6−9 情報操作

「そのような下手は打ちませんわ」

 ぴしゃりと、大貴族の令嬢は俺の懸念を打ち払った。

「この町からサウスティナ領主都まで私達の馬車で10日。一般的な情報伝達は、それより遥かに遅い速度です。往復で最短20日。それまでに、流れに乗せてしまえば良いのです。貴方が以前仰った様に」


 もう既に計画に賛同している関係者——冒険者ギルドを筆頭とした会議参加者は、殆ど罠に掛かったも同然だと彼女は言う。後は、町全体にとって利益に成ると喧伝し、支持者を増やし、反対意見を口にし辛くするための工作をするべきだ、と。

 それはつまり、以前の俺の詐術の焼き増しだ。

 引き返せない所まで焚き付けて、乗るか反るかを迫る。

 単純故に効果的。

 ただ、その規模が俺なんかとは桁違いだ。


 絶句する俺に、彼女は貴族女性らしい礼を1つ。

「最優先は民の安寧。技術発展の土壌作りと、生活水準向上による経済の活性化。利益はそこから少しずつ吸い出せば良い……その方針でよろしければ、立案から計画、行政まで広く役に立てるかと存じますわ」

 先とは一転、見事な切り換えを見せる彼女はいかにも頼もしい雰囲気がある。


 ◇◆◇


 だからといって、手放しに全権委任できる訳ではない。

 どうせ今からパーティに合流できる訳でもないので、彼女の能力や判断基準を見る意味も含め、護衛共々連れ立って俺達は『本部』へ足を運んだ。


「アデル様はお優し過ぎますので、私、カレン・サウスティナが特別顧問としてアデル様の意向の下、主に派閥間交渉を担当させて頂きます」

 そんな宣言が、各ギルドの代表や交渉担当が細かな擦り合わせをしていた会議室の空気を緊張の色に染める。


 そうやって注目を集めた彼女は、向けられる視線を堂々と受け止めながら再度口を開いた。

「組織規模が大きいからと大きい顔をされては困りますわ」

 と。当然、困惑と嗜めるような反応が返ってくる。

 しかし、彼女はそれを意に介さない。

「例えば、ここ1年で貴方方が起こしている死亡事故……。それがどれほどの損益を出しているか考えた事はありますか?」

 大規模な組織と成れば大荷物の搬入搬出は避けられず、必然、事故は毎月の様に起きている。馬車と人の接触事故、転倒事故、積荷の落下……いずれも、死傷者のでる大事故だ。蘇生の奇跡があるとはいえ、何の悪影響も無いという訳ではない。

 各種ギルドはもちろん、大規模取引をする工房も例に漏れない指摘だ。

「賠償はしている」

 と言う主張もあったが。

「お金で命を買えるのですか? では、貴方の命は1つおいくらでしょう? 私のお小遣いでいくつ買えるでしょうか」

 などと冷たい薄笑いで返されては溜まらないだろう。

 端で聞いていた俺の背筋も凍るかと思った。

 彼女の交渉術から見れば、俺の詐術など『甘い』と呼ばれても仕方がない。


 最終的に彼女は門前広場に各ギルドや大手工房が計画していた支部設置案を取り下げさせ、件の噴水広場での中距離転移魔法陣設置計画と、その末端装置であるゲート設置への融資を約束させた。

 一組織で運用するにはコストが高すぎる転移魔法陣だが、利用料から管理費を回収する事で、現実的な数字に収まる計算らしい。支部計画を潰された者達も、新たに支部を建て維持管理する人を雇うより安く済むし、混雑が予想される門前広場も広くスペースが取れるので事故や混雑を低減する効果も期待出来る。全員が得をする交渉だったようだ。


 そんな問答1つとっても、俺とは利用できる知識が雲泥の差なのは明らかだ。

 そうやって彼女は判りやすい実益を示す事で彼女は信用を勝ち取ってみせる。彼女自身も事務処理や書類作成が出来るとあって、俺は最終的な確認を担当するばかりだ。俺はお飾り部長のような具合である。

 区画整備案についても彼女は遠慮なく切り込み、互いの力関係ではなく必要性を重視して再配置する。切り込み過ぎだ、と俺がたしなめる場面もあったが、あるいはそれすら彼女には計算のうちなのかも知れない。俺の手駒として振る舞っている、俺が手綱を握っている、と周囲にアピールする為の。

 彼女の出す案は殆ど全てが、権力者になびかず民の生活を豊かにし、経済を活性化させる事で全体の利益を上げる——俺の基本方針に沿う物ばかりで、特に反対する理由がなかったので、俺は殆ど見守るばかりだったのだが。


 しかし、時に彼女は中々過激な事をいう。

 例えば、

「降りるというのであれば、いつでもそう仰って下さい。融資の穴は、私が埋めますので」と、いかにも含みのある笑顔で、彼女は参加者達を揺さぶっていたり。

「私に取り入ろうとしても無駄です。私は、本計画においてアデル様以外からの指示に従う事はありません」なんて会食の誘いを断ったり。

 わざわざ皆の前で俺に対しての誓いを正式な書状にするという徹底ぶりで、その書類は冒険者ギルドが管理する事になった。

 全体としてはここ数日の騒動全てが、彼女の手の平の上だったのではと思う程堂に入った大立ち回りだが、俺は半ば蚊帳の外におかれているのを実感しながら、1人「疑っても仕方がない」と溜め息を吐く他ない。

 どのみち、冒険者である俺が一から十まで指示する事は出来ない。そういった意味で、彼女の強力は有り難い物だったのだ。


 俺の最終確認を仰ぐという体で、複数の案を纏める。それが、俺が同席しない時の彼女の役回りということに落ち着いた。彼女が辺境伯家とやや離縁状態にある、なんて情報はまだ出回っていないので、女性だからと彼女の発言を軽視出来る者はいないだろう。

 そして行く行くは大きくなり過ぎた流れに対し、辺境伯家の側が折れて追認する、というのが彼女が提示した筋書きである。一度止まる事が出来ない大きな流れを作り、その奔流の収まらないうちに対外的問題を解決する。計画的な情報漏洩だ。

 その計画は既に辺境伯家と示し合わせてあるというのだから、空恐ろしい話である。やはりというか、辺境伯家は通常の情報伝達速度を超える術を持っているらしい。


 ◇◆◇


 俺は翌日からカレンに関係者周りの調整を任せて、連携訓練や調査へ合流する事になった。

 しかし、領主代官は捕縛の失敗程度で諦める男ではなかったらしい。

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