6−13 礎
統治に対して幾らかの制約を求めるという事で、売却価格交渉ではかなり粘られた。新しい町が上げるであろう収益の試算を武器にしたその交渉を担当してくれたカレン嬢に言わせれば、「アイデアの安売りが過ぎる」とのこと。
「俺達が欲しいのは金でも利権でもない。そうだろう?」
と同意を求めると、彼女は微妙な表情になって頷いてくれたが。
「いくつかの制約」とはつまり、協力者達の利権だ。
再開発などと称して不当な扱いをされない様、ある程度の保証と交渉テーブルを確保する必要がある。逆に、俺個人としてはいつまでも1つの町に関与し続けられるような人的余裕がないので、とっとと売り払ってしまう事に不都合はない。
俺が欲しいのは結果であって、恒久的収入ではないのだ。少なくとも、現状は。
多少の恒久的収入の為に身動きが取れなくなるようでは困る。
だから、
「あれでよかったのか?」
とリーダーに問われて、俺は迷い無く頷いた。
「そもそもが分不相応って物ですよ。俺は一介の冒険者であって、支配者ではないんです」
「価格交渉を引き延ばして開拓が終わるまで粘れば、もっと釣り上げられたんじゃない?」
なんて、リリーに言われ、他の面々から不思議そうな視線を向けられても、俺の意見は変わらない。
「金を引きづり出す手段なら幾らでもあるが、信頼を勝ち取るのは難しい……今回は
カレン嬢の協力がなければ、開拓領域の大部分を無償譲渡する代わりに一部の自治権を認めさせる、等の交渉になっていた可能性もある。経済戦争の準備なんて交渉材料には使えても本当に実行すれば誰かが飢えるような顛末を避けられなのだから、俺達の方針として実質的には取れる選択ではないのだ。
「……普通、元手もなしに大事業に挑もうなんて思わないんじゃないかしら」
普通思わなくても、今回は動かざるを得ない事情が有って、その後は足を止める事が出来なかっただけの話だった。儀を見て動かざるは勇無きなり。なんて格好付けて言うつもりはないが。
結局、俺がしたのは夢を語って噂を流し、期待を煽って出資を募り、旗印と成って実行力を持つ者達を集った——それだけの事。
どこまでも他力本願。精々が、相手の油断につけ込んだ交渉担当役くらいで、それにしたって、こちらが低ランクの無名冒険者である為に生まれた隙でしかない。
状況を最大限利用したとでも言えば聞こえは良いかも知れないが、舐められていたから通用しただけの詐術だ。これを実力の成果だと誇れる程、俺は能天気にはなれなかった。
◇◆◇
いずれにせよ、残りは消化試合だ。
計画が動き出してしまえば、冒険者でしかない俺に出来る事といえばモンスター退治くらいな物で、カレン嬢を通じて上がって来た報告に目を通して可否を決めるのが精々。領主の黙認と、国王の許可がある開拓に横入り出来るような人間は早々居ない。
詐欺師紛いの売り込みは各ギルドが門前払いしてくれるし、極端な話、俺が頷くだけの機械に成り代わっても問題はないだろう。
「改革に着手したという話を耳にしたのですが」
とベリゴール商会から使者がやって来たのが最大のニュースだが、
「実現性の証明ですよ。求めたのは貴方方でしょう」
とあしらった。
とりあえず、この都市開発が一段落するまでは余計な干渉はないだろう。魔法使いを雇用する予定はないので、今度こそ年単位での暇がある計算だ。
最大の懸念は、「新しい土地だから上手く行っただけ」と言われない様にしなければならない事にある。つまり、既存の長屋などを立て替えてでも改革に着手したくなる様に、好印象を持ってもらわなければならない。
今出来るのは精々期待感を煽る噂を流す事と、森を切り開くという作戦の第1段階を成功させる為に全力を尽くす事だけ。物も出来上がっていないうちに評判を気にするなんて空回りもいい所だとは解っていても、ふと気を抜くとそちらの事ばかり考えてしまう。
3姉妹に計算を教えている時などに、「どうしたの?」なんて心配されてしまうと、情けないやら気恥ずかしいやら。いよいよ気を抜ける場所が無くなって来た。
しかしそれは、俺を気に掛けてくれる人が居るという事だ。
心配させたく無い相手が居るという事だ。
義務感だとか正義感だとかいった事情抜きに、護りたいと思える場所。
気が付いてみれば、たった数ヶ月で俺を取り巻く環境は大きく変わっている。
いつまでも、部外者だ、異世界人だと逃げ口上に
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ナカガキ
7章に入るよりここで第1部完と言っておいた方が格好いい気がしますが、それでも7章へ続きます。
ちょっと重い話題の4〜6章に御付き合い頂き、ありがとうございました。
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