5−8 網

 昼まで時間をつぶすという事で、2人1組になって協力者集めをする事になった。

 慣れ親しんだ町中で行動するのに、いつもいつも10人が一塊になって行動する理由はないからだ。

 組み合せは、リーダーとメル、ルーウィとルリ、イシリアとリリー、スィーゼとナンシー、俺とフェーリン。じゃんけんで勝った人が相手を指名する、というちょっとしたお遊びの結果である。表向きは。

 流石に10人同時に手を出しても中々決まらないので、2組に分かれてそれぞれ勝者を決め、1回戦で1人を選出。2人抜けるのでまた2組に分かれて、という手順だったのだが、この遊び、リーダーはいつも1抜けするのだ。その観察力を別けて欲しい。

 裏工作はともあれ、順調に姉妹2人きりにする事が出来た所で、俺達は町に散った。

 リーダーの被害者ことメルには、心の中で合掌をしながら。


 ◇◆◇


 フェーリンはこの町の地理に明るく無いので、俺は彼女を連れて町を練り歩く事を重点に置きながら、適当に覗いた露天商などに噂を流す。詐欺を何より恐れる彼等は余り盛り上がってくれなかったが、騎士爵の証を見せるとまるっきり口だけではないと理解してくれて、彼等なりの意見を聞かせてくれた。

 ただ町を拡張するだけでは、多少商機はあってもそれだけだ。絵に描いた餅は食えないのだから、未来を語りたいなら実際に森を切り開いて権利を勝ち取ってこい。——そういった考えが裏にある事が伺える、消極的な姿勢である。

 当たり前の事だ。俺だって初対面の相手に夢物語を聞かされたら似た様な反応をするだろう。だから、今はこれでいい。


 そうやって、当ても無く彷徨さまよっていた時だ。

「お探ししましたよ、アデル様」

 辺境伯嬢がやって来たのは。

 目立つ行動をしていた自覚はあるが、よくもまぁ一冒険者をこの町中から捜し出す事ができるものだ。追跡は、ないと思う。

「おや。サウスティナ嬢。ご無沙汰しております」

 きっと挨拶としては無礼な部類だろうけれど、正直、今交流を図って距離を詰めたい相手ではない。そういう意図を込めた、『ご無沙汰』だ。本来なら、もっと機嫌を伺うような文句や、気の聞いた言い回しをするべきだろう。


 しかし、この程度の牽制は彼女にとって笑顔で無視できる物だった様だ。

「えぇ、アデル様もお変わりないようで、何よりですわ」

 冒険者と1日顔をあわせなければ、命を落としていても不思議はない。だから、彼女からの挨拶は非の打ち所のない、こちらの身を案じる気遣いが含まれた礼儀正しい物だ。


 言葉のつば迫り合い合いを続ければ、不利に転ぶのはこちらだろう。

 そう判断した俺は苦笑して、彼女の話に耳を傾ける事にした。

「伯爵家のお嬢様に気にかけて頂けるとは身に余る光栄ですが、いったいどういったご用件でしょうか。指名依頼は、ギルドを通じてお断り申し上げた筈ですが」

 貴族などの権力者から立場の弱い者を護るのも、基本的にはギルドの役目だ。「圧力をかけて首を縦に振らせようとすれば、ギルドと事を構える事になるぞ」という意味がこの発言の裏には伏せられている。……干渉の全てを撥ね除ける事が出来る程の処理能力がギルドにないのは、玉に傷だが。

 同時に、こういった遠回りな表現を用いる事で、「現時点で手は組まないが、表立って対立するつもりもない」という意図も伝わってくれると有り難い。


 そんな俺の言葉に伯爵嬢は何を思ったのか、僅かばかり笑みを濃くした。

「先の依頼の件につきましては、私の浅慮から非礼を働いてしまった事、お詫び申し上げますわ。ですから、そう堅くならないで下さい」

 家を継ぐのはほぼ確実に男性だけ。家の方針によっては、男性同士の会話に女性は口を挟めない事もあるという。——この国はそれくらいの男性社会だが、流石に伯爵家のお嬢様と比較すれば、貴族でもない、家も持たない、一介の冒険者でしかない俺は遥か格下にあたるのは間違いない。

 だから、何故ここまで丁寧な対応をして来るのか、俺には判らない。思い出してみれば、伯爵領との往復路ではもう少し砕けた対応だった筈だ。その事実が、俺の対応を堅くしているのだが、彼女はそんな事を歯牙にもかけていない様子。

 滑稽ではあるが効率が悪いから冒険者らしい無礼を許す、くらいなら判るのだが。


 彼女の言葉の裏を訝しむ俺の背中を、フェーリンが叩いた。

「アル君もお嬢様も、焦り過ぎ。会話は、相手を見てしなさい」

 経験豊富なお姉さんぶった言葉選びは、きっとわざとなのだろう。

 言われてみれば、俺は目の前の女性ではなく彼女の家ばかりを見ていた様に思う。彼女の視点からどうなのかは正確な所までは判らないが、驚いた様に僅かばかり目を見開いている事から、当たらずも遠からずか。

 濃度的な意味で恐らく俺よりずっと人生経験豊富な元踊り子の言葉に、俺は苦笑する。

「このような往来で立ち話もなんでしたね。庶民の店で心苦しいのですが、近くにそれなりの店があります。ご一緒にいかがでしょう?」


 多少高級と言っても、貴族のお嬢様を連れて行く様な店ではないのは百も承知だ。

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