6−3 隠れ蓑

 調査、訓練、調整、加えて肩肘を張る演技も10日を過ぎた頃。


 俺が心を落ち着けられる場所は、自然、限られる。

 1番気を抜く事が出来るのは、アトリエでアリス達に簡単な文字の読み書きや計算を教えている時だった。ノノの生暖かい視線は今更気にならない。半ば、一家団欒の様な物だ。

 ジンワリと暖かい物が心に広がっていく様な、身体に染み渡っていく様な。

 ——そんな錯覚も、たまには悪く無い。

「どうしたんだい、ぼーっとして」

 不意に、家主ノノが背後から声を掛けてきた。ちょっと気を抜き過ぎたらしい。

「あぁ、いつの間にか、ここをすっかり「家だ」と考える様になったんだな、と思ってな」

 少しばかりの気恥ずかしさとともに、俺は内心を吐露する。もし、彼女に裏切られるなら、騙され背中から刺されるなら、この人生にも諦めがつくというものだ。


「——もし俺が役に立てる事があれば、言ってくれ。返せる限り、恩を返したい」

 俺は親不孝者だ。返せる恩は、返せるうちに返すに越した事はない。次がないとは、限らないのだから。

「そう思うなら、さっさとあの騒動をどうにかしとくれよ。今日だけで問い合わせに何回あったか判らないし、衛士が3回も止めに入ったんだからね」

 微苦笑を作って、ノノは愚痴る。

 幸い、現在は辺境伯の指示のおかげかこの辺りの警備が強化されているらしく、妙な事件を起こそうという者は現れていない。もし仮に起きたとしても、直ちに鎮圧される事だろう。

 事実上、少しばかり日中のアトリエが騒がしい程度だ。しかも、強かに押し掛けて来た野次馬相手に魔法薬を売りつけ、宣伝までしている商魂逞しょうこんたくましい店長様である。彼女の言葉がどこまで本気か、判断に難しい所だった。


熟熟つくづく、ノノには迷惑をかける。……甘え過ぎだな、申し開きの仕様もない」

 彼女の可愛い所は、こうやって申し訳なさを前面に押し出すとすぐ矛を収める所だ。そんな彼女の優しさを理解した上でつけ込んでいる自分に、反吐が出る思いだが。

 ついっとそっぽを向いてしまうノノを眺めながら、俺は微苦笑の下で舌を噛んだ。

 生活費は納めているし、日々の探索で出来るだけ上等な品質の薬草を卸してもいる。だが、そんな事は焼け石に水を掛けるようなものだ。


 ◇◆◇


 その他の場所で俺が肩の力を抜ける場所と言えば、冒険者ギルドの貸し会議室も上げられる。ただし、開拓計画推進委員本部なんて張り出しがされていない普通の会議室の話だ。俺の想像を超えて事態が大きくなっているのだが、俺の提示した都市開発計画草案は予想以上に期待されているらしい。

 今日、探索を休んでギルドに足を運んだのは誰にも邪魔されない休息の場を求めたからではなく、そろそろ本格的に計画を詰めていかなければならないという必要に迫られての事だ。俺の気まぐれによる行動では無く、大型討伐隊の出発予定日から逆算した事前準備猶予をギルド職員と協議した結果、予め決定しておいた日程である。

 そのため、事情の説明を受けていた者達——ギルドの選定の結果、資格ありと見做された業者関係者の姿が多数、既に会議室の中にはあった。


 事前に提出していた資料と、光の魔法での立体投影を利用して、俺は出来るだけ丁寧に計画を説明する。


「この魔導具併用型給水塔ですが——」

 魔導具というのは一般に、高級品だ。戦闘や戦場の様な過酷な環境での使用に耐えうる耐久性を持つ物となると、それに輪をかけた高値が付けられる。俺が以前購入を検討し、諦めた理由はその辺りにあった。

 しかし、安定した環境——例えば中堅以上の宿屋などであればむしろ、一切利用していないという事の方が珍しい。少なくとも、この町は上下水道が完備されていないので、特に下水処理において大きく力を振るっていたりする。

 大規模な建設に一切魔導具を利用しないという選択の方が珍しい。とはいえ、今を逃せば広く土地を要する給水塔を建設しようなんて、計画は出来ても実行は難しいだろう。


 発展の象徴として、人々の憩いの場として、娯楽を提供する舞台として。俺は、周囲を噴水で囲む円形広場の作成を企画していた。その為に必須となるのが、この給水塔の設置だ。


「庶民1人1人が、それぞれの家庭が各個別々に飲み水や生活用水を確保する為に要する時間は、全体の生産性を大きく損なっているんです。維持管理の為の集金を行ない、その代わり全体生産性向上を期待する。——それが、この給水塔設置の要点です」


 適当な大義名分で誤摩化して、裏に刺を潜んで居るかも知れない質問にも出来る限り丁寧に対応する。


「結局維持管理に労働力を割く事になるのであっては、根本的な解決にならないのでは?」

 つまり、利権狙いの無駄工事ではないか。と。

「1000人の庶民が毎日1時間ずつ水汲みを行なうか、10人の職員が維持管理の為の職に就くか——全体の労働力は浮く計算になると私は考えております」


「維持管理の職には誰が当たるのですか?」

 つまり、利権を独り占めする為の工作をしているのではないか。と。

「初期は土木工事従事者——特に現場監督以上の経験を持つ方から派遣して貰いたく。冒険者は人足としての日雇いには便利ですが、専門的な判断能力は持ちませんから」


「管理経験者クラスとなると、そう簡単に手配できる人員とは思えませんが、そこまでする価値が給水塔にあると?」

 つまり、机上論で実現性が乏しいのではないか。と。

「土木工事業は、収入の不安定な業種と伺っております。事業従事者個人の観点に立ちますと、それに対して給水塔や上水道管理は常駐業務。求められる労力が減る分日当換算は低くなりますが、それに勝る安定性という魅力があるでしょう。そして、異常を発見した際どの業者に発注するかを最初に検討する権利は、彼等にある……」

 息のかかっている者を送り込みたいとは思いませんか、なんて敢えて明言はしない。

 しかし、そこに利権争いが発生するのは火を見るより明らかだ。俺は自分に向けられた矛先を他人になすり付けて、次の話題へ移った。

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