7−3 用心

「なら、ダンジョン?」

 稼ぎの良い活動——つまり、それだけ有用で、信頼に繋がる物と言えばある程度限られる。消去法的に、あまり乗り気ではない調子でスィーゼがそれを口にした。


 ダンジョン系冒険者、という言葉がある。

 依頼を受けてそれを熟す事を生業とするクエスト系冒険者と対になるような言葉だ。

 冒険者とは元来、危険を冒す者。ダンジョン系冒険者こそ真の冒険者という声も少なく無く、その危険に見合うリターンもあって、目指す冒険者は多くいる。

 しかし、その危険度もあって敷居も高い。仮に戦力的に問題は無いとしても、環境そのものが敵であると言われるダンジョンは、慣れていないというその一点だけで緊張せざるを得ないのだろう。特に、斥候に関わる者としては。


 俺自身、興味を持って情報を収集する事は何度もあったし、いつか入ってみたいとも思っていたが、挑もうと本気で考えた事は1度もなかった。

 故に、彼女の心境は何となく判る。プレッシャーを感じているのだ。しかし、同時に好奇心や挑戦心もあるのだろう。不安と期待の間で揺れているに違いない。きっと、俺と同じ様に。


 その言葉を受けて、リーダーは全体を見回した。

 表情や視線から、その内心を測ったのか。納得した様に、ひとつ頷く。

「いきなりダンジョンに挑むと言っても、不安が多いだろう。まずは、『遠出』で大型に挑んでみる。現状戦力を確認してからダンジョンに挑む。1歩1歩歩を進めても、遅くはあるまい」

 それは、できる事から手を付けるという、このパーティらしい選択だった。


 ◇◆◇


 大型に挑むなんて、決断して直ぐに出来る事ではない。

 最低でも逃げられる程度の準備はするべきだし、可能なら弱点や習性についても調べておきたい所だ。もちろんある程度は頭に入っているが、念のための確認というのは幾らしてもし足りない物である。


 だから、出発には少し時間を置くことになった。


「二つ返事で、「いつでも良い」っていうかと思ったけど?」

「期待に沿えれなくて悪かったな」

「いや、謝る事ではないさ。不意打ちの遭遇でも対応してみせた君が、なお準備が欲しいと言うなら、私はその判断を支持しよう」

 リリーに突っ込まれ、リーダーに慰められ。

 会議は終了の運びとなる。

「あぁ、忘れていたが……」

 解散の雰囲気が室内に漂う中で、ふと、リーダーが俺に向き直る。

魔法薬師ノノには近日中にダンジョンへ挑むと伝えておいてくれ」

 そこにいったい何の意図があるのか。

 長く開ける事になるのだから、どのみち話す事ではある。遅いか早いかの違いだ。そして、殆ど確定事項として定まったのだから、現段階で報告しておく方が良いのは確かだ。


 アトリエ:ノノの店舗スペース内カウンター越しというやや久しぶりな状況で、そんな話の流れをかいつまんで説明すると、ノノは調合の手を止めて俺に向き直った。

「なるほど。つまり君は、リーダーに言われなかったらギリギリまで私に言うつもりはなかった訳だね?」

「いや、それは……絶対にないとは言えないが、それなりに前もって話を通したはずだ」

「ここは君にとって家なんだろう。なら、私達はもう家族も同然だ。……もう少し、前もって相談や報告をして欲しいと思うのは、私の我が儘かな?」

 彼女の糾弾に対し、俺は尽くす言葉がなかった。以前、「いつの間にか、ここをすっかり「家だ」と考える様になった」と告げておきながら、その言葉に一言の反論も無く受け入れてもらっておきながら、薄情が過ぎるだろうと。

「……判ってくれたなら良いさ。君が認めてくれた様に、私も既に認めているんだ」

 肩を竦め、彼女は調合作業に戻った。

 いつもとあまり変わらない光景。

 ただ、そのリズムがいつもよりやや早い。

 その内心は、如何なる物か。作業に集中している彼女の横顔は、普段のそれとあまり変わりない様に見える。。


 その話は、当然、アリス・イリス・エリスの3姉妹にも伝える事になる。

 いつもの例に漏れず、全員が揃う夕食時を選んだ。

 それを受けて3人は顔をあわせ、次いでノノを伺った。

「絶対に帰ってくるさ。アデルは、家族に嘘をつく男じゃない」

 肩を竦め、ノノは言う。

「他所で口にしたら、俺が殺されそうな台詞だな」

 気恥ずかしくなって、誤摩化してしまう。そんな俺を見やって、彼女は首を傾げた。3姉妹もそれに追従する様に、俺に注目する。

「ノノはこの町の男冒険者で知らない奴なんて居ないくらい、有名な美少女なんだぞ? そんなノノが「家族」って言えば、勘ぐる奴も当然出てくるさ」

「美少女なんて歳じゃないんだ、止してくれ」

「美少女を美女に変えても同じだろう」

「違うね。全然違う。私は独り立ちした魔法薬師にして商人だ。子供扱いなんて、例え君でも許さないよ」

 子供扱いしたつもりはないのだが、彼女にとって譲れない部分らしい。俺は諸手を上げて降参を示すのだった。


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2018/11/17 指摘を受け、誤字修正

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