6−8 押す波、引く波
「……俺は一介の冒険者ですから、そういう訳には」
辛うじてそう絞り出した言葉に、彼女は「そうですか」と声色だけ残念そうに応じた。
「
唐突な本題。或は、彼女にとっては世間話に過ぎないのか。
「領主代官私兵は、代官がカレン様から直接詐欺の訴えを受けた、と主張しておりましたが。……間違いないですか?」
「意図的な曲解があるのです。もし裁判になっても、アデル様が有罪となる事はありませんわ」
それはつまり、2人の間で曲解の余地のある会話が交わされた、という事だろう。
彼女の謝罪は、曲解の余地を——妨害の切っ掛けを与えてしまった事に対する物。
しかし、その彼女の言葉も、どこまで本音なのかは判らない。
辺境伯家近隣の領に王家直轄領ができ、代官が派遣されたというのは、辺境伯家にしてみればきっとつまらない状況だ。王家直結に近い太いパイプを持つ王家領代官の存在は、辺境伯の周辺への発言力や影響力を損なう可能性が高いだろう。
領地運営の経験が浅い青二才を
「……なるほど」
いずれにせよ、謝罪を受けないという選択肢はなかった。
「もしアデル様さえ構わなければ、私の方で手を打ちますが」
「……非があると認めつつ、その後始末を躊躇う理由は何ですか?」
「私が動けば、伯爵家が動いたと周囲には見做されるでしょう。領主代官——王家との悶着に私が干渉したとあれば、事実上、アデル様はサウスティナ家の閥に所属していると喧伝する様な物。現状であれば、多少の恩はあっても基本的には中立、という主張も通せなくはありませんが……」
言い淀む彼女に、「それはどう違うんですか」と聞いてみる。
「現状であれば、周囲は主体が貴方である事に納得します。しかし、サウスティナの閥にあるとなれば、主体がサウスティナにあると見做される……アデル様の計画に、小さく無い痛手になるかと」
俺がベリゴール商会に持ちかけた事業は、俺が中立にあるから主張できる事。その大前提が崩れれば、迷惑をかけられる可能性のある者から静止の声が掛かる可能性が無視できない、という事だろう。
「なるほど。カレン様の事情は
兵を差し向けられるという明らかな損害を被った訳だが、彼女が直接的に害意を持って接して来た訳ではない。当然、賠償責任などあるはずも無く、俺の心の内はともあれそれ以上を彼女に求める権利はなかった。
しかし、サウスティナ家の令嬢は、首を縦に振らなかった。
「……私が、アデル様の指揮下に入る、というのは如何でしょう?」
投下された爆弾は、一瞬意識に空白が生まれる程の破壊力を秘めていた。
俺が何も言えずにいる間に、彼女はやや俯いて、どこまでもあざとく上目遣いに俺に迫る。
「以前申しました通り、私はアデル様の計画が成るのであれば、この身の全て、人生の最後の一瞬まで注ぐ覚悟ですの。私を使っては頂けませんか?」
俺が語る未来像が詐欺師の言葉なら喜んで騙されるという話は以前も聞いたが、何故そこまで入れ込むのか、俺には未だ理解できない。
「何故そこまで俺に拘るんです? 辺境伯家の力があれば、本当に適当な操り人形を用意する事も出来るでしょう」
「ニセモノは所詮ニセモノですから。見る者が見れば、判りますわ。利益の計算が徹底された政治的・経済的改革では、風評1つで土台が揺らいでしまいます。……それを無意味とは申しませんが、私は、貴方が描いた未来を見てみたいのです。貴方の言葉に動かされた、多くの方々と同じ様に」
「……大半は利益の便乗を測ってだと思いますが」
俺の指摘に、彼女は責める様な視線を向けてくる。
そして沈黙。気不味い空気が、時間を縫い付ける様な錯覚。
これは諸手を上げて「そういうことだ」と理解を放棄して受け入れるべきか、と考え始めた頃、彼女は口を開いた。
「私は、冒険者に成る才も能力も覚悟もない小娘です。社交界で愛想を振り撒くしか脳のない小娘です。いつか、生み育ててくれた両親に、家に、領地に恩を返すため——非才なりに、努力を重ねて来たつもりです」
何故か自虐から始まった、彼女の言葉。
それはきっと、周囲によって刷り込まれた自己評価なのだろう。
「女だてらにと笑われながらも勉学に勤しみ、不興を買わない様社交会でも精一杯の立回りを心掛けて参りました。「民の生活の質を改善し、豊かな生活を後押しし、経済を活性化させ、国を育てる」……それは、私の出した恩返しの方法と同じなのです。残念ながら、夢物語だと笑われてしまいましたが」
「似た様な目標を掲げる俺を支援する事で、その夢を現実にしたい、と?」
「……そうですね。私は、貴方が語る未来を、貴方が描く未来を、貴方が作る未来を、貴方の隣で見てみたい。——それでは、貴方を支援する理由に不足でしょうか?」
たぶん、「ですわ」なんて飾らない口調が彼女の素なのだろう。
少しばかり影のある自嘲気味な笑みが、不本意ながら庇護欲をそそられる。
「大前提として、貴方の支援を受ければ、辺境伯の閥に取り込まれたと見做されるのでは?」
それが、俺に出来る最大限の牽制だった。
彼女の行動力や影響力がどれほどの物かは、既に身を以て知っているのだから、それを積極的に利用できると言われて、自制するのは難しい。
「馬鹿で愚かな小娘が、1人の若者の詐術に転がされた——それだけの事ですわ。お爺さま達には、しばらくの間、対立姿勢を演じて頂きます」
「……それはそれで、計画の妨げになるんじゃないですか?」
彼女が事も無げに言う大貴族の演技は、下手をすれば国政に影響を及ぼす様な大事のはずだ。
控えめに懸念を示した俺は、かなり自制が出来ている方だと思う。
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2018/10/31 誤字修正
2018/11/17 指摘を受け、誤字修正
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