6−11 机上論

 リーフルードは、サウスティナ辺境白領主都程の規模ではないにしても、領主が住まう町である。

 領内では一番訪れやすく、発展を遂げており、規模も大きい。


 故に、俺の提示した最初期案では北側に増設するような形で新規開拓を行ない、全面的に住宅区としての性質を強くすることで庶民の流動を測り、将来的にリーフルード内に開拓余剰地を作る方針だった。そうすれば全体としてみたとき、住民を増やしつつ古くなった工房の立て替えや事業拡大などの改革余地も出てくるという算段である。

 快適な引っ越し先を斡旋出来れば、立退き要求も通しやすい。

 モンスターに対する北の供えが不要になるのだから、通門どころか北の市壁自体が取り払われるというのは、開拓計画に知恵を出していた者達にとって、前提条件であった。


 しかし、実際には市壁は取り払われないどころか治安悪化に備えて通門税を引き上げると言う。

 前提が狂うというならば、計画そのものをひっくり返すしかない。

 不幸中の幸いというべきか、全ては企画段階であって比較的変更しやすい段階だった。


 ◇◆◇


 光の魔法による立体投射も、もう慣れたもの。

「要は経済が活性化し、人々の注目が集まり、古いやり方に拘るより利益があると認められれば良いんです」

「各ギルドや工房の利益もお忘れなく願いますよ?」

 俺の宣言に、木工ギルドの担当者が皆を代表して融資の見返りを要求してくる。

「無課税の市場では不足ですか?」

「……本格的に無法地帯でも作るつもりですか?」

 眉を顰めるのは、商人ギルドと通称される組織の幹部だ。

「いえ。税ではなく、利用料を取ろう、という話です。売れなければ損益となりますが、売れれば売れる程相対的に支払う単価負担は安くなる訳です」

「市への出店や露天許可取得は他所でも変わりませんが、無課税な分高くつくという事ですかな?」

 その辺りの管理は商人ギルドが手続きを担当している部分なので、彼は眉を顰めて食いついた。


「いえ。その辺りを大きく変えるつもりはありませんよ。施設の維持管理費とマージン程度のものです」

「それでは市の警備費をどこから捻出するおつもりですの?」

 衛士の派遣も無料ではないと統治者の視点で突っ込みを入れてくれるのはカレン嬢だ。流通に課税しないのであれば、そのしわ寄せはどこかに波及する。

「警備巡回は衛士程の練度の高い人物である必要はありませんから、駆け出しの冒険者でも雇いましょう」

「駆け出し冒険者を雇うにしても、市の広さに対応出来るだけの人員を確保しようとすれば安くはありませんよ?」

「それは、市が平面だからでしょう? 例えば、移動経路の限定される3層構造の立体市場であれば、警備に必要な人手は大きく減るかと」

 構造的には、スーパーのようなものだ。逃げるルートが大きく限定され、そこに警備員が待ち構えているとあれば窃盗への大きな抑止力になる事だろう。


「そうなると、例の水圧式昇降機を利用してもなお、上階の店舗の売れ行きは下階の店舗の売れ行きに劣る事になるかと思われますが?」

 商人ギルドの幹部の指摘は尤もで、流石、と俺は感心した。この文明レベルで客の動線を意識している発言が出るとは、正直予想を超えていた。

「ええ。ですので、上層の利用料は安く、下層の利用料は高く。加えて、日用雑貨などの小物品店は上層に、食品や家具など搬入出に難のある物は下層に優先的に割り振る形としてはいかがでしょうか」


 細かな調整は、結局カレン嬢と各種ギルド代表者頼るしかない。

 俺は、「出店の方向性を予めある程度限定しておく多層市場の概要」「住居区は予定より小さく、しかし来訪者の目につく様に変更」「並行して共同住宅と同じコンセプトの大型宿の設置」といった提案を投げただけである。

 何れも、十分な土地を確保しなければ実行出来ない計画で、領主代官が後から真似しようとしても人の流動を縛っている限り簡単には実現出来ない物ばかりだ。唯一目があるのは市場無税化だろうが、それだけを後から無計画に取り入れては財政に無理が出るはずなので、結局は簡単ではないだろう。


 そして、市場の中心地が主都から『隣接する隣町』に移ってしまえば、その経済的打撃は小さく無い。

 つまりは、経済戦争だ。

 立地は北以外への道を全て持つ主都が上。土地面積や住民数などの初期条件も、開拓直後の『隣町』が主都に敵うはずもない。もしこの開拓が原因といえる明らかな経済変動が起きれば、古いやり方では新しいやり方に大きく劣るという十分な実証となる。

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