6−6 対決
領主は、統治を任された貴族だ。
その裁量で罪人を裁く権限が、王家より与えられている。その力は、代官であっても変わらない。
しかし、その土地に住む庶民もその土地を通過する旅人も、あくまで王より貸し与えられているだけ、というのが法律上での扱いだ。領主の物という訳ではない。何でもかんでも難癖をつけて横暴に振る舞うような者が領主になってしまわない様、この領主の裁量には一定の制限が設けられている。
例えばそれは、罪人を処断する前に裁判を要するというシステムだ。これは領主の正当性を庶民に知らしめる為の儀式であると同時に、不当な扱いから被告を保護する為の措置でもあった。
恐らくは外の人間による入れ知恵なのだろう。上告というシステムによって、領主裁判、広域裁判、王宮裁判という段階が用意されている。勝利を確信できるなら、好きなだけ上告すれば良い。それによって発生する費用は、敗訴した側の負担となる。
しかし事実上、広域裁判へ上告するのも庶民には経済的に難しい。裁判だけではなくその後の生活もあるし、裁判中拘留されている間は家業の手が止まる。よって、軽い罰金刑で済む様な場合はわざわざこのシステムを使うより、弁護人さえ立てず費用を徹底削減して冤罪に甘んじるだろう。
しかし、今回そんな事情はどうでも良い。
俺の予想が正しければ、領主代官ことバルモンド伯の目的は拘留そのものにある。捉えておきながら適当な理由を付けて裁判を執り行わず、開拓計画をご破算にする算段に違いない。
つまり、拘束されれば負け。面会も、許されるとは考え辛い。罪が確定していないからと、獄中から指示を出して計画を推進するのはほぼ絶望的だ。
◇◆◇
いずれにせよ。
「黙れ! 国家反逆の疑いがある者の言う事になど、耳を貸せるものか」
「その主張に正当性が保証されていない、と指摘しているんですが。偽りの罪状で人を捕縛できる程、この国の法律は甘く無かったはずでしょう」
その正当性を明確にする事が出来ずに振るわれる暴力は、ただの私刑だ。
それに対する反撃は、自己防衛でしかない。
故に、それは公務執行妨害ではなく傷害でもなく、ただの正当防衛。
抵抗の意思ありと表明する俺を前に、彼は武器に手をかけた。
領主代官の私兵——権力の権化が相手だ。助けてくれなんて言わない。そこまで慕われても、俺には返せる物がない。
だから、ここは自力でどうにかするしかなかった。
最近練習中のとっておきを使ってみようか。
そんな俺の内心とはお構いなしに。誰より早く、イシリアが彼等に向けて盾を構えた。
「構えを解きたまえ、国家転覆容疑だぞ!」
そんな威圧を受けて、彼女ではなくリーダーが笑う。
「お言葉ですが、隊長殿。届け出はまだですが、この男は私の掛け替えのない仲間ですので。証拠も無く転覆容疑と叫ばれてもおいそれとは渡せませんね」
そんな短いやり取りの間に、イシリアに加えてルーウィとメル、ナンシーの4人が俺を囲う様に盾を構えていた。
突然の展開に驚いて周囲を見回すと、練度の低いルリと付き合いの短いフェーリン以外は既に皆臨戦態勢をとっている。
呆気にとられているのか肝が座っているのか、この場に居合わせた大物達は悲鳴を上げたり逃げ惑ったりする事無く、部屋の隅に寄って場を開けていた。
「逮捕状はあるの?」
私兵隊隊長とリーダーの睨み合いに、リリーが冷静な調子で状況を確認する言葉を投げる。
「さっき、貴方は「バルモンド卿の令だ」とは言ったけど、逮捕状は出さなかったわね? 現行犯以外では領主貴族にも逮捕権はないはずよ。まず、衛兵に通報して、事件性が認められれば逮捕状が発行されて、……権威ある貴族の私兵が逮捕に協力出来るのは、正式な手続きの後なの。それがなければ、ただの集団暴力と拉致誘拐事件よ?」
「この集会が、国家転覆容疑の何よりの証拠であり、現行犯だ。逮捕状などいらん! 冒険者如きが法を語るな!」
「随分ね。……冒険者の約半数は、元貴族と言われているのよ?」
「落ちこぼれの女に指図される
理論も何もない暴言に、リリーは肩を竦めた。
それだけの反応で済ませられるのは、彼女にとっては慣れた事、なのだろうか。
俺は、あいつがただの冒険者で、ここが森の中なら、縁量無く殴っている所なのだが。
本来の手続きという切り口での糾弾を諦めたリリーに代わり、リーダーが再度兵長に問いかける。
「つまり、卿はこの集会が国家転覆の為の決議であると兵長殿に仰ったのか?」
「否だ。しかし、状況を見れば一目瞭然であろう!」
「ほう。では、何故兵長殿は完全武装の上、部下を十数人も連れてこの場にやって来られたのだ」
時系列の矛盾を、彼女の言葉は鋭くついた。
しかし。
「国家転覆容疑の掛かっている者が町に潜んでいるのだ。要警戒の上巡察する事に、何の問題がある? 我々は治安維持のため自発的に見回りをし、偶然、この悪しき集会を見かけたに過ぎん!」
そんな激しいやり取りに、どこかのんびりとした口調で割り込む声がある。
「偶然? 本当に? どうやって?」
とは、ナンシー。最前線で対面しているのに、緊張感がない。
「偶然にどうもこうもあるものか!」
「じゃあ、なんで、何の会議かも解らない会場にいきなり乗り込んで、「国家反逆容疑で逮捕だ!」「その証拠はこの会議だ!」なんて言えるの?」
彼はその指摘に、返答を窮した。
しかし、それも一瞬の事。
「会議の名目を見れば解るだろう! 都市開発などとよくも抜け抜けと! 土地権利者への断りも無く有力者を集め、そのような計画を押し通す草案を練る事を煽動と呼ばずなんとするか!」
おそらく、その辺りの計画書が目に入ったのだろう。
彼は胸を張ってそう叫んだ。
「ふーん? じゃあ、仕方ないね」
ナンシーはさも残念そうに、肩を竦める。
「……その場の言い訳ばっかりする嘘つきおじさんの言う事は、誰も信じないよ」
この会議室前に現在張り出されている張り紙には、『開拓計画推進委員本部』としか書かれていない。会議の名目に、都市開発という文言は掲げられていないのだ。
彼の言い分が、その場の思いつきでしかない事が誰の目にも明らかな物となった瞬間だった。
「ふん!
そう叫び、彼が延ばした手に、そっと刃が添えられる。
「正当性証明のない不法侵入。次は窃盗とね?」
いつ距離を詰めたのか、訛りのある口調で「現行犯で腕を切り落とすぞ」と暗に脅したのはメルだ。
俺は彼女の口から不穏な言葉しか聞いた事がないのだが、もしかして嫌われているのだろうか。そんな馬鹿な事を考えて、それから、そんな事を考える余裕がある自分に驚いた。
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