5−11 始まりの場所

「さぁさぁ」と、カレン嬢に背中を押される様にして、俺達は冒険者ギルドに足を運んだ。運ばれた、と言っても間違いではない。

 その敷居を跨ぐなり、よくお世話になっている受付嬢が飛んできた。比喩抜きで。

 完全に油断していてそのタックルをまともに受けた俺は、すぐ後ろに居たイシリアが受け止めてくれたおかげで大事に至らずに済んだ。

 冒険者ギルドの入口はステップを上がるので、吹っ飛ばされて落ちると結構危ない。しかも自分だけでなく、突っ込んで来た相手だけでなく、後ろに小柄な仲間達や辺境伯家のご令嬢まで居るのだ。受けるダメージは、当事者達の身体だけに留まらない。


 まさか冒険者ギルドの入口を潜るだけでこのような仕打ちを受けるとは完全に想定外だった。奇襲を警戒するのは俺の役目だというのに。

「……ありがとう、イシリア」

 いつまでも体重を彼女に預けたままほうけても居られないので、どうにか自己嫌悪を飲み込んだ俺は、お礼を言いながら体勢を立て直し、襲撃者へと視線を向ける。

 恐らくは、俺だけでなく11人全員の視線が彼女を集中放火したのだろう。

 音が聞こえる程鋭く、受付嬢は息を呑んだ。元々何故こんな荒くれの巣窟で働いているのか不思議な程気の弱そうな女性だ。俺達11対の視線も十分なプレッシャーになったのだろう。


 俺が冒険者になった直後、適正をしょっちゅう心配してくれた彼女だが、冷静に観察してみると、彼女自身向き不向きに迷うが故に、その意味で似た様な境遇の俺に不安を投影して無意識のうちに払拭を測っていたのかも知れない。気を使ってくれるのは悪い事ではないし、そのおかげで助けられた面も多々あるのだから、彼女の自己防衛本能に助けられたと言ってもいいのだろうか。

「どうしたんですか、慌てて」

 彼女が受けるだろう威圧感を少しでも下げる為、俺は敢えて視線を逸らし、ギルド内を見回しながら問いかけた。特に普段と違う様子がある様には見えない。いや、昨日より人が多いか。しかも、武装していない人間の割合が増している様に見える。

 とはいえ、何かトラブルがあったとか、彼女が悪漢に追われていたという雰囲気は皆無だ。


 しかし、俺の言葉は彼女の癇に障ってしまったらしい。

「どうした? どうしたって言いましたか。元凶は貴方じゃないですか。とぼけないで下さい」

 普段は口数少なめで大人しい質の彼女が、比較的鋭い声で糾弾してくる。

 冒険者同士での凄み合いなどに成れている俺から見ると、小型犬が必死に威嚇している様な可愛い物だが、普段の彼女しか知らない他の面々から見ると驚くくらいの変化ではあるようだ。後ろの空気が、若干ざわついた。

「まぁ待ちたまえ。それは入口でする様な話かな? 通行の邪魔になるだろうし、傍目もあるだろう」

 入口で問答していても邪魔だし、どうやら込み入った話のようだという事で、気を利かせたリーダーの仲裁のおかげで、束の間の休息を挟み、場所は密談が出来る会議室へと移動する。


 ◇◆◇


 ギルド受付嬢の話を要約すると、なるほど確かに、俺の身から出た錆だ。

 というか、俺が自ら振り撒いた噂を聞いて、問い合わせが殺到しているらしい。それに応対しなければならない立場である彼女から見れば正に、元凶という表現がぴったりだろう。

 俺はその事に納得して、しかし謝罪ではなく感謝を口にした。

「いつも助かっています。ありがとうございます」

 謝っても何も解決しないし、改められる訳でもない。これからも、俺が俺である限り迷惑をかけるに違いない。だからといって、今更引っ込みもつかない。

 俺に今出来るのは、彼女に精一杯感謝をする事と、少しでも早く事態が改善する様動く事だけだった。


「ところで、その件で相談したい事があるんですが」

 申し訳ないなんて、俺は言わない。彼女には言えない。

 巻き込む事は確定している。

 だから、俺は出来る限り不敵に、自信を総動員して笑みを作った。

 さも不安そうな顔で持ちかけられる協力要請など、彼女にとって迷惑でしかないだろうから。精一杯、虚勢を張って。



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2018/10/24 誤字の指摘を頂き、修正。

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