6−4 都市開発計画

 俺に絵心なんてない。

 だが、時折臨時師匠を努めてくれる水魔法の熟練者エキスパートから「達人級の曲芸」と揶揄からかわれる光の魔法ならある。

 精神的に疲労が少なく無いので長時間の連続使用は難しいが、立体構造の説明の為、三次元の像を空中に投影するくらい、2匹の龍が激闘を繰り広げる様を演出する事に比べればどうという事はない。

 それを改めて絵心のある者や製図知識のある者に書き取ってもらえば、俺の想定する構図は限りなく具体的に、拍子抜けする程簡単に伝える事が出来た。


 要約すると、給水塔の最上階に水生成の魔導具を設置し、落下エネルギーで水車を回して最終的に地下水を汲み上げる大掛かりな給水装置だ。全域を賄える高性能な魔導具を用意するより、比較的安価な魔導具を複数用意して、この給水塔で得られる水を文字通り水増ししてエリア毎にカバーする計算である。

 分散配置により、事故や悪意に依る破壊工作などからのリスク低減も見込めるだろう。

 費用的にも、1本で賄うより複数設置する方が遥かに効率が良い計算である。性能が向上する程に、指数関数的に価格が高騰するのが魔導具だからだ。仮に給水塔10本分の性能をカバーできる水生成の魔導具を買おうとすれば、幾らするのか想像するのも恐ろしい。


 既に手狭になっている町中に、給水塔や上水道橋を設置するのは事実上不可能だが、これから開拓する土地なら何の不都合もないだろう。


 ところで、何故上下水道が完備されていないのか。生活の質に直結するのだから興味もあったし、何より様々な技術が魔法で補完される形で実現している社会だ。ダムの1つや2つ、無い方が不自然だと思えた。

 しかし実際に調べてみて得られた結論は、ダムを管理できないからという酷く単純な物だった。郊外に巨大貯水池を儲けるという考え自体は、各地で幾度も立案された事があるらしい。

 騎士団や冒険者が山狩りを行なって、実際にダム建造を執り行ったという記録も多数ある。少なくとも、俺がギルド職員や土木業従事者、旅商人などに聞き込みを行なってそれらの情報や痕跡を知る事が出来る程度には。

 しかし、結局モンスターの増殖に対応できなかった。

 郊外でのダム建設及び維持管理は、夢と消えたのだ。

 現在の人類に出来るのは、水害対策の為に川に水が流れ込む様環境を整え維持する事、万が一の際、鉄砲水の直撃を回避できる防壁魔法の使い手を川に面する町に配備しておく事位。

 現在の生活用水は、計画と同様に地下水頼りだ。水辺の周辺はモンスターのより付く場所であり、確保と維持が難しい。地下水以外で町全体を支えれる程大きな水源を確保出来ている例は、少なくとも俺の知識にはない。


「ギルドが強く貴方の計画を推すのは、貴族達が何度も挑戦して失敗した上水道配備に先んじて成功する事で、貴族に対する発言力を強めたいからね」

 と、そんな事を教えてくれたのは職員関係者ではなく、元貴族関係者リリーだった。パーティメンバーの中では特に、彼女がこの計画に期待している節が見て取れるのは、何か貴族に対して思う所があるのだろうか。単純に庶民の生活が潤う事を願っているのだろうか。

 下手の考え休むに似たり。面と向かって聞く事も出来ない疑問を抱えて無為に時間を潰す事を、俺は選ぶ余裕がない。


 今日の会議で詰めなければならないのは、給水塔の一件だけではなかった。

 とりあえず、俺が一方的に利用しているのではなく、庇護を受けているのでもなく、あちらにも思惑が有って俺を利用しているのだと言うなら何も言う事はない。利害の一致程、解りやすい協力関係はないのだから。


 幸い、区画整備案については各種ギルドが相互に意見を出し合って勝手に進めてくれている。俺はそこに、立体集合住宅と、事実上無制限に流れてくる水を利用した昇降リフト案を投下した。

 以前、ベリゴール商会幹部に吹聴した「同じ土地面積に2倍3倍の庶民が無理なく生活できる環境」「1人当たりの生産力も倍以上に成長」という言葉を、嘘で終わらせるつもりなどない。実現する手腕が俺にないというだけの話だ。

 ないのなら、借りれば良い。状況が味方するのなら、手を出さない理由はない。


 市民の一般家庭には、無駄が多いのだ。区画整備にしたって、市民の『住居エリア』に設定された区画の大半は土地を買った市民が無計画に家を建て、手当り次第に井戸を掘っている。その全てが平屋となれば、これがいかに土地の無駄遣いかなど検証するまでもなく明白だ。


「私はかつての自分に言ってやりたいよ。その目は間違いなかったが、まだ見謝っているぞ、とね」

 なんて、リーダーは俺を見て笑う。

「これだけの好待遇の共同住宅建築が、『共同住宅群建築計画』だって? 君は長屋の運営者を干上がらせる気かい?」

 本当に、容赦がない、と。

 これで中級なら、土地持ち達が管理している長屋はいったい何級だというのか、と。彼女の言葉は、俺がこの計画の名前に込めた意味を良く捉えていた。

「新規開拓した土地だけ環境整備するなんて、勿体ないでしょう?」

 俺は、集まっている他の面々にも聞こえる様に、敢えて声を顰めずに笑う。

 恐らく、リーダーも初めから周囲に聞かせるつもりで俺に話題を振ったのだ。この人は、この手の工作が本当に上手いと思う。

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