5−4 胎動

 姉妹感動の再会という一幕は、商館ではなく、宿屋に帰ってから繰り広げられた。

 妹さんの視点では、姉がどういった交渉で俺に彼女を買い取らせたのか知りえる筈もなかったのだから、事情の説明があるまで安心できなかったのだろう。

 抱き合う2人と、2人を取り巻いて口々に祝う仲間達を尻目に、辺境伯爵令嬢は俺に流し目をくれた。正直、これまで見て来た彼女の仕草の中で1番ドキリとさせられたのは内緒だ。


「お伺いしたい事があるのですけれど」

 お伺いされたく無いです。なんて応える訳にもいかず、俺はひとつ頷いてその先を促した。

「先の件、後援者をベリゴール商会1つには絞らないという話でしたが、辺境の地を預かる我がサウスティナ家にも交渉の余地はあると考えさせて頂いてよろしいのでしょうか?」

「もちろんですよ。むしろ、長年多くの領の間を取りなして来たサウスティナ家の手練手管をお借りできるなら、これほど頼もしい事はない」

 というか、あんな支援射撃を貰っておいて「勝手にやった事だ、俺は知らん」なんて言う程薄情でもないし、対立には利益なんて1つもない相手だ。手を貸してくれると言うなら否はない。

 本来、俺の方から頭を下げるべき交渉だった。

「ありがとうございます。早速、お爺さまにお手紙を出しておきますね」

 1つ礼をして、彼女はパタパタと去っていった。

 そういう振る舞いが子供っぽいと感じてしまうのだが、まぁ、不快ではない。


 そんな彼女を見送っていると、リーダーから声を掛けられる。

「詐欺師君」

「俺は羊だっていってるじゃないですか」

「事情を知らなければそう思うかも知れないが、君は見事に羊を演じた狼じゃないか」

「どちらかと言うと、蝙蝠かと」

 少なくとも、捕食者の側ではないと思う。

「やれやれ。……私は、君が敵ではなくてよかったとつくづく思うよ」

「一介の冒険者同士で敵も味方もないと思いますが?」

「今はそうでも、対立したまま冒険者を卒業して商売を始めたり貴族になったりすれば、その時は事実上の敵だろう」

「物騒ですねぇ。好敵手くらいにしておきませんか」

「……君は潰すとなったら容赦がないくせに、過激なんだか温厚なんだかよく分からんな」

 それを言われると対貴族抗争に巻き込んだ罪悪感が蘇って来て、俺は口を閉ざした。

 そんな俺に、リーダーは肩を竦める。彼女の中では必要な事だったととっくに割り切った事なのだろう。仮に割り切れてなかったとしても、表には出さないのだろうが。

 羨ましいとは思わない。それに伴う心労は、想像に余りあるだろうからだ。彼女がリーダーとして毅然と振る舞ってくれる事は、有り難い限りだった。


「……で、何か?」

 用も無く声をかけた訳ではないだろうと、俺は問い返す。まさか俺が羊か狼か蝙蝠か、なんて話題が本題だったとは思えない。

 あからさまな話題転換に、彼女は、今更思い出した様な表情を作って乗ってくれる。

「あぁそうだった。ルーウィの妹君の件だが、彼女が冒険者になる事に、君は反対か?」

 変な事を聞くリーダーに、俺は眉を顰めた。

「彼女自身が望むなら、止める理由はありませんが」

「彼女は君の側仕えだ。冒険者としてではなく、君の身辺の世話をさせる為だけに同行させるという道もある」

「俺が彼女の主であるというのは、形式的な物でしかないと思っていますが。身銭は一切切っていませんし」

「しかし、手札を切ったのは君だろう。それによって得られる筈だった利益の代わりに、君は彼女の身柄を得たんだから正当な権利が君にあるのは明白だ」

 わざわざ全員の耳に届く様な所でこんな話題を口にするのは、全員に聞かせる必要があると意図しての事なのだろう。

「俺は、ルリ自身の判断を尊重しますよ。世間体が許すなら、無条件解放だって構わないんですが」

「もしそんな事をすれば、君が彼女に相当入れ込んでいると勘違いした誰かが、彼女に要らない手出しをするかも知れないな」

 力もないのに地位を手に入れるというのは、本当に面倒な話だった。


 ◇◆◇


 辺境伯領首都まで早馬を飛ばして連絡を取ったとして、往復で半月を超える。

 そんな気の長くなるやり取りのために辺境伯嬢は俺の側に居るらしい。

 具体的には俺達が拠点にしている町リーフルードの高級宿屋を長期契約するのだとか。

 俺には判らない金銭感覚だ。


 ルリはパーティとの連絡係という名目で、ルーウィに身柄を預けた。

 彼女達は同じ宿暮らしなので、俺1人連絡が面倒な状況にあるからちょうどいい。


 とりあえず、20日ぶりに帰った家は変わらず俺を迎え入れてくれた事が何より嬉しい。

 その夜は俺がひたすらに愚痴を言って、アリス達が首を傾げて、ノノが間を持ってと和やかな一幕だった。本当の家族の様な温かな団欒だんらんに包まれて、俺はいつの間にか眠ってしまった。

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