5−5 窮鼠

 ここしばらく冒険者としての仕事をしていなかった俺達は、早急に何らかの活動をしなければ冒険者ギルドから責付せっつかれる恐れがある。事情は把握されているので情状酌量の余地はあるだろうが、厚意に甘えてばかりも居られない。

 往復の間にパーティメンバーは2人増えて10人。ルリを戦力外としても一応、2部隊編成にしても安定できる充足ぶりだ。獣人の彼女は、少し鍛えれば近接物理系の前〜中衛として活躍できる事だろう。

 とはいえ、20日も留守にしていきなり森に飛び出すのは斥候として有り得ない。出来る下調べはするべきだ。


 そんなわけで、俺は朝から冒険者ギルドへ足を運んだ。

 そこには既に、辺境伯爵嬢が待っていた。

「お待ちしておりました」

 なんて上品に頭を下げられて、俺は引きつった笑みを浮かべるしかない。

 確認する意味は殆どないが、しないという選択はなかった。訳が分からない。

「……俺を、ですか」

「はい。アデル様を、です」

 ニコニコと笑みを絶やさない彼女の装いは、この場には酷く不釣り合いな上品なドレス姿。当然、目立つ。凄く目立つ。具体的には、数えきれない程の視線が相対する俺に突き立てられるくらいには。

「何故でしょう?」

「アデル様には次の開発計画を立てて頂かなければなりませんから、指名で、開発依頼をと思いまして」

 それが冒険者の仕事と認められれば、確かに登録抹消を恐れて郊外に出かける必要は無くなる。しかし、それを冒険者と呼んでいいのだろうか。

 俺は視線を遠く離れたカウンターの向こうで笑顔を絶やさない受付嬢に向けるが、助け舟はないようだ。

「……受理されたんですか?」

「はい、この通り」

 言葉とともに彼女が俺に広げて見せた皮紙には、確かに俺及びパーティメンバーを指名する旨の開発依頼の文面と、それをギルドとして正式な依頼であると認める印がある。

「なるほど、確かに依頼としては正式に受理されている様ですね。しかし俺達は日銭を稼がなければ生きていけない駆け出しな訳でして。いつ終わるとも知れない依頼に拘束される訳には行かないんですが」

「自由を信条とする皆様を、拘束など致しませんわ。こちらの依頼は、開発計画の立案と、定期的な進捗連絡の義務を受けて頂く代わりに、進捗に応じた報酬を支払う物です。また、併せて総会そーかいに向けた雑務を私の方で代行させて頂く為の物でもありますわ。皆様が冒険者として快適に活動されながら、都市開拓を並行する為の措置として考えさせて頂きました」

 何とか逃げ道を探そうと足掻く俺に、伯爵嬢は笑顔で先回りする。


 まだ殆ど企画段階でしかないというのに手が早いと言うか。報酬を先に貰っているのだから逃げるつもりなどはないが、俺の心情なんて何の保証にもならないのだから、契約で縛ろうというのは当然の考えなのだろう。

 あっさり俺を解放したベリゴール商会とは違って、1歩も2歩も踏み込んだ対応である。

 まぁ、未だに俺を「伯爵家の生き傀儡かいらい」程度にしか思っていないであろうベリゴール商会と、裏事情を見透かしている彼女の対応が同列のはずもないか。

 情報伝達速度を考えると、彼女単身での対応か、この町に滞在していた者達との協議の結果か。協力を前向きに検討してくれているのは嬉しいが、同時に恐ろしい程素早い決断と行動力だった。

 そこまで出来るなら、俺がスケープゴートになる必要はなかったのではないかと感じるくらいには。


 ◇◆◇


 1枚の依頼書を囲んで、俺達10人は頭を突き合わせた。

 俺及び『俺の所属するパーティ』を指名する、件の依頼書である。

 1番のネックは、遠隔通信の魔導具なんて持っていない俺達は、定期的な連絡という条件を満たすのが難しい事だ。

 というかもし万が一そんな魔導具が転がり込んで来ていたとしても、装備拡充の為に売り払っていた事だろう。欲に目が眩んだ賊に奪われては、堪ったものではない。郊外によく出かける俺達は、身に付ける財産に相応の武装をする必要があった。


「受けないと困るの?」

 ナンシーが首を傾げる。

「単純に、辺境伯という後ろ盾が得られなくなる可能性が高まるってことと、それに付随して変な噂が立ったり、辺境伯やその傘下の貴族から妨害を受ける可能性も出てくるってのが一番怖いかな」

「ベリゴール商会がアデルの名前を笠に着て暴走したとき、止めてくれない可能性もあるわね」

 俺が口にした予想を超えて、中々酷い未来図をリリーは指摘してくれる。サウスティナ家が協力してくれない場合、他の後援者を捜すのも一苦労だろうから、確かにベリゴールの独断暴走の懸念は高まるかも知れない。まだ計画が始動した訳でもないので、気の早い心配かも知れないが。

 正直に言って、俺はまだまだ冒険者として活動し足りない。事業が失敗した際の責任を負える程の力もない。故に、現状のまま冒険者としての活動を大きく制限されるのは非常に不味い。

 事が実際に動き出すのは1年も2年も先の話だと睨んでいたのだが、有力者は機会を逃さない敏腕の持ち主だったという訳だ。

 これはもう観念するしかないのだろうか。会議室の天井を仰いで、俺は溜め息を吐いた。


「でもさー」

 少し気の抜ける声で、湿った空気を振るわせるのはまたしてもナンシーだ。

「この定期連絡って、どのくらいの頻度でするの? 家なんてすぐに建たないよね?」

 冒険者感覚の定期連絡と言えば、ギルドへの生存報告を指す。つまり、事前に申請していなければ1週間あけると怒られるくらいの頻度だ。

 しかし、ナンシーはそんな価値観をすっ飛ばして、それはただの思い込みだと指摘してくれた。


 よくよく考えてみれば、例えば、不動産——固定資産税の集金など年に1度の行事である。情報の伝達にも時間と多くの人員が必要になるのだし、頻繁に情報を交換しようとした所で行き違いが頻発して混乱を呼ぶだけだ。

 俺の側の人員はどう足掻いても限られるので、頻繁に情報の更新を求めるとなれば必然それらのリスクはあちらが負担するしかない。

 あくまで俺をスケープゴートに使うつもりがあるならば、周囲へのアピールという意味でも俺の歩幅を無視する事は出来ない訳だ。

 専門の斥候を名乗っているのが恥ずかしくなるくらい俺の視野は相変わらず狭かったが、ナンシーのおかげで希望が見えて来た。

「そうか。……そうだな。ナンシー、ありがとう」

 今度、彼女に食事でも驕ろう。


 逆に、この依頼は俺へのテストなのだ。

 そう思う事にした。

 株式なんて言う前代未聞の提案をした俺に対して、それを実現し管理できるだけの知恵と度胸と覚悟があるのかと辺境伯達は試しているのだろう、と。

「よし、蹴ろう」

 腹をくくってしまえば、応えは決まりきっていた。


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2018/10/17 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。

2018/10/27 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。

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