6−7 権力と正義

 一触即発——いや、既に刃を突き付け合っているに等しい状況で、しかし状況に停滞が生まれた。


 俺が状況を動かせるとしたら、今だけだろう。

「その資料はこの町をどうこうしようという類いの物ではありませんから、貴方の懸念は的外れですよ」

 無理をして手に入れた所で決定打には成り得ないと牽制して、とりあえずはその『無理』をメルに向けられる可能性を減らすべく口を開く。

「……ではいったい何の資料だというのだ」

 罪の証拠と決めつけている彼は、問いただすのではなく恫喝する様に俺へ言葉を投げて寄越した。

「今度俺が『開拓する土地』の開発計画書です。土地の権利は俺にあると、国王が保証するのですから、領主代官に過ぎないバルモンド卿にとやかく言われる筋合いはありません。もちろん、他のどの貴族にも同様に」


「領土を国王より預かっているのはバルモンド卿である。その地で混乱を招く様な開発計画は、看過出来る物ではないのが道理だろう」

「不満があるのであれば、開拓権なる物を制定した方々に言って下さい。俺は認められた権利に基づいて行動しているのであって、それを現行制度のまま問答無用で咎めるのは、例え王族であっても許されない事だ」

 法を定める権利が王にあっても、定められた法に庇護されている者を不法に咎める権利は王にもない。法治国家の王とは、人治国家の王とは違うのだから。

 俺の主張に、私兵隊隊長は伸ばしていた手を引っ込めた。

 併せて、メルも剣を引く。


 緊張が1つ解けて溜め息を吐きたい所だが、事態は殆ど改善していない。

 仕方がないので、俺は溜め息を飲み込んで「これで、この会議が国家転覆を目論む物ではないとご理解頂けたでしょう」と弁明を続けた。

「詐欺は、被害者の訴え合って初めて成り立つ罪です。もし仮にサウスティナ伯ご令嬢の訴えがあったとしても、彼女以外の被害は罪足り得ない。何より、彼女から金品その他一切を騙し取ったという事実がないのだから、訴えられるいわれもない。言いがかりが杜撰ずさん過ぎて、欠伸が出ますね」

 肩を竦めてみせたが、私兵隊隊長はそれがどうしたと鼻で笑った。

「貴様に掛かっている容疑はただの詐欺ではない。民衆を煽動せんどうしての国家転覆容疑だ」

「では治安低下に付いて、具体的に、犯罪率増加の統計がありましたか? それが、俺の煽動による物だという証拠は? 領主交代による治安低下を差し引いて、どれほどの異常性があるのです? 自分達貴族の不手際を適当な流民1人捕まえて押し付けようなどと……片腹痛いですね」

 命令で動いているに過ぎない貴族の私兵に言っても無駄かも知れないが、周囲の耳に届ける意味はある。流石に、国家反逆の容疑が濃厚な男の手伝いを喜んでやる者はいないだろうから、無罪の主張が必要だった。


 杜撰な遣り口から見るに、貴族という権威と武力を見せつけて俺を拘束してしまおうという計画だったのだろう。当然、国家転覆容疑の巻き添えを受けてまで庇い立てする様な物好きがいるとは考えておらず、俺にこれほど発言させる予定ではなかったに違いない。

 仮に俺が床に押さえ付けられていたり、木製の手枷を填められていたならば、主張がどれほど正しくても、正義に組伏せられた悪人という構図から、真に受ける者は少なかったかも知れない。

 ある意味、同様に。堂々と儀を主張し不義を問う俺の姿は、逆に俺の発言に説得力を与えてくれたようだ。今や、周囲の視線は兵士達を非難する色で染まっている。


 程なく荒事に慣れているギルド職員によって衛兵まで呼ばれ、不法侵入と恫喝容疑を問われた彼等は、すごすごと引き下がる事を余儀なくされた。


 ◇◆◇


 不当逮捕の陳情はギルドの方から王宮に上げてくれるらしい。

 何の証拠も無く構成員を『国家反逆者』呼ばわりされ、他のギルドまで巻き込んだ開拓事業を妨害されかけたのだから、とご立腹の様子だ。

「新米代官だから、と目こぼしできる様な小さな失敗ではありませんよ! あぁ、権力を持った馬鹿程手に負えない物はない」

 失敗で処刑されかけた身としては通報してくれた彼の言葉には同意だが、余り大声で喧伝していい事なのだろうか。


 ◇◆◇


 計画の具体案……例えば建築に当たってどんな素材をどう使うかとか、日程とか、専門的判断は本職に任せるとして、俺達は訓練の為に森に戻る。——予定だったのだが、俺は1人サウスティナ辺境伯家のご令嬢が滞在する高級宿を訪れた。


 アポイントなしの訪問を宿の人間に止められるかと思ったが、それより先に「カレン様の護衛」を名乗る男に声を掛けられる。以前送迎されたとき騎馬隊の中に見かけた男性だ。

「お嬢さんに少しばかりお話を伺いたいのですが」

 今後敵対路線となるのか、それくらいは確認しておきたい。

 そういう意図を持っての俺の訪問に、彼は騎士的な礼で応えた。

「ご用件は存じております。どうぞ、奥へ」

 まるで、アポイントはあったという様な言葉。

 牽制のつもりか、俺の行動くらい読めているという示威か。

 いずれにせよ、引き下がる場面ではない。

「ありがとうございます」

 返礼をして、俺は彼の案内に従った。


 半月以上寝泊まりしたのだ。高級宿の雰囲気にも慣れた物で、調度品1つ1つの値段を気にして萎縮いしゅくするなんて事はもうない。意識してしまう事はあるが、悲しいかな、所詮しょせん俺は一般庶民の感性の方が合っているようだ。


 案内されたのは、ゆったりとした応接室。

 寝起きしても身体が凝らなさそうなゆったりとしたソファーに、魔法の灯りを灯すシャンデリア。熟熟つくづく、住む世界が違うことを痛感させられる。そういう応接室を選んだのではなく、恐らく全ての応接室が最低でもこのくらいの品質なのだろう。

 溜め息を飲み込んで待つ事しばらく。

 やって来たのは、ドレスで着飾ったご令嬢だった。如何いかにも歩き難そうな外向けの格好は、これまで彼女から受けていた印象とはガラリと違って思わず見違えそうな程。


「……お目通り叶い光栄です。カレン様」

「楽になさって下さい、アデル様」

 思わず雰囲気に飲まれ畏まった俺を、彼女は苦笑でなだめる。

「このような格好で失礼します。ですが、ここには他の煩わしい視線もありませんから。どうぞ、私の事はカレンと御呼び下さい」

 余裕のある上品な仕草で、膝を折り頭を下げる非の打ち所のない貴族のお嬢様。

 別人が化けてると言われても、俺は信じるだろう。

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