5−7 印象操作
同日夕方。
俺達はギルド内酒場で情報収集を決行した。
俺が騎士爵を得た事、この町の周辺を開拓しようとしている事、そういった情報を意図的に蒔きながら、周囲の森の状況を聞き込みし、どの方角を切り開くか相談を持ちかけるなどもしてみる。
尚、元楽団踊り子のフェーリンには一角に用意して貰ったスペースで踊りの披露をしてもらっている。
高揚と疲労回復の魔法効果を振り撒く事で、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。俺も演出には噛んでいるが、回復効果の方が上回っているし、片手間で出来る程度の物なのでどうという事はない。
そんな事より、盛り上がっている場の雰囲気に飲まれて相手が好意的になってくれる事、口が軽くなる事の方が重要だ。
また、明らかに冒険者ではない一般客も賑わいに釣られてやって来ているが、普段冒険者の雰囲気故に敬遠されているだけで別段制度上問題がある訳でもない。そんな彼等は冒険者に依頼を出すだけあってそれなりの財力や影響力——或はそれに繋がるコネクションの持ち主だ。話を持ちかける相手として、不足はなかった。
踊り子が全てそうなのかは不明だが、以前衛士詰め所前の酒場で見かけた踊り子と同様に、露出の多い格好で惜しげも無くその美しい肢体を披露するフェーリンだ。彼女の魔法の効果も相まって、向けられる視線にはその手の興奮が多数含まれている。
しかし、彼女自身元——いや、現役の冒険者であるし、ギルドの職員がわざわざ目を光らせにやって来ている中で馬鹿な真似をしでかす輩は今のところ居ない。特に心配する必要はなさそうだった。
◇◆◇
得られた情報としては、近々北方向への大型級討伐部隊が組織される気配がある、との事だった。
大規模な討伐隊が森に入れば、当然、他の大型級モンスター達も無視はしてくれない。多数の大型モンスターが狩られる事になる筈で、大きく勢力図が塗り替えられる事になる。
俺にとってこの上ない幸運だった。
便乗して森を切り開けば、結果的に少ない労で開拓余剰地を得る事が出来るのだから。
討伐対象の大型級というのは、以前俺達が戦闘痕跡を発見した中型の電撃魔法を使うモンスターだろう。
しかし、そうとなると今度は逆に同じ事を企む人物との競合が懸念される。つまり、現在この町を納めている代官だ。
平時であればモンスターの討伐と森の開拓を開拓権を持つ者が行なえば、問題なく切り開いた土地に応じた開拓余剰地の権利が得られる。その権利は十中八九その地の領主に売り払われる事になるのだが、兎も角、領主が犯せないリスクを負担する分、難癖をつけられる余地もないということだ。
しかし、今回は少ないリスクで森を切り開ける可能性が高い。領主代官が同じ事を考えていれば現場で指揮系統の異なる開拓部隊が混在する事によって混乱が発生する恐れもあるし、何より、開拓余剰地として得た土地の権利の正当性が担保されないのが辛い。
難癖をつけられる余地は、可能な限り削っておきたい。
◇◆◇
俺が取れる手段は多く無いので、翌朝、領主館を訪れた。
土地の隅っこにある領主の私兵の詰め所で騎士爵持ちである事を示して、取り次ぎを願う。追い返されるのは想定済みだった。というか、準貴族位でしかない俺がいきなり門扉を叩いて相手にして貰える方がおかしいと思えた。
本来の手続きとしてはお会いしたいという旨の手紙を出して、許可を得て、具体的な日程を調整して、とそれだけで1ヶ月は掛かるだろう。
だから、遠目に様子を探りつつ門番から情報を引き出せればくらいに考えての行動だ。
ところが。
「冒険者アデル殿、ですね。お噂は
などと、走って来た執事の男性に言われてしまうとは思いもしなかった。
「はい、もちろんです。どうぞよろしくお伝え下さい」
なんて返答を一応は出来た物の、表情を取り繕えた自信はない。
領主代官というのは確かに領主貴族よりは地位が低いのが一般的だ。しかし、現在この町は王家直轄地であり、その代官はつまり、王の代理ともいえた。その辺の領主貴族などより余程有力な貴族である。
辺境伯家との繋がりを求めて、彼から騎士爵を賜った俺に渡りをつけた——なんて解釈も有り得ない。そこらの弱小貴族ならいざ知らず、国の中枢にほど近い実力者のはずだ。
そんな人物の執事が、準貴族の冒険者如きにここまで低い姿勢を見せるのも意外であれば、なによりいきなり面会を求めた非礼を責めもせず即日会う約束を取り付けるのは意外を通り越して異様だった。
思わず警戒心を抱いてしまうのは、仕方がない事だろう。
何とか会う時間の約束を取り付けて、俺は領主館を後にした。
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