5−6 下準備

 まだ出資も決定していない相手からの揺さぶりに屈するようでは、先の見通しが立つ筈もない。「出資が遅れれば遅れる程損をするのは貴方達だぞ」と突き付けるぐらいには、俺は強気に行く事にした。


 そうと決めたのであるならば、俺が取るべき行動は2つだ。


 1つは、他の伝手を確保する事。

 どこまで通じるか判らないが、まずは各種ギルドを頼ってみよう。

 出来れば確約は取らず、互いに牽制させる様な状況が望ましい。どこかの勢力による干渉で動いたという実績を残したく無いからだ。その睨み合いの間にベリゴール商会がどう動こうとするのかも、今後どう対応するかの判断材料として役に立つだろう。


 もう1つは、実際に干渉される前に計画を動かしてしまう事。

 うろ覚えだった法律も読み直す必要はあるが、それ以上に重要なのは可能な限り多くの『庶民の』協力を得る事だ。こちらで独自に動かせる手札があるというのは、今後の交渉で最低限必要になるに違いない。


 やっぱりこういうとき、俺が1番に頼る人はあの人しかいなかった。


 ◇◆◇


 そんな訳で。

 やって来たのは、最早慣れ親しんだ我が家ことアトリエ:ノノ。

 俺が誰より頼りにする女魔法薬師は、頭を下げる俺を前に呆れを隠さない。

「君はなんと言うか……どうしていつもそう何かトラブルに首を突っ込むんだい? 頼ってくれるのは嬉しいよ? 嬉しいけど、出来る事と出来ない事があるさ。言っておくけど、ベリゴール商会と渡り合える様な経済力なんかないからね? むしろ対立なんかしたら取引先を奪われて干上がっちゃうよ」

 いつになく早口になっているのは何故だろうか。

「いや、金を貸してくれなんて言うつもりはないんだよ。多少の支援金は募るかも知れないけど、少なくとも今じゃない」

「……じゃあ、何をさせるつもりなんだい?」

 なおも警戒を露に、顔を上げた俺を半目で睨んで来る彼女。


 10人で押し掛けたので店の中は正直手狭で、ちょっと落ち着いて話を出来る雰囲気ではないのだが、それについては今は目を瞑る方向で。盗み聞きなどを心配する必要がないと考えよう。

「ノノは各種ギルドを初めとして、宿や大工、衛士の詰め所なんかに薬を定期納品しているだろう?」

「そりゃあね、私みたいな小規模工房は個人取引の方がオマケだよ。店番してくれる旦那なんかも居ないしね」

 俺の確認に、彼女は肩を竦める。迷惑ばかりかけて店の方を手伝えていないのは申し訳ないが、余り強い言葉で刺激するのは止めてくれないだろうか。

「うん。そういったお客さん相手に、少しばかり話を広めて欲しいのさ。「騎士爵を得た冒険者が、町を開拓する仲間を捜している」って」


 以前使ったのと同じ手だが、その有効性に変わりはないだろう。なにせ、噂の出所を辿れば実際に騎士爵を賜った冒険者が身を寄せている商人だ。当然、冒険者の方には「開拓仲間を捜している」という方向で話を広めるし、騎士爵を賜った事は隠さない。

 多少反感は買うだろうが、同格以下からの反感なんて意識するだけ無駄だし、ある程度経験を実績のある冒険者なら、反発するより取り入った方が益が多いと捉える筈だ。なにより、動き出してしまえば隠し通せる事ではないのだから、遅いか早いかの問題である。

 そういった直近の展望を語ると、不承不承といった様子でノノは頷いた。

「どうせ君が動き出せば周りから探りを入れられるだろうからね。隠し通すなんて無理だし、少し積極的に情報を漏らすくらい、訳無いよ」

 問題はないといいつつも、やや歯切れの悪い口調や不安げな表情は、俺の心配をしてくれているのだろうか。もしそうだとしたら有り難いし嬉しい事だが、俺はひと呼吸おいて自分に都合のいい妄想を振り払う。


「今は辺境伯の私兵が町を警邏してくれている。くだらない感情の為に馬鹿な真似をする奴は居ないだろうし、問題があるとノノが判断したなら、いつでも出て行くよ。迷惑はかけない様にする」

 俺に出来る事なんて殆どないけれど、せめて彼女に迷惑はかけたくない。

 今まで散々頼って来たのだ。恩を仇で返すなんて俺が俺を許せない。

 そんな思いから口にした誓いの言葉に、向けられた視線の温度は何とも微妙な物だ。

 間違っても「何かトラブルがあっても護る」なんて言えない俺としては、距離を置くのが出来る精一杯の事だ。

 呆れられても、仕方がない。仕方がないのだが、当人のノノにだけでなく、パーティーメンバー全員、計10対の視線でかけられる圧は、表情も引きつる程に辛い所がある。

 嫌な沈黙が続いた。


「ご主人様」

 控えめな音量で、しかし静かな部屋にはよく響く音量で、沈黙を破ったのはルーウィの妹のルリ。立場上は俺の奴隷であり、俺が不要と言っても俺を主人と呼び続ける少女だった。

「ご主人様が町を離れるというのであれば、どこまでもお供致します。私は、ご主人様の奴隷ですから」

 世間が許すのであればいつでも自由を与えるつもりだと再三言い聞かせたのだが、彼女の真っ直ぐな視線に迷いはない。奴隷教育に染まり過ぎではないかと少しばかり心配になるのだが、俺の方が周りにたしなめられるのが遣る瀬無かった。

 彼女の心遣い、或は忠誠心は嬉しいのだが、返答に困る。そもそも、若干話が飛躍しているし。

「活動拠点を他所に移すと言うなら、もちろん私達も着いていくぞ? スズも師匠と離れるのは嫌だろう?」

 俺が言葉に迷っている間に、周囲はにわかに騒がしくなる。

 何故かあっという間にパーティ全体で移住するという話になってしまった。


「……誰も迷惑だなんて言ってないだろう?」

 溜め息とともに、ノノは喧騒の中でも俺の耳に届く音量で少し苛立たし気に言って、それまで中断していた調薬作業に戻る。

 話はもうこれで御仕舞いと言いたげな背中に。

「……いつもありがとう」

 聞こえるかどうか微妙な、喧騒に融ける程度の音量で俺はそう呟いた。

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