6−12 人

 戦いは、始める前に終わらせるのが最上だ。

 通門税の引き上げを行なうとどれだけの損益が出るのか、どれだけの不満が領主に向けられるのか、そんな試算を持って、俺達は領主の館を訪れた。


 主役は俺とカレン嬢とギルドの重役と、領主代官ことバルモンド卿。

 周囲を囲うのはそれぞれの護衛。パーティメンバーはこの立場で壁際に控えている。

 大会議室が手狭に思える程の護衛の数で壁が見えない。そんな緊迫した空気の中で会談は始まった。


 この場を用意したのは、カレン・サウスティナ。

 辺境伯家の孫娘の言葉を、領主代官は無視出来なかったらしい。

「お久しぶりです。バルモンド卿」

 冷えきった声色と貼付けた笑顔で、以前とは違って俺の隣に彼女は席を取った。

 ただそれだけで立場と状況の変化を突きつけ、伯爵位の貴族の表情を歪めるのだから恐ろしい。


「現在我々は、貴方が国家転覆を企てているのではないか——そう疑っております」

 雑談も前置きも無く、刃の代わりに言葉を突き付ける冒険者ギルドの支部長。

「人々の生存領域拡大のため力ある者に認められる『開拓権』を侵害する数々の振る舞い……浅慮な商人の短絡的な自棄であれば失笑と相応の制裁で済ませる所ですが、国の未来の一翼を担う領主の権限を任される者とも有ろうお方がなさったと有れば、その地に住まう者達からすれば悪夢そのものでしょう。貴方はこの地にこの国に、乱を起こすおつもりですか?」


 そんな意見に、同意を示す面々。

 しかし、そんな空気で流されてしまう程、領主代官は容易い相手ではない様だ。

「私はこの地を預かる者として、民の安全と安心の為に、何処の馬の骨とも解らぬ者が通商を妨げるような場所に町を作るというのなら、それに応じた政策をとらざるを得ない」

「つまり、彼に『開拓権』を認めたお爺さまの——サウスティナ家の目を信用出来ないと?」

「……孫娘を手玉に取られ、手をこまねいているようでは。現に、冒険者ギルドによる評価は2。駆け出しそのものではないですか」


 手玉に取られた孫娘自身の意見など聞く価値もない。そう告げる様に、彼は表面上、彼女へ向けた視線を直ぐに外した。しかし、それが本心ならば、彼女の呼び掛けに応じてこの会談に席を置く事もなかっただろう。

 つまりは、パフォーマンスなのだろう。「家の力があるから仕方なく相手をしてやっているだけだ」とアピールする為の。

 お膳立ては整えてもらったのだ。一から十まで彼女に頼っていては、俺の立つ瀬がない。


「まぁ、そう結論を焦らないで下さい」

 領主代官だけにではなく、この場の全員に向けて、俺は言葉を投げる。

「俺の計画は庶民と国の未来の為に展開している事であって、いがみ合った結果庶民の生活を苦しめるような、国益を損なうような未来では本末転倒なんですから」


 そんな俺の言葉を、領主代官は鼻で笑った。

「ならば、今直ぐに案を取り下げ、相応の身分を手に入れて出直す事だな」

「相応の身分とは?」

 俺の鸚鵡おうむ返しに、彼は僅かに考える仕草を見せる。特に深い意図有っての言葉ではなかったようだ。

「……準ではない貴族位、或は最低でも冒険者ランク10。事業に伴う責任を負える程度の立場に無い様では、話にならん」


 ランク10。文字通り、桁違いの実力を持つという意味の指標だ。

 ランク10の冒険者には辺境伯の後ろ盾など無くても『開拓権』が認められるし、その活動は様々な形で人類の利益に繋がると目される……そんな、超一流の存在である。

 貴族にしろランク10にしろ、成ろうと思って成れるならば、苦労はない。


「なるほど、責任の所在ですか」

「王より土地と民を預かり護り育む責を、軽んじて貰っては困る」

 そう言って、彼は椅子に深く掛け直す。

 俺を諭したと考えたのか、口の端が満足げな笑みの形に歪んでいた。


「では、現状維持さえ出来れば民の生活がどれほど困窮しようと、土地に溢れた者が行き場を失おうと、その責は統治者にないとお考えですか」

「そうは言わん。しかし、今はまだ動くべき時ではない。以前言った様に、人も金も限りがあるのだ」

「嘘ですね。或は、視野が狭すぎるだけか」

 鷹揚な態度で応じる彼を、俺は挑発した。

「人も、金もあるじゃないですか。俺が計画を立案出来たことからも、これは揺るぎない事実だ。人と金がどれだけ動いているか、ある程度はご存知でしょう? だと言うのに貴方は、それを理由に動かない。……本当に足りないのは、決断する勇気では?」


「視点の低い者はこれだから困る。最も問題となるのは、開拓をした後だ。維持管理の費用と人員を、どこから捻出する」

 物を知らない冒険者と、そんな冒険者に踊らされる有象無象。彼にとって、俺達はそんな評価だろうか。


「その程度の事を考えずに、いくつものギルドや大工房に夢だけを語って動かせたと、本気でお考えですか?」

 俺の目配せを受けて、商人ギルドの代表が言葉を引き継ぐ。

「効率化を徹底する——本計画は、そこに終始します。例えば、アデルさんの立案した積層型市場が実現すれば、警備費用を抑えつつ、これまでにない品揃えの豊富さで集客を望めるでしょう。住居や宿についても同様で、快適で効率の良い生活を民に保証します」

 そうして、土地と生産力に余剰を作る。

 その余剰は、運用次第で財力にも戦力にも転用出来る。

「物珍しさで客を釣るなら道化でも雇った方がましだろう。わざわざ市を積層にして何になると言うのだ。客の視線に触れない露店が増えるだけではないか」

「まず、露店の管理が容易となりますな。雨天に際しても取引に困らない市場と言うだけでも画期的です。さらには動線を限定する事で普段は目に止まらないような商品を目に触れさせる機会ともなる。その辺りは、運用次第ですな」

「ならば既存の市に屋根を設ければ良かろう」

「おや。馬車も行き交う通りや広場に屋根ですか。これはこれは大工事ですな。通行止めや市の出店差し止めに布令ふれや補填を出して頂けるので?」

 と、そんな調子で時折挟まれる領主代官の反論を正面から叩き潰して、彼は少々過大なアピールをしてくれた。

 経済的も警備的も、今よりむしろ効率が良い。そしてそれらは、現状の市では実現不可能だと。市だけでなく、各ギルドの支部も、交通の便も、庶民の生活も、旅人の宿さえも。

 今の町並みは最早時代遅れになると彼は締めくくった。


「まだ反論はおありですか?」

 互いに口を閉ざしてから、俺は確認の言葉を投げる。反論の拠り所を失って尚反発するなら、それは理屈ではなく彼個人の感情や利益だ。

 彼の表情は、ありありと不満を露にしていた。統治者としての高い視点を謳っていた彼の本性も、暴いてみれば実に俗物的で見難い有様である。

 ……まぁ、暴くまでも無く解りきっていた事ではあったが。

「この計画、別に俺が代表である必要はないんですよ。俺は結果さえ手に入れば、それで良い。……いくつかの制約は付きますが、開拓が終わった暁に、開拓費に多少の色をつけての分割払い契約で、購入を検討してみませんか?」

 それが、俺にできる最良の結果を得る為の譲歩。土地だけで売るという選択肢だけは、有り得ない。作った町を破壊するような政策も受け入れられない。少なくとも、その有用性を示すまでは。

 その庇護を契約に盛り込めるなら、売却それ自体には否は無かった。

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