6−2 虚勢

「指揮は私の役割だ」

 と、リーダーは頼もしくも胸を打って請け負ってくれた。

 普段であれば斥候などいなくても戦力のごり押しが効く近場の森だ。スィーゼも本隊を外れて俺の後に続き、どういった所に着目しているのか積極的に勉強している。パーティ直近の警戒くらいなら、魔力探知で対応できるとリリーが請け負ってくれたのも大きい。不意打ちがゼロになる訳ではないが、不意打ちを得意とするモンスターは逆に直接的な戦闘力は高く無いのが常だ。それこそ、人数のごり押しが効く相手といえる。

 他のパーティと繰り返し行なう合同訓練は、戦闘能力が未熟な新入りルリの成長の為にも願ったりで、利率の低い近場での狩りだからと不平不満をいうメンバーはいなかった。

 そういった半固定パーティ内の意思疎通は、幸い今の所順調だ。


 問題は、パーティー間折衝。

 ナンシーが緩衝剤になってくれると思ったら、彼女はむしろ距離を置く様な反応が強く、それに引き摺られる様にして全体的に空気が悪化。普段大人しいメルなどはこれまで見た事ない程小さくなっているし、向けられる視線も余り歓迎し難い物だ。

 そう感じるのは、あくまで俺がこちら側に立っているからかも知れないが。


 ランク3以上の冒険者の多くは、討伐隊に編成される。何より、『男性でランク3以上の冒険者』は逆足切りの対象として設定してあった。

 しかし、リーダーが——ランク4の指揮権を任された女性冒険者が何かをいうと、男性冒険者からはまず反感が飛んでくる。理屈や道理を差し置いて、何より先に感情が立つのだ。

 それは殆ど、条件反射的な反発で、中身がない。相手にするだけ無駄という類いの心ない言葉だ。「女が偉そうにするな」「男に指図するな」「リーダーを降りろ」「俺の方が適任だ」と。そんな罵詈雑言ばりぞうごんをただ無作為に羅列しただけだ。

 リーダー以下無数の女性冒険者の冷たい視線を受けても、彼等は怯まない。

 正義が自分にあると、世間の常識は自分に味方していると、そう理屈抜きに信じているからか。過半数を占める女性パーティを、そのほぼ全員——俺以外——がランク的に格上であるという事も彼等の暴言を躊躇わせる理由にはならないらしい。


 だから、俺は敢えて過激な言葉を選んだ。

「黙れ、クソを垂れるしか能のない豚鬼アグリ・オーク野郎」

 俺の資質は、地味で目立たない事。ヒートアップした彼等の眼中には映らない事が多いらしく、大体は、この一言でまず目を見張って俺を凝視する。その表情を標本にして『面食らった顔』と表題を付けたい所は山々だが、男が反論を纏めるより先に、俺は次の言葉の刃を抜く。

「計画立案者は俺だ。最終責任者も俺だ。その俺が、彼女に指揮を任せた。俺が選んだ女に文句があるというなら、それは俺に文句があるのと同じ事。筋が違うだろう? その程度も判らないのか」

 俺の言葉はつまり、「雇い主である俺の決定に文句があるなら言ってみろ」という挑発だ。豚鬼という表現も一般的に、醜い奴、愚鈍な奴といった意味合いを含む中々にどぎつい侮辱の言葉。

 ここで冷静さを失い武器に手をかける様なら、叩き潰して実力でその未熟さを判らせれば良い。幸い、ここは治外法権の森の中だ。逆に、多少冷静さを取り戻し、表面だけでも取り繕って指示に従うならそれはそれで良い。まだ見所はあると言えなくもない。


 幾ら男性社会とはいえ雇い主の連れを侮辱し、雇い主の指示を無視したとあれば、性別に関わらず問題行動だ。その際静止を受け制裁として多少の侮辱を返されるだけで済むというのは、かなり軽い措置と言える。契約の打ち切りやギルドへの通報が行なわれて当然の無礼なのだから。

 しかし、俺には残念ながら手札を選んでいる余裕がない。彼等を何とか使える様にしなければならないという事情が、この対応に現れている。

 その辺りの裏事情を理解できる冷静さがあるのであれば、経験を詰み、忍耐を覚える事でランク昇格の目はあるだろう——というのはギルド職員からの受け売りだ。

 俺がこんな乱暴な作戦に出ているのは、時間がないというのは確かに1つの要因だが、何よりギルド受付嬢と相談した結果でもあった。なんだかんだ言っても影響力の強い一大組織の看板役を努めるだけあって、印象に見合わない程のしたたかさを兼ね備えているらしい。


 だから俺は敢えて、『低ランクの内から辺境伯に見初められ騎士爵を与えられた男』を強気な態度で演じた。女性ばかりのパーティメンバーは、言うなれば俺の側仕えやハーレムといった所か。

 実質的には同格ばかりの相手に敢えて格上を演出し、踏ん反り返り、「男だろうが何だろうがお前等への信頼や評価は、俺の連れの女に向けるそれには遠く及ばない」と強調する。


 拠点アトリエの外ではほぼ常に肩肘を張らなければならない、非常に疲れる立回りだったが……彼女達が心ない言葉に傷付けられる事に比べれば、なんと言う事はないだろう。


「虚勢という割には、板についている様に見えるが?」

 なんて、見せつける様に俺の腕をとって耳打ちするのは、これまでならリーダーだけだったのだが、異口同音にナンシーやルーウィ等にまで言われてしまうと、自分を見失いそうで怖くなる。

「勘弁してくれ」とは言うものの、心証操作の都合振り払う訳にも行かず、揶揄からかわれるに任せるしかないのが何となく悔しい。あと、少し離れた所でニヤニヤしているリリーは、いつか絶対仕返しさせてもらう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る