある。
「——そもそも、なしてからに森に獅子がおるんと?」
「草原の動物って印象が強いのか?」
この世界でどうなのかは知らないが、獅子は猫科で環境適応能力の高い種だ。森にだって山にだって生息しているのだが、最高速度の高さから平地の動物というイメージがこちらでも根付いているのかも知れない。
頷く彼女に、俺は最も単純で判りやすい理由を選んで口にした。
「まぁ、モンスターだからな」
端的過ぎて流石に伝わらなかったのか、彼女は首を傾げる。
「平原より森の方が魔力が濃いんだとさ。そしてモンスターは基本的に濃い魔力を求めて、モンスターは森や洞窟、沼地なんかに住み着く。ダンジョン内ではモンスター同士の生存競争が確認され無いのは、濃い魔力を吸収しているだけで生きていけるからではないか……なんて研究もあるらしい」
モンスターがモンスターを襲うのは、その血肉を求めてではなく体内に保有する魔力を求めてなんだとか。それらが真であるとした時、では何故生存競争をしないダンジョンのモンスターは人間を襲うのかという謎が残るのだが。まぁ、説があるからにはそれなりの理屈も考えられているのだろう。
そこからテイミングや使い魔やら、その習性を利用出来るのではないかという話題に少しだけ華を咲かせる中で、彼女と俺の間に距離があったのは俺の方に原因があるのではないかいう印象は強くなった。
もしそうだとしたら、幾らか申し訳ない話ではある。これまで無用な緊張を強いていたという事に他ならないのだから。
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