6−10 横槍

「女を周囲に多数侍はべらし、調子に乗った若造が開拓計画などと言う妄言を吹聴している」

「辺境伯家の御令嬢をもたぶらかしているらしい」

「大手の商会幹部さえ詐欺に掛け、奴隷少女を騙し取ったとか」

「そんな彼の計画は既存の市場を破壊する」

「流民の視点で描いた夢物語で災いを振り撒く、愚かな小僧だ」

「いや、破滅を振り撒く悪魔の使いだ」

 俺がパーティに合流して1日。

 町へ帰ってくると、そんな噂が酒場を中心に出回っていた。


 その情報を誰より先に伝えてくれたのは、ノノだ。

 領主代官の執着心に呆れるべきか、感心するべきか。何はともあれ、休んでいる場合ではなさそうだ。仕方がなく、それなりに疲労の残る身体に魔法薬ポーションという名前の鞭を入れて俺は冒険者ギルドへ足を運んだ。


 夜の冒険者ギルドは、大抵、賑わっている。

 昼間でも酔いつぶれている冒険者がいるのが日常茶飯事だが、夜となれば冒険を終えて帰ってきた者達が互いを労ったり、これからの活躍に思いを馳せたり、情報交換をしたりと収拾のつかない大騒ぎだ。

 俺はどちらかと言うと苦手なのだが、情報収集には悪く無い環境だったりする。

 まだそんな混雑する時間にはやや早いが、それでもその活気は嫌でも伝わってくる賑わいだ。

 しかし、今の俺に悠長に情報収集をしている余裕はなかった。

 真っ直ぐにカウンターへ向かうと、馴染みの受付嬢が「奥へ」と短く、手早く、簡潔に案内してくれる。

 当然、連れて行かれたのは開拓計画推進委員本部。まさか3日も連続でこの頭の痛い部屋に足を運ぶ事になろうとは、設置当初は思いもよらなかった事である。


 そこには、もう日も暮れるというのに何やら白熱して打ち合わせをしているお偉方の姿があった。当然の様にカレン嬢とその護衛も席について何やら資料を手に弁舌を振るっている。

 俺が部屋に入った事に、誰も気付いていない様子だ。

 完全に話の外にいるというのは久しぶりの感覚で、どこか懐かしい。そのくらいの立ち位置の方が気楽なのだが、残念ながら案内してくれた受付嬢と、今の状況がそれを許してくれなかった。

「アデルさん来ましたよ!」

 受付嬢の一声に、空気が震える程に勢いよく、視線が俺に集まった。

 そんな状況で気の聞いた台詞なんて俺に言えるはずも無く、とりあえず無難な挨拶を。

「あーえっと。おつかれさまです」

「のんびり挨拶している場合ではありませんわ」

 カレンの言葉が彼等の総意である事は、それぞれの表情を見れば在り在りと伝わってくる。しかしそう言われた所で、そもそも状況がいまいち飲み込めていないのだ。説明を求める他ない。

「とりあえず、変な噂が流されている事くらいしか解ってないんですが」

「……貴方が百の美女を侍らせようと、酒池肉林を目指そうと、その様な事はどうでも良い事ですわ」

 噂の大半を彼女は「どうでもいい」と言い切った。

「それは貴女がそれだけ魅力的であるという事。実力の証左ですもの。胸を張っておけばよいのですわ。……なにより、市井の噂には手を打ってあります。大筋では、「時代の流れに乗り損ねた愚か者のひがみだ」と」


 では、何が問題なのか。なぜ、これほど緊迫した空気になっているのか。

 俺が眉をしかめると、彼女はひとつ頷いて本題に入った。

「問題は、通門税ですわ。北に開拓が為された場合、北門の通門税を引き上げると沙汰がありましたの」

「通門税ですか」

 おうむ返しに問うと、彼女は頷いた。

「えぇ。冒険者のアデル様には馴染みない税かも知れませんが、流通や人々の流動に大きな制限が予想されますわ」

「あれは、都市防衛・治安維持名目の税では?」

「はい。つまり、新規開拓街を町の周辺に断り無く開かれた貧困街スラムとして扱い、治安維持に費用が嵩むため税を引き上げるという形ですわ」

 感情のない笑顔で、彼女は説明してくれる。


 俺への嫌がらせにしては、波及する問題が大きすぎた。幾ら俺を敵視していても、対応が余りに短絡的だ。

「つまり、この町は北の町や村との流通を切り捨てる、と?」

「文句は貧困街の指導者に言え、と転嫁するつもりなのでしょう」

「転移用のゲートを設置するという話でしたが、それでは対応出来ないんですか?」

「事実上、隣り合う別の領地ですから。領を跨いで活躍されているギルド関係者ならば兎も角、不特定多数を直接町中へ転移魔法で送り込んだとあっては、今度こそ国家転覆容疑で訴えられてしまいますわ」

 俺の確認を、カレン嬢は考える仕草も無く即答してくれる。既に短く無い時間、対応を検討してくれていたのだろう。


「……簡単には都市機能を利用させないぞ、ということですか」

「アデル様を牽制しつつ、他者を利用して妨害し、民心を離れさせる……全体としては愚作ですが、アデル様に被害を与える目的だけ見るならば、中々有効な策ですわね」

 呆れと感心と、少しばかりの苛立と。表情を変えずに彼女が口にする台詞には、その内心が濃く表されていた。

「やはり、流通が滞り、民の流動にも抵抗が大きくなる、と。蓄えの無い新しい町には大打撃ですね。……しかし、王宮はその動きを静観しますかね?」

 民の国内流動を無用に妨げるというのはつまり、国益を損なうという事だ。物と人が動かなければ当然金も動かず、経済の停滞は国を困窮させる。そんなリスクばかりの増税をしては、何らかの圧を掛けられる結果にならないだろうか。

 そんな俺の懸念に、カレン嬢は難しい顔をした。

「新しい町がどれほど有用かにもよるでしょうね。……その出端を完全に挫かれてしまえば、アデル様よりバルモンド家を選ぶ可能性があります。着任そうそう問題を起こしてばかりではありますが、大きな力を不意に与えられた人間は、多かれ少なかれ失敗する物ですから」

 別の人間に代官を再指名した所で失敗を繰り返されるだけなのだから、今の失敗を経て経験を積んだ者に注意を促しつつ続投した方が効率が良い。まして、短期間に何度も領主を交代させる愚は犯せないだろうと、彼女は指摘した。


「再確認ですが、ギルド関係者がゲートを利用するのは問題ないんですよね?」

「関係者、といっても末端に籍を置いているだけの様な者ではダメですわ。ギルドから一定以上の信を置かれ、他所への派遣を任される様な身分でなければ。領を股に掛ける事を大々的に認められているという大義名分が必要ですもの」

 誤解が無い様にと注釈をくれるが、大筋としては、問題ない。

「では、ちょっと戦争をしましょうか」

 敢えて気軽な口調で、俺はそう言った。

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