7−4 後方支援

 大型討伐という大事に向けて準備を進める日々の中、今更だが、開拓費後援金として、金貨1000枚の投入許可が下りた。

 つまり、裏工作が終了して堂々と辺境伯家が俺の後ろ盾として開拓支援をする段階になったという事でもある。

 金貨1枚が10kエルの価値を持つ大金で、それが1000枚と言うと10Mエル。生活費換算なら日当り500という無駄遣いをしても2万日遊んで暮らせる計算だ。とはいえ、あくまで後援金。それだけで事業を為すに足る額ではない。

 しかし、そんな連絡を毎日の様に書類仕事を代行してくれているカレンから受けて、俺及びパーティが直接資金を借りていたギルドに話を持って行くと、あからさまに不機嫌そうな対応をされてしまった。

「つまり、金を返すから介入を認めないと仰るつもりですか?」

「いや、そんなつもりは毛頭ないんですが。大体、全額返済には及びませんし」

 開拓計画に携わっている人間の数だけ見ても、想定される開発規模と期間を見ても、金貨1000枚など頭金程度にしかならない。切り開いた時に得た木材の売却なんて焼け石に水だし、設置する転移ゲートの割引などを交渉材料に各員に出資させた部分も少なく無い。

 そんな交渉の間を取り持ったり、会場を手配したりしてくれたギルドを閉め出すなんて有り得ない選択だ。

「周囲は、そうは見ないでしょうね。我々ギルドから距離を置こうとしている——そう見るでしょう。返済の目処は立っているのですから、より良い町を作る為にお使い下さい」

 貸し借りもまた人の繋がりであると、担当者は言う。


 そんな訳で、金貨1000枚はカレン嬢に預ける事になった。予備費にしても良いし、転がしても良い。そんな扱いだ。どうせ、開拓関係の費用以外——つまり、冒険者としての活動には使えないのだから。

「開拓費に投じたという事にして懐に納めても、誰も文句など言いませんのに」

 なんて彼女は言うのだが。

「俺のポケットには多すぎる。大衆浴場でもつくって環境改善なんかに使いたい所だな」

 薪だってただじゃないし、水を大量に汲んで来るのは重労働だ。そのため、入浴という習慣は一般的ではない。それが庶民の健康に害を及ぼしている可能性は低く無いと俺は思う。

「大衆浴場、ですか」

 深い心算あっての発言ではない。どうせ、入浴と言う習慣は一般的ではないのだから、そんな物を作った所で環境は何も改善しない可能性だってある。運営時間は常に火を焚き続けなければならず、ある程度の利用しゃが見込めないとないと、水の確保がどれ程容易でも赤字だ。

 だから、不思議そうな顔をする彼女に、俺は微苦笑で首を振った。「ただの妄想だよ」と。

 しかし、説明を求められてしまったのでその目的をつまびらかにする。

 入浴の必要性、娯楽性、その上で立ち塞がる問題点。……必要性や問題点については、庶民などよりは遥かに高い頻度で湯浴みしているはずの彼女に言う必要があったかは不明だが。

 とりあえず、水の確保は、リフトの昇降に利用して飲み水には敬遠されるような物が幾らでもあるので、多少フィルターを通せばどうとでもなるだろうとの楽観も沿えて。

 俺の説明を聞き終えたカレン嬢は、「是非実現しましょう」と請け負った。

「鍛冶工房の廃熱を回収する形で融資を募れば、協力を得るのは簡単でしょう」

 とかなんとか。ただ加熱する魔導具より、どこかから熱を持って来る魔導具の方が同価格帯では高性能らしい。必要以上の熱は魔導具で回収してしまえば、鍛冶場としても快適になる。

 入浴に適する温度なんて高が知れているので、鍛冶師の快適性を保つ程度の廃熱で十分だろうとの予想だ。


「そんなに魔導具に頼って大丈夫なのか?」

 一番最初に給水塔を提案した俺が言う事ではないかも知れないが、彼女の発案にも結構な頻度で魔導具が絡むのでつい聞いてしまった。

 それを受けた彼女は、涼しい顔だ。

「大衆が利用する施設とあれば、魔導具を利用しない事の方が珍しいでしょう。過酷な状況で使うものでもなければ、魔導具は案外高い費用対効果を実現しますのよ?」

 彼女からの報告に穴を見つけられた事は無いし、大抵の事はギルドや関係者との協議の上で合意を得て決めている事だ。融資の返済計画もそこには含まれているので、専門的な勉強をしている訳でもない俺が口を出しても仕方の無い部分ではあるのだが。

「……既得権益に対する肩入れの様にも見えるんじゃないか?」

 意味のない質問を、口にしてしまう。それは、労働者が機械に取って代わられる状況にも似ていた。そしてなにより、民が無知である事は民自身の責任ではない。庶民が生きていく為には勉強をしている時間はないなんて言う状況を放置しているのは、他でもない権力者だ。

「辛く苦しく重く安い仕事を庶民に押し付ける事が、改革に繋がるでしょうか?」

 たぶん、それが彼女の線引きなのだろう。既得権益に対する反感などは勘定の埒外で、ただ純粋により良い生活を願っているのだ。

 早速鍛冶ギルドや工房関係者と打ち合わせを始める彼女を見送りながら、俺は自分の無力さを改めて痛感した。


 ◇◆◇


 そんな一幕を挟みながらの冒険準備は、これまでに無い程スムーズに行なわれた。

 理由は酷く単純に、顔を知っている受付嬢2人が受付の仕事を放棄してまで手伝ってくれたお陰にある。それはつまり、俺のランクアップはそれだけ重用視されているという事だ。

 期待が重い。まさか、手伝ってくれた彼女達に言う訳にもいかないが。

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