5−9 覚悟の告白

 相変わらず適度に落ち着いていて、同時に堅苦しさのないこの店の雰囲気は悪く無い。

 まさか、俺が案内してこの店を利用する機会があるなんて以前利用した際には思いもよらなかった事だが、教えてくれた魔法薬師ノノには感謝だ。

 彼女がもしひざまずいて靴を舐めろと言うなら……抵抗がないわけではないが、まぁ実行するだろう。それくらいには、色々な方面で世話になっている。


 同行者2人は、俺がこんな店を知っている事自体が意外なのか、隠しきれない驚きが滲み出ていた。少々失礼な態度だが、その気持ちには俺も同意だ。

 注文した飲み物と軽食が運ばれて来るまで、この店を知った経緯などのどうでもいい話題で間を潰す。

「——さて。そろそろ本題に入りましょうか」

 彼女は依頼に関する非礼を詫びると言ったが、何の話か俺にはまず判らない。非礼があったという事実を認めていない以上、その謝罪を安易に受ける事も出来ない。そして、そんな非礼を働いてまで彼女はいったい何を焦ったのか、求めたのか。聞けるのなら、聞いておきたい所だ。

 俺は真っ直ぐサウスティナ嬢に向き直って、そう切り出した。


「私は……アデル様を尊敬しているのです」

 彼女の言い分は、何とも理解し難い物だった。

「資金が不足していると判りながら商談に挑み、それを顔に出さない胆力。通貨取引という大前提を覆す話術。偶然居合わせたに過ぎない、交渉テーブルの外にあった私を——私の家を利用する機転。とても、ランク2冒険者の交渉力ではありません」

 胸に手を当て、軽く目を瞑り、遠い過去の思い出話をするかの様に彼女は語る。

「血縁関係にもない、ただの臨時パーティーメンバーの家族の為に、ベリゴール程の商会幹部を相手にはったりで立ち向かう勇気。……名も知らぬ少女達や、顔も見た事のない拉致被害者達の為に身体を張れる、正義感。それらを全て成し遂げる行動力と意思……」

 どんなフィルターを通したらそこまで美化して受け取れるのか、俺は眉をしかめるが、目を閉じているお嬢様の言葉は止まらない。

「そんな貴方が語る未来図は、とても魅力的でした。貴族社会では夢物語と笑われ白い目で見られる理想を、貴方は手の届く現実だと主張されました」

 そこで、彼女は瞼を開く。

 その目は、躊躇い無く俺の目を見据えていた。

「それが詐欺師の言葉だと言うなら、私は、このカレン・サウスティナは。——騙されたく存じます」


 正直、威圧感はない。

 彼女の体付きは、一般的に美しいとされるふくよかな物ではなく、冒険者を目指して身体を鍛えているにしても尚細い、すらっとした体型だったからという要因が大きいだろう。

 しかし、そんな彼女が——恐らく家庭内序列の低い彼女が家の力を使おうとしたという事からは、相当な覚悟が見て取れた。その事実だけでも、いったいどれだけの非難が彼女に向けられるか、俺には想像に余ある。もしそれが独断だとしたなら、尚更だ。

 俺は、そんな背景事情に思い馳せて絶句した。

 しかし、それも長くは続かない。


 フェーリンに肘で突っつかれた。

「……詐欺師にわざわざ騙されに来るとは、物好きですね」

「アデル様が夢を見せて下さるなら、私はその虜になりましょう」

 俺の揶揄やゆにも、彼女は揺るがない。

「領主代官への口利きも貴女が?」

「私は、私が見聞きし感じた事をそのままお手紙にてお伝えしただけですわ。それを受けて、何を考え、判断したかは代官殿の差配です」

 堂々と、むしろ胸を張る勢いで、俺の探りを彼女は肯定した。


 有り難いか否かで言えば、短期的には有り難い事だ。

 大型級討伐隊派遣までの時間的猶予の問題もある。独自の実行力を見せる意味合いで、今はベリゴール商会の動きに先手を打てるというだけでも、早く行動できるに越した事はない。他所へ実現性をアピールするにも同様で、立案から行動までのラグは少ない方が良いに決まっている。

 しかし、長期的に見た場合、俺の背中には彼女が居るという事になる。

 影響力だとか影の支配者だとかそういう話以前に、俺が転けたとき、彼女も大怪我をするという事だ。それは、明らかなプレッシャーだった。

 もともと権力を持っているベリゴール商会幹部が詐欺にあったなら、その損失は多少の信頼と騙しとられた資金だけで済むだろう。同情も買えるかも知れないし、人類の未来の為に奮闘した英雄と、その心に付け入った悪魔というような風評を流す事だって難しく無い筈だ。

 しかし、本来持たないはずの権利を行使したカレン嬢の場合は大きく意味合いが違ってくる。自分の財布の金から博打をした男と、甘言に騙されて家の金に手をつけた女では世間の見る目が違って当然だ。

 まして、この男社会。同じ失敗でも、世間の風当たりは女性に対する物の方が強いというのに。


 追いつめられたのは、むしろ俺の方じゃないだろうか。

 お嬢様らしい、非の打ち所のない微笑を眺めながら、俺はそんな事を思ってしまった。

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